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福岡のハングル検定準2級建築士[ちゃん]のブログです
일본 규슈 후쿠오카현 구루메시민 "창"의 블로그입니다
 



 熊本地震以降3度目の熊本行きは、マンパワーと飲食代で(!?)応援してきました。


 21日(土)、まずは路線バスで福岡・荒戸の社会福祉協議会を訪ね、ボランティア保険に加入。午後2時過ぎに、天神の高速バスターミナルへ行きました。
 天神ターミナルの大改装から、はやくも1年。スタバ併設のバスセンターというより、全体がスタバに見えるおしゃれなターミナルも、すっかりお馴染みになりました。


 熊本までは、高速バス「ひのくに号」を利用。新幹線開業で鉄道運賃が上がった中、回数券を利用すれば2,000円を切る、お財布にやさしい交通機関です。
 熊本地震直後は全面運休、復旧後も大幅な減便を余儀なくされていましたが、現在は平日90往復にまで復しています。


 熊本県内に入るとビニルシートをかけた家が目立ち始め、市内に入ると道路の不陸でバスの揺れが激しくなります。
 益城熊本空港ICで高速を降り、渋滞気味の一般道を市内に向けて牛歩。マクドの黒板POPが、気持ちを和ませてくれました。


 インターから市街地までは「スーパーノンストップ」便もこまめに停まり、市内東部だとJRより便利な高速バス。僕らも市街地を前に、県庁前で下車しました。


 県庁の表門には、立派な熊本城のオブジェが飾られています。本家の熊本城は地震で大きな被害を受けてしまいましたが、こちらは地震にも耐えていました。


 バス停から ぶらぶら20分ほど歩き、上江津湖(かみえずこ)へやって来ました。阿蘇の伏流水で豊かな水をたたえる、熊本市の名所のひとつです。
 5月なのに真夏日を何度か記録しているこの初夏、水の中で遊ぶ親子が気持ちよさそうでした。


 ただ、市内でも比較的地震の被害の大きかった地域であり、公園も無傷とはいきません。散策路は凸凹が多く、足を引っかけないよう注意を要します。


 護岸が崩れている所もあり、立ち入り禁止ゾーンがあちこちにありました。


 それでも清らかな水は、衰えることがありません。上江津湖と下江津湖を結ぶ加瀬川は、豊富な水量でも水の清らかさで日光が届くのでしょう、水草がよく育っていました。


 加瀬川沿いを歩き、下江津湖へ。上江津湖よりも景色がぐっと広がり、ボートを漕ぐ大学生たちものびのびしているように見えます。


 湖の散策路沿いには、ざんざんと水が沸く自噴井戸が。ゼロエネルギーで勢いよく沸く水からは、自然のパワーを感じられます。


 市の動植物園は湖畔にあって環境はよろしいけど、地震の被害で現在は休園中。今のところ、再開の目途は立っていません。


 動物園の真横にあるのが、健軍水源地。熊本市内の水道水のうち、実に1/4をまかなうというメガ水源です。これが街中にあるのだから、やはり熊本はただの政令市ではありません。
 旅行者としても散策が楽しい江津湖まわりですが、周辺の地震被害は大きく、危険判定の建物や通行止めの道路があちこちにあります。訪問の際はくれぐれも、身の安全に気を付けて。


 動植物園前からは、運よくデザイン電車「COCORO」がやって来ました。お馴染み、水戸岡鋭治氏デザインの路面電車です。


 床はフローリングで、ランプシェードが暖かい雰囲気を作る車内。クロスシートのテーブルは、通学の勉強にも重宝しそうです。
 飲み物やお菓子も並べたくなってしまいますが、熊本市電の車内は飲食禁止なのでご注意を。


 繁華街に足を踏み入れると、人でごった返していました。タクシーの運転士さんも、いつもよりかなり賑やかだと驚くほど。だんだんと、人が戻ってきている様子でした。
 三年坂通の店も、ほとんどが開いています。


 居酒屋、「ねぎぼうず」の暖簾をくぐると、福岡の旅仲間が待ってました。遅れてスミマセン…。


 まずは遠き熊本で会えたことに乾杯しつつ、熊本グルメを堪能。からし蓮根に、酒が進みます。


 熊本といえば馬! 県内各地の馬肉工場も被害を受け、馬肉の流通量は減っていると聞きますが、問題なく味わえて感謝です。
 酒も食べ物も、お値段は普通くらいか…と思っていたら、焼酎がどん!と徳利で出てきてびっくり。福岡並みの値段で2杯分はあり、結果的にかなりお安く済みました。さすがは焼酎の国、熊本です。

 
 「くまモン」輝く鶴屋百貨店の前を、水道町方面へ。通りの先にライトアップされていた熊本城の雄姿が消え、夜景は少し寂しくなりました。


 2軒目は、新町の居酒屋しん寅”の姉妹店「どらどら」。


 「干物居酒屋」と銘打ち、もっちりした干物各種を楽しめる居酒屋です。また焼酎が進んでしまうではないか…
 明日も早いので早めに切り上げようと思っていたのですが、時間はいつしか11時に。熊本市電の終電は早く、タクシーで熊本駅へと向かったのでした。


