白雲去来

蜷川正大の日々是口実

柴又名物の草団子だが・・・。

2017-04-25 12:39:35 | 日記
四月二十四日(月)晴れ。

昨夜は何時に寝たのか記憶が無い。自宅に戻ったら子供たちは、まだ起きていたので六時過ぎ頃かもしれない。いや八時過ぎかもしれない。とにかく眠くてすぐに布団に入った。歳のせいでトイレが近く、二度ほど目を覚ますのだが、確か、最初に目が覚めたのが夜の十一時過ぎ。おお、まだ十一時か。と嬉しくなった。次に起きたのが午前二時。まだ四時間も寝ていられる。と、またまた嬉しくなった。六時にすっきりと目が覚めた。良く寝たものだ。私は、寝つきが良く、布団に入ると、五分で寝てしまう。朝方に、夢を見ることが多いが、覚えていることが少ない。寝ることも楽しみの一つである。

柴又の帝釈天と言えば、「寅さん」で有名で、記念館もある。私も何度か行ったことがあり、老舗の「川甚」で鰻を食べるのが恒例となっている。両親が元気なころに、寅さんの等身大の看板の前で撮った写真を家に飾ってある。獅子文六の『食味歳時記』(中公文庫)の中に、まだ寅さんの映画で有名になる前の、柴又の草団子に触れている所があり、えっと思った。

「帝釈天のある柴又は、昔から、草餅の団子が名物だが、この間、土地の人が、土産に持ってきてくれたのを見ると、緑青でも吹いてるように、青かった。一見して、人工染料で、色づけがしてある。柴又は江戸川に近く、昔はその堤に、ヨモギなぞが、沢山、生えてたのだろう。それで、草団子が、名物になったのだろう。もっとも、そんな草の生えるのは、春先きで、あの団子は、年中売ってた。それでも、自然の青い色を、呈してたのは、ヨモギを乾燥するとか、塩蔵するとか、何か、保存の策を、知ってたのだろう。しかし、そんな手間は、面倒だから、人工染料を、用いるのだろう。その代り、草の香りもないし、第一、食物とは思えない、不快な青さである」。

うーん。そうだったのか。余り信じたくないが、和菓子の色は、ほとんど着色料を使用しているのだから、それが自然な物と受け入れられているのかもしれない。

夜は、月に一度の町内の仲良しさんたちとの一献会。札幌の小澤拓也さんから、どっさり送って頂いた「行者ニンニク」を皆さんに振舞った。おひたし、卵とじ、てんぷら。ひーはー言いながらみんなで食べた。
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