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福岡のハングル検定準2級建築士[ちゃん]のブログです
일본 규슈 후쿠오카현 구루메시민 "창"의 블로그입니다
 




 新居浜市別子山、オーベリジュゆらぎで朝を迎えました。
 7時前、そっと玄関を開けて、爽やかな朝の空気ただよう森へと踏み出します。


 森林公園・ゆらぎの森は、朝霧の中にありました。


 木々は、雨降り後のような しっとり感に包まれています。


 白い機体 飛べない空に 何思う


 椎茸も、山の恵みを受け育っていました。


 1時間少々の散歩を終え、宿に戻れば朝食の時間です。
 運動した後のご飯はウマイ! ふわふわのプレーンオムレツと、香ばしく甘いクロワッサンが食欲を掻き立てます。


 …と、のんびりくつろいでいたところ、エリアメールが鳴りだしビックリ。津波警報の文字に驚きましたが、よく見れば四国中央市の訓練メールでした。津波とは縁遠いイメージのある瀬戸内沿岸ですが、何が起きるか分からない。万一に備えた訓練は大切ですね。
 四国中央市のエリアメールが入ってきたのも意外でしたが、旧別子山村は地理的には三島(四国中央市)の方が近いのだとか。それでも新居浜と合併したのは、同じ産業を支えてきた村としての絆があったのかもしれません。


 チェックアウトの10時までのんびりさせてもらって、2日目のドライブがスタート。ホテル裏手のヘリポートへ車を走らせました。
 わずか3分でたどり着ける絶景スポットなのでしょう、晴れていれば。赤石連山は残念ながら、雲の中でした。


 昨日来た道を、再び新居浜市街地方面へと戻ります。旧別子山村の中心部は、郵便局や市役所支所があるものの、一自治体の中心部だったとは思えないほど小さなものでした。
 旧別子山村の人口は、銅山が活況を極めたピーク時には1万人を超えていたものが、合併当時は300人を割っていたのだとか。九州の産炭地の島と、重なる姿です。


 県道47号線から右折し、マイントピア別子の東平ゾーンを目指します(写真は下山時に、一時停止して撮影)。昨日の端出場ゾーンとは、山岳鉄道が結んだ地区です。
 現在の道路も隘路で、自分で運転していくと、山道を50mバックして離合場所に戻るテクニックを要求される可能性があります。山道の運転に自信がないなら、素直に端出場ゾーンから観光バスに乗るのが得策です。


 東平ゾーンは、すっぽり霧の中。まずは東平歴史資料館で、東平地区の歴史を学びます。
 ちょうど観光バスが到着して、資料館は人でいっぱいになりました。


 大正5年から昭和5年までの間に採鉱本部が置かれた東平地区は、社宅群に私立学校、劇場までが置かれた街でした。
 小ぶりながらも充実した展示で、当時の山間の都市での生活の様子が見えてきます。


 レンガ造の「マイン工房」は、銅板レリーフづくりができる体験施設です。
 建物はかつての保安本部ですが、近くに立っても全容が、み…見えない。


 索道場跡へ下って行く階段は、インクラインの跡。レールを敷いてケーブルで上げ下げする運搬装置のことで、それゆえルートは一直線です。
 「底」が霞む霧の日は、奈落に降りて行くような錯覚を覚えます。


 「東洋のマチュピチュ」とも呼ばれる、貯鉱庫・索道場跡。レンガ造の構造物が、傾斜地へ幾層にもそびえ立つのですが、霧で一番手前の索道場跡しか見えません。
 霧が流れてくれることを祈り、しばし たたずんでいましたが、動きは鈍く、全容は姿を現してくれませんでした。


 上から眺めても、この通り。「東洋のマチュピチュ」のすべてを見たければ、また来いという意味でしょうか…。
 ただ今こうして写真で見ていると、晴れの日では決してみれない、幻想的な風景ではありました。


 霧が深かったのは山の中だけだったようで、下界に下れば夏空が戻っていました。むしろ暑いくらいで、山の空気が少し恋しくもなります。
 ランチは、住宅街の中にあるcafe「Zecca」へ。なかなか挑戦的な外観ですが…


 内装も、ポップを越えてテクノと表現したい空間で、PVの世界に迷い込んだよう。こんなカフェが普通の住宅地にあるというのも、なかなか興味深いところです。
 客層も若い人ばかりではなく、40代とおぼしきご夫婦もいらっしゃいました。


 ローストビーフ丼と、グリーンカレーでくつろぎました。
 グリーンカレーは独特のクセがなく、苦手な人でもおいしく食べられそうな味です。


 新居浜、最後の目的地はイオン新居浜…ではなく、その周辺の鉱山関連施設群。大正14年に東平から移転した選鉱場や、社宅が立地したエリアで、星越・惣開ゾーンと呼ばれます。
 イオンも、前田社宅の跡地。日曜午後のイオンは駐車場がいっぱいになるほどの賑わいで、この点は地方都市の典型的な姿ではありました。


