古稀の青春・喜寿傘寿の青春

「青春は人生のある時期でなく心の持ち方である。
信念とともに若く疑惑とともに老いる」を座右の銘に書き続けます。

『文明は<見えない世界>が作る』

2017-03-10 | 読書

『文明は<見えない世界>が作る』という表題に惹かれて、岩波新書(松井孝典著2017年1月)を図書館で借りてきました。
まず書名の意味。
 文明は<見えない世界>の解明を通じてつくられる。
例えばスマホです。21世紀を象徴する道具の一つスマホはその中に<見えない世界>の断片がいっぱい詰め込まれている。その一つがアインシュタインが特殊相対性理論によって明らかにした「伸び縮みする時空」。どんな系から見ても光速は不変を原則にすると、時間空間は伸び縮みするという理論によりスマホのGPSは正しく位置情報を受けることができる。また、E=mc2という理論によって、星はなぜ輝くか、原子力発電は何故可能かが解明されました。
しかし、「時空は伸び縮みする」、「質量とエネルギーは等価である」と言ったことは、我々が日常の生活で実感することは不可能です。いわば<見えない世界>です。自然を<見える世界>とするなら、<見える世界>の奥にある<みえない世界>を発見することが文明の発展でした。そして今<見えない世界>の解明が驚くほどの勢いで拡大している。
<見える世界>の奥にある<みえない世界>を見つけるには、外界を脳の中に投影して内部モデルを作るという能力が必用です。ここで筆者は、宇宙創成から現在に至る進化で、そういう能力獲得の歴史を振り返ります。
エンリコ・フェルミ(1901~1954)はイタリヤの物理学者。世界初の原子炉の設計と建設を指揮したのは、フェルミと彼の友人、ハンガリー人科学者レオ・ジラードである。以下は、フェルミの有名な問いです。少し長くなるが引用すると、
 「宇宙は広く、無数の星がある。そしてその星の中には太陽と似たものが沢山ある。私たちが住む銀河系には1011個の星があり、宇宙の中には少なくとも1010個の銀河が存在する。それらの星の多くはその周りを回る惑星を持っており、惑星の中には。炭素、窒素、酸素、水素の簡単な化合物でできた大気と水を持つものがかなりあるだろう。
 中心の星から惑星の表面にエネルギーが注がれれば、たくさんの有機化合物が合成され、これらの化合物が互いに反応しあい複雑な相互作用を起こして、ついには自己増殖系すなわち原子生命体が生み出される。この単純な生物は増殖し、自然選択により進化し複雑化しついには思考する生物が出現する。すると科学と技術が生まれ、文明化が起こる。間もなく彼らはその惑星の全環境を支配する棟になる。やがて彼らは、新世界征服の野望を抱き、まず近くの惑星に到達し、さらに他の惑星に足を伸ばしその中で適当な環境のものを選んで移住する。ついには全銀河系を旅する。このように非常な高度を持った人々が、この美しい地球を見逃すはずがない。「もしこれらがすべて現実に起きているとしたら、」彼らは既にこの地球に来ているに違いない。いったい彼らはどこにいるだろう」ユーモアにあふれたジラードが見事な返事をした。
「彼らは私たちの間にいますよ。もっとも彼らは自分たちのことをハンガリー人と呼んでいます」。
 文明とは、「地球システムのなかに人間圏をつくって生きる生き方」と定義できます。このような生き方を始めたのは、ホモ・サピエンスだけです。
 700万年くらい前に最初の人類サヘトラントロプス・チャデンシスが分化しました。以来人類は、さまざまな種が、誕生と絶滅を繰り返してきました。その中で生物圏から別れ、地球システムの中に新しい構成要素である人間圏をつくって生き始めたのは、ホモ・サピエンスだけです。人間圏というのは、農耕牧畜という生き方を、地球システム論的に分析した結果筆者が到達した概念です。ネアンデルタール人までのホモ属と、ホモ・サピエンスとは、生物学的には同じかもしれませんが、地球システム論的には全く異なる存在です。なぜか・それは片や生物圏の種の一つとして生き、片や人間圏をつくって生きているからです。
 この違いは、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の比較をしてみればわかる。二点です。一つは、ホモ・サピエンスにおける「おばあさん」の存在です。動物のメスは生殖可能年齢を過ぎると死にます。ネアンデルタール人までの人類も同様です。しかし、ホモ・サピエンスのメスはずっと長く生き延びる。「おばあさん」の誕生により人類は、人口増加という問題に遭遇し、生きる知恵を子孫に伝えるようになった。
 もう一つは言語です。言語能力が発達し脳の構造も変化しました。側頭葉や頭頂葉の面積が宏がり大脳皮質のネトワーク構造が変化したのです。その結果、目や耳などを通じて、外界情報を脳の内部に取り込み、脳の中に外界を投影した内部モデルを作ることができるようになる。それに基づいて思考、判断、行動する。理性の誕生です。
 外界を脳の中に投影して内部モデルを作るという能力のおかげで人類は<見えない世界>を<見える世界>にフィードバックし人間圏の拡大を確かなものにしていったのです。
 しかし昨今、<見えない世界>の拡張に<見える社会>が追いつかなくなり、フィードバックに限界が現れ始めた。<見えない社会>が無限であり、<見る社会>が有限ですから。ある意味当然です。
 分かり易い具体例を一つ上げれば、金融システムです。金本位制というリアルな世界にリンクしていた貨幣が、金の重しがとれ、電子的に瞬時に移動できるようになった。ホモ・サピエンスにとってただでさえコントr-ルできない欲望は、コントロール不能です。
 21世紀、拡大を続ける人間圏はよいよ「地球ステムを越えて無限に大きくはならない」という現実にぶつかります。更にインターネットの普及により、人間圏の構成要素が変化し始めました。従来の国や会社という構成要素に代わり個々の人間が構成要素として名乗りを挙げるようになった。21世紀が、文明論的に大変動の時期であることが理解できます。
この本、宇宙科学者の文明論です。