SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

悲喜街から 第12話

2017-01-25 12:25:22 | 書いた話
「睦まじい、どこにでもいる家族だったよ。トニオとミノリ、そしてアシャは」
「……アシャ?」
「トニオの、妻さ。異民族の血が入っていたんだろう。髪も目も黒く、肌は浅黒かった。ミノリは母親似なんだな」
 アンヘルの脳裏に、昼間の夢が実体をともなってくっきりと浮かぶ。黒い瞳、浅黒い肌。それがミノリの母の姿だというなら、あの光の球は──
「そう、わたしはいつも一家を見ていたんだ。トニオが妻と子を養うために、酒を売るスタンドを出したときも。やがて戦争が始まり、トニオに召集礼状が届いたときも。残されたアシャとミノリが──」
 神父の表情が蔭を帯びる。それはアンヘルを不安にさせるに充分だった。
「どうしたんです」
「……すまない。ちゃんと話すと言いながら……わたしも、思い出すのがつらいんだ」
 アンヘルの不安は、ますます募った。
「神父さま。ふたりに、何があったんですか。もしや──」
「ああ」
 神父は、肚を据えたように顔を上げた。
「アシャとミノリは、死んだんだ。住んでいたアパートが爆撃されてね」
「死んだ……」
「アンヘル。きみはトニオから、戦地の話を聞いたのだったね。戦地で何があって、どうやって戻ってきたのか」
 アンヘルはうなずく。大隊長の作戦ミスで、信頼する中隊の仲間たちをすべて失ったこと。大隊長を殴って脱走し、逃げて逃げのびて終戦を迎えたこと……。
 アンヘルの回想に、神父の声が滑り込む。
「人間はなんて哀しく愛おしいのだろうね、アンヘル」
「……?」
「トニオは、忘れてしまったんだよ」

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