スミダマンのほのぼの奮戦記

~仕事・家族・自然・経済・趣味~あらゆる出来事をフラッシュバック。

国立故宮博物院

2017-05-15 05:32:58 | 建物

1965年、台北士林の外双渓の現在地に中国式宮殿を模して

再建された国立故宮博物院に行って来た。故宮博物館院は

世界四大美術館の一つだ。因みに他の三つはニューヨークの

メトロポリタン美術館、サンクト・ペテルブクグのエルミタージュ美術館、

そしてパリのルーブル美術館だ。

民国14年(1925年)、北京の紫禁城に創立され、これが

「故宮」の名称の由来となった。1933年、故宮は日本による

中国侵略戦争の戦火を逃れる為、文物を紫禁城から運びだし、後方の南西部に遷した。

1948年末、国共の内戦が激烈を極めた為、政府は約60万点の

故宮及び中央博物院準備処所蔵の文物を何かに分けて

台湾へ運び込んだ。これが故宮博物院のベースとなっている。

近年、海外旅行で猛威を奮っている中国大陸の旅行団。

揃いの帽子で台湾8日間の旅をしている企業の団体一行のようだ。

こんな横断幕を作って団体行動をしている。

最近海外で本当に良く見かける風景だ。

二昔前の日本の農協の団体旅行を思い出してしまう。

第一展覧エリア(本館)を下った所から、立派な門(牌坊)を見た写真

このエリアはとても綺麗に整備されていて散策すると気持ちよかった。

逆に牌坊から見た故宮本館の一枚。様々な人達が見学に来ていたが

どこの中国人か一目では見分けがつかないが、ガイドさんは

ほとんどわかると言っていた。(中国本土人、台湾人、香港人、

中華系シンガポール人、韓国人、そして日本人)

下から見上げると本当に立派な建物だ。今や、博物院は世界レベルを

誇る現代的博物館へと発展を遂げ、目下収蔵品総数は

69万余点にのぼっていて、世界屈指の中華文物コレクションの重鎮となっている。

館内に入ると最初に目に入るのが、建国の父「孫文」の像。

台湾では孫文を国父、その妻、宋慶齢を国母と呼んでいる。

因みに大陸でも孫文の革命を現代中国の開始と

位置付けて孫文を国父、宋慶齢を国母と呼んでいる。

僧侶として完全な頭髪姿の団体が来館。1人の法衣はシンプルだが

団体になるとすごく目立った。この僧侶達は台湾人か?

当博物院の人気No.1 玉(ヒスイ)で出来た「翠玉白菜」。

ヒスイで作られた白菜の彫刻で葉の上にはバッタとキリギリスが

彫刻されており、これは多産の象徴と考えられる。

人気No.2の「肉形石」(豚の角煮に見える天然石)は他に貸し出し中らしい。

中日戦争の間、汪精衛が日本の天皇に贈り、

戦後返還された「碧玉屏風」

「毛公鼎」。内側にある銘文500字は、文献としての価値が高い。

戦国中期「嵌孔雀石緑松石鳥獣尊」酒器動物の曲線も美しく、リアルです。

清、紅・白髄筆洗と清黄玉髄三蓮章。

これ、ひとつのつなぎもなく、ひとつの石から掘り出したもの。

唐 8C前葉 三彩天王像

佐藤栄作元首相が蒋介石元総統の誕生日に贈ったもの。

清時代の象牙透彫雲龍文套球

3代にわたって緻密に透かし彫りされた象牙。24もの層から出来ている。

信じられない逸品だ。

博物院の展示物を見る人々

熱心にカメラを向けている女性

民族服的服装で記念写真を撮っている女性グループ

地下1階には展示物をモチーフにしたグッズを販売している

ミュージアムショップがある。

外に出るとシルク(?)のショールを販売していて

それを使ってポーズをとっている女性

同じくカメラに向けてポーズをとっている女性グループ

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 浦和エリア旨い店シリーズ ... | トップ | 浦和エリア旨い店シリーズ ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。