白雲去来

蜷川正大の日々是口実

ガリバルディや今いかに。

2017-04-24 13:10:42 | 日記
四月二十三日(日)晴れ。

正に、麗日と書くにふさわしい日。貧乏していても、今朝のように天気が良いだけで、満ち足りた気持ちになる。人生を楽しむためには、経済的に余裕があった方が良いのは言うまでもない。しかし、金が無いから人生を楽しめないかと言えば、そうでもない。それぞれの境遇に自足しながら、人生を楽しむことを、この歳になって実感している。荘子曰く、窮もまた楽しみ、通もまた楽しむ。とか。

今日は、上野の山の西郷さんの銅像の清洗式があり東京行き。十時半に、御徒町にて群青の会の大熊雄次氏、社友の矢崎泰之氏と合流して会場へ。お神輿や太鼓の奉納。神職による御祓いや、西郷さんの着付けも終わって、皆で記念写真を撮る。

印象に残ったのは、呼びかけ人を代表として挨拶に立った三澤浩一さんが、いきなり「人を恋うる歌」の七番を歌い始めたことだ。その歌詞とは、「妻子忘れて家を捨て 義のため恥を忍ぶとや 遠くのがれて腕を摩(ま)す ガリバルディや今いかに」。この歌は、「人を恋うる歌」として有名だが、別名「若き支那浪人の歌」としても知られている。十六番まである長いものだが、今では四番まで歌うのが常となっている。与謝野鉄幹は、明治二十八年(一八九五)、招かれて漢城(現在ソウル)で日本語による教育を行っていた乙未義塾(いつびぎじゅく)に教師として赴任。この歌は在韓中に作られたといわれている。

三澤さんが、歌い例に挙げたのが「ガリバルディ」である。今では、それが何の意味かを知る日本人はほとんどいないだろう。そういう私も、若い頃は、「ガリバルディ」はどこかの地名ではないかと思っていた。それが人の名であり、イタリア建国の英雄であることを知ったのは、与謝野鉄幹に関する本を読んでからだ。明治の論客、三宅雪嶺が西郷隆盛とガリバルディを比べるくらい、明治の人には知られていたと言う。三澤さんの熱い演説の中で、若き日のことを思い出した。尚、ガリバルディに関しては、「藤澤房俊著『ガリバルディ イタリア建国の英雄』(中公新書、八二〇円)」を参考にして下さい。また、「人を恋うる歌」の解説としては、「三木紘三のうた物語ー人を恋うる歌」を検索してみて下さい。

終了後に、御徒町の秘密基地「新東洋」にて、カメ&アコちゃん、愚妻、和歌山の素浪人、大島氏、社友のO氏、犬塚議長、大熊雄次氏、矢崎泰之氏、その友人、石丸氏ら十人での昼食会。陳年紹興酒を三本、黒霧島を二本、青島ビールを十本飲んで、一次会を終了。その後、御徒町の駅前にある吉池の食堂にて、また一時間ほど。更にもう一軒ハシゴしてから解散。久しぶりの大破・轟沈。
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