 イオンの向かい側には、住友倶楽部が。現在は住友の研修施設ですが、かつては迎賓館的な使われ方をしていたとのことです。
 手入れの行き届いた広大な施設を見ていると、ここが「ありふれた典型的な地方都市」ではないことが分かります。


 惣開小学校から裏手に回ったところにあるのが、旧星越駅。近年、手を加えられたようで、古びた感じはありません。屋根裏の換気口が、さりげなく住友マークにデザインされています。
 調べて行ったから駅と分かったのですが、駅だったことを示す看板や説明板はありません。保存していく意思は感じられましたが、活用はこれからなのでしょう。


 駅の背後では、今も住友の関連施設が動いています。駅の前後には線路も残っていて、切り通しの先はトンネルでした。
 数年前までは、選鉱場の跡も残っていたとか。駅跡前も空き地が広がっており、全盛期には「街」が広がっていたのだろうと思い巡らせます。いま「駅前」にその名残を留めているのは、1軒の商店くらいです。


 駅跡から少し離れますが、かつての「街」の面影を留めるのが、住友の山田社宅。社宅とはいえ庭付きの戸建て住宅で、幹部社員向けだったとのこと。
 整然と区画された街区に垣根が連なる様には、武家屋敷群のような風格さえ漂います。


 ほとんどの家には電気が通じており、社宅としては「現役」のようですが、住まい手のある家はわずかです。
 産業遺産として、2軒が新居浜市へ譲渡されたそうですが、その他の家は今後姿を消していくのでしょう。


 選鉱場の跡を背景に、木造平屋建ての住宅がずらりと並びます。
 個々の家ではなく「社宅群」としての集まりこそ、全盛期の栄華を伝えてくれますが、すべてを残すというのは難しい話。今のうちに目に留めておきたい産業遺産です。


 さらに西側にあるのが、星野西洋住宅。外国人技術者を雇い入れるため建てられた、洋風の住宅です。「瀟洒」という言葉がピッタリの、いいたたずまいでした。
 カフェなんかになれば、いい雰囲気になりそうだけどなぁ~! ユニークなカフェも成立する新居浜という土地だけに、なおさらそう思います。

 時間は16時前。ぼちぼち新居浜を離れる時間になってきました。

▼【4】に続く

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 新居浜市内に入って、まず訪れたのは広瀬歴史資料館。新居浜の銅山開発と近代化に生涯を尽くした、広瀬宰平の功績をたどる資料館です。
 銅山そのものの経営史のみならず、様々なエピソードから、経営者としての宰平の人柄も紹介されています。郷土について学ぼうとする地域の子どもたちにとっても、このような場は大切ですよね。もちろんその地域について知りたい、旅行者にとっても。


 亀池に大きくせり出した外観も印象的ですが、内部に入ればRC造の壁・天井が一体になっていて、「どんな構造になってるんだろ?」と別の視点での興味も。
 日建設計と石本建築事務所による設計とのことです。


 隣接する旧広瀬邸は、明治10年築。国の重文に指定されている邸宅です。


 新座敷から眺めた庭園。冷夏から一転、9月の残暑が厳しい中で、おばさん達が汗を流しながら手入れをされていました。


 新座敷の障子には雪見窓があり、座敷に座ったまま庭園を楽しめる意匠も。


 明治10年といえば「鹿鳴館」の建設前。まだまだ西洋の影響が地方へ浸透していた時代ではなかったはずですが、日本の先端産業を支えた人物の家だけあって、日本家屋ながら当時の先端的な技術やデザインが見られます。
 たとえば茶の間。窓のない部屋なのに明るく、目を上げてみれば、天窓が設けられていました。ガラスがなければ、できない意匠です。


 古い家だけに階段は急ですが、手すりには曲線が使われ、優美な印象を与えています。


 母屋の2階からは、眼下に新居浜の市街地が広がっていました。欄干も西洋的な意匠ですが、ガラスがはめられ、上に障子戸が載っているのは実用性があり、ユニークでもあります。
 避雷針が取り付けられていたり、便所は洋式になっていたりと、当時としては最先端の住宅建築。近代建築ファンとして、見れば見るほど発見のある住宅でした。


 ちょっと早めのお昼ごはんは、喫茶「ランバン」へ。創業は1977年で、向かい側の松原市営団地のオープンと同じ頃なのでしょう。
 高度経済成長期の面影を感じる市営住宅と商店街ですが、喫茶店の内装は新しくなっていました。


 名物のホットサンドをパクリ。できたて、あつあつのサンドにはじゃがいもも入っていて、見た目よりボリュームがあります。


 復刻版というナポリタンは、懐かしい味。パスタではなく、スパゲティと呼びたいと言えば、伝わるでしょうか(笑)。鉄板に載っていて、アツアツを味わえます。同じ鉄板で出てくる、焼きそばもおいしそうです。
 お話好きの店主と太鼓祭りのことや、最近のスマホの機種変事情について(!?)盛り上がっていたら、いつの間にか1時間半が過ぎていました。


