宮城県北トレッキング 草木と遊ぶ

宮城県北部の山野を歩き回り、季節ごとの草花や果実を撮影し、その特徴や自生地の環境等について記録する。

ヒガンバナ 史前帰化植物

2017-02-09 | 日記
大和町吉田地区の県道を走行していると、道路法面や畦道、民家の敷地際などに
真っ赤なヒガンバナが群れ咲いています。平野部の集落周りでは殆ど見かけない
光景なので、車を止めて何枚か撮影しました。

ヒガンバナが咲くのは集落や耕作地周辺に限られていて、自然林が広がる山奥には
生えていません。もし見つかれば、かつてそこで人が生活していた証かも知れません。
日本に生えるヒガンバナの染色体は全て三倍体ですから、以前記事にしたシャガや
ヤブカンゾウと同じで、花が咲いても種子ができず、繁殖は鱗茎の分裂によってのみ
なされます。つまり、人の手を介さないと移動は出来ないのです。

中国の揚子江流域には、2倍体で種子が稔るヒガンバナが自生していることから、
ここが原産地と推定されます。そして、この地は稲作農耕の起源の地でもあります。




                             二枚とも2016.9.25撮影

紀元前1500~1000年頃、地球の寒冷化がありました。
北方民族が寒さを逃れるために、黄河流域・揚子江流域へ移動 (侵攻) し、これが中国の
春秋時代幕開けとなります。北方からの民族移動の圧力で、揚子江中下流域で稲作農耕
を営んでいた人々が、雲南省や福建省方面に逃れ、その一部が我国へも渡ってきたと
する説があります。「日本神話と長江文明 安田喜憲著」
その渡来に伴って、稲作を初めとする農業技術や、有用植物の種子や球根がもたら
され、その中に三倍体のヒガンバナやシャガも含まれていたのではないでしょうか。

ヒガンバナは中国から渡ってきて、人の手で植えられて分布を広げました。
水田の畦に植えると、その毒性ゆえモグラなどが穴を掘らなくなるのだと言います。
また毒はあるものの、鱗茎にはデンプンが豊富に含まれ、すりおろして流水に漬け
ると毒が洗い流されるため、食べることができます。
そのため救荒作物とされ、盛んに植えられたものと思われます。


                                 2016.9.25撮影

ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草で、日本全土の田のあぜや土手などに群生する。
古い時代に中国から渡来した、史前帰化植物と考えられている。
地下の鱗茎は広卵形で、直径5~6cm、黒褐色の外皮がある。
鱗茎にはアルカロイドと呼ばれる神経毒 (リコリン・セキサニン・ホモリコリン)
が含まれ、摂取すると呼吸困難に陥る。
葉は晩秋に伸び始め、長さ30~60cm、幅6~8mmの線形。深緑色で光沢があり、
中脈沿いは白っぽい。冬の間に日射しを浴びて生長し、鱗茎が分かれて数を増やす。
翌年の5月頃に葉が枯れて、鱗茎の状態で休眠期に入る。
花期は9月で、花茎は高さ30~50cmになり、鮮紅色の花を散形状に5~7個付ける。
花被片は長さ4cmほどの挟披針形で6個あり、強くそり返る。雄しべ6個と雌しべは
花の外に長く突き出る。日本の株は三倍体のため、花が咲いても結実しない。
ジャンル:
植物
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