白雲去来

蜷川正大の日々是口実

大夢祭

2017-05-19 13:41:07 | 日記
五月十五日(月)晴れ。

良く寝た。六時に起床。風呂に入ってから、ホテルで朝食。と言うと、何か豪華な感じがするが、ところがどっこい、安いビジネスホテル。ツインで一泊八千円。シングルだと五千円の安宿である。だが部屋は清潔で、この値段なら二重丸。酔っぱらって寝るだけなら十分である。

朝食。これも文句も言えない。ご飯は、おにぎり、汁物は、味噌汁とオニオンスープの二種類。おかずになりそうなものは、ウインナーとポテトサラダと野菜のサラダ。他にパンやフルーツがチラホラ。まっこんな物でしょう。ただ、朝食を一日の一番大事な食事としている私にとっては、人生の大切な一食をダメにした感じがした。チョット大げさか。

十時に、ロビーに全員集合。皆で細川医院を表敬訪問。細川先生にご挨拶をしてから護国神社へ。まず花房東洋先輩にご挨拶。ご子息の仁さんもお元気そうだ。神社の境内には胡蘭成の書による「大八洲」の石碑が目をひく。(こらんせい=浙江省に生まれる。汪兆銘政府法制局長官に就くも、汪と意見の対立あって辞職。ジャーナリストとして漢口大楚報社長をつとめた。一九五〇年に日本に政治亡命。一九七四年、台湾の中国文化学院(現在の中国文化大学)で教えて台湾の文壇にも影響を与え、同大学から永世教授の称号を受けたが、一九七六年に台湾からも追われる。日本では筑波山に居を構え、数学者の岡潔や物理学者の湯川秀樹、日本浪曼派の保田與重郎、川端康成等々と親交を結んだとされる。一九八一年、東京都福生市で永眠)

正午より、大夢祭斎行。祭文奏上は坪内隆彦氏。奉納演武などあって一時間で終了。その後、大夢館へ移動して直会。出席者を代表してご挨拶をさせて頂いた。一時間ほどしてお暇する。岐阜から名古屋へ。新幹線にて新横浜。自宅に戻ったのは八時を回っていた。
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