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松尾芭蕉を考える 心豊かに生きる極意「131」

2017-10-11 07:17:04 | 文学

  松尾芭蕉を考える   Das gibts nur einmal, das kommt nicht wieder

心豊かに生きる極意

芭蕉の模索  すべてをすてる。楽しく生きる。いいことと悪いことの境目が見えない。

しかし必ず「環(たまき)」のように苦楽がワンセットなのが人生。 時代は戦国時代が終わり江戸・元禄時代

 憂世から浮世 如何に死ぬかから如何に生きるかを模索する時代

 価値観の転換生き方の枠の破壊 同時代の作家には井原西鶴  人間は欲の塊

 近松門左衛門  義理と人情 活躍していた。

 生き方の枠の破壊 芭蕉の模索  すべてをすてる。 旅はすべてを捨てた人のすがた。  如何に生きるか

 無一物が良いという生き方    如何に死ぬか 別れに満ちた人生とどう生きていくか?  憂世から浮世

 俳句をとうして 余白(言い切らない) たまき(良い事と悪いことの境目が見えない)・・・事象はリングの如し俳句で不易流行をきわめる。

  「いかに死ぬか」から「いかに生きるか」

 

時代は、憂世から浮世へ変わっていた。「いかに死ぬか」ではなく、「いかに生きるか」

立身出世を願ったこともあった、僧侶を目指そうとしたこともあった。そして芭蕉は遂に俳諧一筋となった。

身分制度が固まった時代、立身出世を願っても所詮は枠の中のこと、芭蕉はその価値観の転換をはかった。

全てを捨てる暮らし。身分を超えた生き方。

芭蕉は、捨てることで人生の豊かさ、楽しさを見出そうとした。

芭蕉にとって旅とは?中世における旅とは、現世から立ち去る全てを捨てた人の姿。

世捨て人、西行や兼好法師等。無一物が良いという生き方。

芭蕉にとっての旅は、世の中が嫌いなわけではなく、世の中と一線を引くための旅。

1人で作る俳句は明治以降のもの。俳諧はもともと仲間と一緒に句を作る言葉遊び(連句)だった。

芭蕉はほとんどを連句として捉えている。

物事を言い尽くしてしまえばあとに何が残るのか、言い切らない、

語りきらないということが想像力をかきたてて、芸術的な奥行きを創りだすと考えていた。

旅先では身分関係なくその地の人々と共に、連句をして楽しんだ。

結果として、都会だけではなく地方でも俳句が非常に盛んになり、深まっていく。明治以降の文化のあり方として影響を与えた。

芭蕉の行いは、一極集中ではない、日本の古来の文化の根強さと多様性を思い出させてくれる。

楽しく生きる。いいことと悪いことの境目が見えない。

しかし必ず「環(たまき)」のように苦楽がワンセットなのが人生。

黙っていたほうが気持ちが伝わるという日本人の感性。俳句は更にそれを助長させた。

沈黙を重んじる文芸があるというのが日本らしい。

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