読書感想とロードバイク日記2

週末のお天気の日にロードで走っています。晴耕雨読ならぬ、晴れたらバイク、雨の日は読書の日々

「音の記憶」

2017年07月13日 | 日記
小川理子(文芸春秋)

 多彩な人はいるのだなぁ・・・企業の役員にしてジャズピアニスト。
 パナソニックの音響関係をやっているから、音つながりなんだろうけど、音楽家ならではの感性も活かされていいのでしょうね。文章的にはちょっと物足りないところもあるけど、良いお話でしょう。女性活躍社会だしね。

 内容紹介は
『◆パナソニック女性役員の手記◆

日本の会社で働く全ての女性に贈る 働くこと、愛すること、継続すること。
かつて松下電器にはソニーに匹敵する自由なる研究所があった。1986年に入社した私は、その音響研究所に配属され栄光のブランド「テクニクス」の様々な発展形の技術・商品を開発する。
人には大切な「音の記憶」がある。その感情を技術が喚起する。そんな商品をめざし、うちこんだ青春の日々は、8年目でプロジェクト解散、配置転換で雲散霧消したかに見えた。
失意の中で始めたジャズ・ピアノで世界的な評価を受ける。「君はパナソニックのトップにはなれないが、プロとしては成功する」そうアメリカのプロデューサーに言われ、心は揺れるが……。

【目次】
■序章 音の記憶
二〇一四年九月ベルリン。私は消えたブランド「テクニクス」復活をパナ
ソニックの責任者として宣言した。この本では、私が「会社員として」
「ピアニストとして」二足のわらじで、いかに音に懸けてきたかを語りたい
■第一章 全ての生き物にはリズムがある
母親のお腹の中で聴いた『赤い靴』と『春よ来い』。なぜこれらの曲が特
別な感情を呼び起こすのだろう。理工学部へ進学した私は、聴覚や生体の
リズムを研究する。そして就職を考える中、運命的な一本の論文に出会う
■第二章 就職まで
「これからの時代は違うんちゃうかなあ」。松下電器で音響の仕事がしたい
と会社訪問すると大学の先輩から「志望業界を変えなさい」と諭された。C
Dなどデジタルオーディオが誕生し、音響事業は激変の時を迎えていたのだ
■第三章 自由なる研究所
それでも松下電器を選んだ私は念願通り「音響研究所」に配属された。
「感性を活かし世の中にないものを作りなさい」という所長小幡修一のもと、
金管楽器型スピーカー、超薄型スピーカーとユニークな製品を生み出す
■第四章 汐留の輝ける青春
ウィーンのオペラ座に採用された超薄型スピーカー。世界的な評価を得た
技術を使って住空間を変えるプロジェクトが始まった。壁一面スピーカー
という前代未聞のホールづくりは、二〇代を懸けるに相応しい挑戦だった
■第五章 失意のプロジェクト解散
三〇歳のとき転機が訪れる。全速で走ってきたプロジェクトが一瞬にして
終わったのだ。薫陶を受けてきた所長の小幡も去った。会社を辞めようか
と悩んでいると上司の木村陽一から誘われた。「ジャズ、やってみないか?」
■第六章 オール・ユー・ニード・イズ・ジャズ
曽根崎の老舗ライブパブ、ピアノとドラムだけのデュオで初舞台を踏んだ。
仕事をしながら毎月のステージに立ち、ジャズにのめり込んだ。七年後、
本場米国での国際ジャズフェス。満員の観客から拍手を受ける自分がいた
■第七章 二足のわらじ
「仕事もピアノも中途半端はいかんよ」という恩人からの手痛いひと言。
奮い立った私はDVDオーディオ、インターネットと新たな仕事に取り組
む。東京に転勤してからは日米で九枚のCDを立て続けにリリースした
■第八章 愛こそ全て It's All About Love
「ミチコ、アメリカでデビューしないか」。米国でリリースしたCDが英国
ジャズ専門誌で年間ベストアルバムに選ばれた。プロデューサーからプロ
オファーを受け、渡米するか悩んでいるとき高校時代の初恋の人が現れる
■第九章 松下幸之助が教えてくれたこと
日本に残る決断の後、本社の部長職に着任した。梅田の新歩道橋や浅草寺
雷門の寄贈など「企業は社会の公器」と考えた創業者の寄付行為に始まる
社会文化グループ。私は無電化地域へのソーラーランタン提供を思いつく
■第十章 テクニクス復活プロジェクトに懸ける
二〇代を捧げたオーディオ「テクニクス」は生産中止になっていた。しか
し時代は再び「高品位な音」を求めている。リスナーや評論家との橋渡し
をするラストピースとして、会社は消えたブランドの再生を私に託した
■第十一章 ベルリンでの復活宣言
着任当初、驚くべきことに最上級モデルのアンプは仮組み、スピーカーは
一部が他社製だった。迫る復活プレゼンの舞台。それでも私は一切妥協し
ない。音質を決定する「音決裁」は最難関と恐れられた。不眠不休の四カ月
■第十二章 幻のターンテーブルSL-1200
七〇年代に開発されたターンテーブルは世界累計三五〇万台を売り上げた
テクニクスのアイコン製品だ。イスラエルから復活を願う二万五〇〇〇超
の署名が届いた。定年退職したOBを頼り、途絶えた技術を蘇らせる
■第十三章 女性が欲しくなる「オーディオ」で未来を拓く
音楽を聴く人の半分は女性。しかしハイエンドオーディオの購入者は九割
以上が男性なのだ。「重くて大きいものが良い」という従来の価値観を打
破し、「女性」と「小型化」を追求。音の宝石箱OTTAVAに辿り着いた
■第十四章 若い人へのレッスン
テクニクスを指揮するパナソニックの役員として、また一四枚のCDをリ
リースしてきたピアニストとして。仕事とジャズを通して実感してきたこ
と。自分らしくあるために大切にしてきたこと。次世代へのメッセージ

著者略歴
小川/理子
1962年、大阪府生まれ。パナソニック株式会社役員。3歳の頃よりピアノを始め、様々なジャンルの音楽に親しんでいたこともあり、慶應義塾大学理工学部在学中から、松下電器産業(現パナソニック)の音響研究所に憧れていた。86年入社後、同研究所に配属。金管楽器の形をしたスピーカー「サウンドスペースツインロードホーン」など数々のユニークな開発を手がけた。しかし93年に所属する部署が解散。その後、音響開発の現場は離れるが、ジャズピアノでは2003年に北米でリリースされたCDが英国専門誌で年間ベストアルバムに  』

・・・目次が詳しくこれだけ読んだら内容は分かる。パナソニックは関西の会社だねぇ。作者も慶応卒だけど、元は関西。恋の話が興味深い。ちょっとしか書いていなきけど。ご主人(多分)が同級生で、かわいいね。おくてだし。

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