 いつの間にか天気はぐずついていて、降りしきる豪雨の中を「マイントピア別子」の端出場ゾーンへ向かいました。1973年に閉山になった、別子銅山の最後の採鉱本部があった場所で、現在は銅山について学べるテーマパークになっています。
 道の駅にも指定されているので、お土産品も充実していました。新居浜太鼓祭りのキャラ「たいこくんおーるすたー」のグッズも豊富。クリアファイルにかかれた、「ファイルごとなくすんだろ?」という台詞に大うけして、1つ買い求めました。


 鉱山観光へは、この鉱山鉄道に乗って行きます。往復乗車券込みで入場券は1,200円ですが、ホームページでクーポンを印刷しておけば100円引きになるので、お忘れなく。
 車内放送のテープは、ご当地出身の水樹奈々が勤めます。


 わずか333m、ものの数分で着いてしまう短い路線ですが、トンネルあり鉄橋ありで変化に富んだ車窓を楽しめます。
 特に鉄橋は渓谷にかかる高いもので、登録有形文化財にもなっている歴史遺産。なかなかスリリングでした。


 観光坑道駅には、実際に坑内を走っていた車両が。今のってきた車両は、あくまで観光用なんだと思えるほど、「快適さ」とはほど遠い車両に見えました。


 渓谷をまたぐ橋を渡って、いざ「観光坑道」へ。かつての火薬庫だった坑道の一部を、観光用に開放しています。
 総延長700kmに達した坑道全体に比べれば、見学エリアはごく一部の範囲だけど、ホンモノの坑道に入れるのは貴重な体験です。


 中に入れば、ひんやり。大雨が降り続き、決して暑い日ではなかったのですが、それでも温度差はかなりのものでした。温度計を見てみれば、19度。肌寒いわけです。
 坑道内には、江戸時代から近年まで続いた銅山の歴史が、分かりやすく解説してあります。


 模型や「体験」も交えて、時代ごとの暮らし方や技術の進歩も見えてきました。


 雨降る渓谷にたたずむ、旧端出場水力発電所。


 せっかくなので、「いよかんソフト」をペロリ。
 かの加藤茶も「いよかんの味がしてウマイ」と絶賛したとかで、もうちょっとマシなコメントはないものかと思っていましたが、実際食べてみれば最も言いえた感想だと思いました。


 時間は5時前、ぼちぼち今宵の宿に向かいます。なんせ市街地からの時間距離は、1時間10分。大雨も降り続いているので、ゆとりを持って出発です。
 ところどころで立派な橋やトンネルが現れるものの、離合もやっとという隘路も多く、新居浜市内とはいえテクニックを要するドライブコースです。


 標高も上がり、雲は頭上と眼下にあります。雷がごろごろ鳴り、不穏な天気が続きます。


 夕方6時前、森林公園ゆらぎの森の中にある「オーベルジュゆらぎ」に到着。レストランに併設された宿泊施設は、わずか8室というプチホテルです。
 中に入ると、なんだか薄暗い…なんと雷の影響を受け、停電しているのだとか。


 部屋の照明も、非常用。バッテリーはあと1時間しか持たないということで、ロウソクが準備されました。停電くらいすぐ復旧するだろうと思っていましたが、このあたりの電力は四国電力ではなく住友グループによる供給で、四電並みの対応は難しいそうです。
 とはいえ山あいの空気は涼しく、ロウソクだけで過ごす夜というのも日頃はできないこと。停電の夜というのも、いい経験かなという気持ちでした。


 電気が来なければお風呂も冷めてしまうということで、早めの入浴を促されました。温泉ではありませんが、山間の水を浸かった柔らかいお湯です。
 周囲が暗くなるにつれて、浴室の暗さも、ボトルの文字が読めないほどに。なくして気付く電気のありがたみを感じていた時、循環風呂のスイッチが入り、坪庭の照明が灯りました。電気、復旧!


 無事にレストランも明るくなりました。停電でもいいやとは思っていましたが、やはりおいしい料理は目でも愛でたいものです。
 オーベルジュゆらぎのディナーコースは、5千円から。某民放で愛媛No.1料理人の称号を勝ち取ったシェフが、腕を振るいます。


 フレンチのコースなんて、披露宴くらいでしか食べたことがありませんでしたが、新郎新婦の挨拶や余興のない中でのコース料理もおいしいものです(笑)。いつもはあまり飲まないワインなど頼んでみたりして、贅沢な時間が過ぎていきます。
 前菜のテリーヌは、しっかりホタテの味が染み出してきて、うまかった!


 メインディッシュは宮崎牛。じわっと広がる肉汁とバターの香りに、ノックアウトです。食後に翌日の行程を打ち合わせたのですが、ランチの場所を考える気力すら失うほどのうまさでした。
 山を越え谷を越えやって来た、静かな山里とは思えない、贅沢な時間が過ぎて行きました。

▼【3】に続く

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