 今日の泊まりは、熊本駅前にそびえる24階建ての超高層ホテル・東横イン。僕らの部屋は21階で、窓を開けると熊本の夜景が広がっていました。
 24時過ぎ、車庫に入っていく700系新幹線を見送れば、長い1日は終了です。


 翌朝、800系新幹線「つばめ」を眺めながら身支度を整えました。


 エレベーターホールからは、熊本駅の全景もバッチリ。今は在来線の下り線の高架化工事中で、数年後には大分駅レベルの駅ビルオープンが予告されています。


 路面電車で辛島町に移動し、花畑町のボランティアセンターへ。災害ボランティアなるものに、今回初めて参加しました。
 ガイダンスから、希望する活動とニーズを合わせる「マッチング」、見ず知らずの方とチームを組む「グルーピング」まで流れるように進み、午前10時には現場へ。個人宅の後片付けに、汗を流しました。


 思いのほか作業は早く終わり、12時半にはセンターへ。午後からの作業ニーズもなく、今日の活動は終わりました。
 時間もあるので、熊本城へ。


 2週間前はほとんどが立ち入り禁止エリアになっていましたが、先週からは櫨方門から二の丸広場一体にかけての規制が解除されました。
 道路のうち、通れるのは狭い範囲のみ。がっちりした仮囲いの設置の手間をかけて、よくぞ開放という判断を下したものだと思います。




 崩れ去ってしまった石垣に、胸痛みます。






 二の丸広場は、多くの見物人が集まっていました。熊本のシンボルの今を、みんなが気にしているのです。


 復元には10年とも20年とも言われる期間が必要と言われる、大変な惨状。しかし遠目に見る天守閣の美しさは、観光資源としてのポテンシャル充分です。


 観光施設の「桜の馬場 城彩苑」では、ひょっとこ祭りが開催中。見物人が繰り出していました。イベントが軒並み中止になる中で、よくぞ開催にこぎつけたものと思います。


 電停から見上げた熊本市役所。地震以降、不眠不休状態と言われる市役所ですが、日曜日昼もほとんどのフロアには明りが灯っていました。


 マッチングで振り分けられた旅仲間が活動している、水前寺公園へ足を運びました。
 2週間前には一応休業状態だった公園ですが、倒壊していた灯篭や鳥居が撤去され、正式に再開されていました。今月いっぱいは、入園無料とのことです。


 園内も、来訪者でいっぱい。観光客はもちろん、ボランティア帰りに立ち寄る人も多いようで、午前中に一緒に活動した方もいらっしゃってました。
 一時は「枯れた」と表現された池の水量も、ずいぶん戻った気がします。


 水前寺公園では、池の底の石をさらうという活動だったとか。池の水量の復活にも、だいぶ貢献しているようです。みやげ物屋のおばちゃんが、いたく感謝されていました。
 炎天下での肉体労働、お疲れ様でした!


 一旦センターに戻り、活動証明書を貰った後はアーケード街へ。サンロード新市街の大アーケードでは、J2ロアッソ熊本のパブリックビューイングが開かれていました。なかなかの盛り上がりです。


 下通アーケードも、買い物客で賑やか。早い時間から営業していたチェーンの居酒屋で、水前寺組の活動の疲れを癒しました。体を動かした後の生ビールは、しみわたるようなうまさです。


 さらに〆のラーメンはこちら。


 あっさり煮干しだしのラーメンです。ご飯とのセットが標準で、ラーメンを完食後は雑炊にして頂きます。スープまで飲み干せるやさしい味で、おいしかった。


 辛島町へ戻り、地下道経由で交通センターへ。朝はボランティアの受付でごった返していた地下道は、嘘のように静かになっていました。明日の朝にはまた、全国からの応援がかけつけていることでしょう。


 帰路も「ひのくに号」で福岡へ。上り便のみ6月いっぱいまで、ボランティアの活動証明を提示すれば運賃1,000円になる応援運賃を実施しており、ありがたく使わせて頂きました。
 バス停に止まる度に席は埋まり、熊本側最後の停留所・西合志では補助席が3席出る混雑に。明日23日には本数がさらに97往復にまで戻る予定とのことで、混雑も緩和されてくることを願います。

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 ブルートレインたらぎは、昨夜と同じ場所で朝を迎えました。東京か名古屋にでも連れて行ってくれれば嬉しかったのですが、7年前に潰えた夢の日々です。
 もっとも僕は、夜行列車ではあまり寝れないタチ。「揺れない夜行列車」ではぐっすり熟睡できたので、爽やかな目覚めではありました。


 窓の外を、朝の列車が駆けて行きます。




 ブルートレインの北側は、のどかな田園地帯。気分も晴れやかに、朝もやの中を散歩しました。僕の田舎の佐賀平野を思い出します。


 談話室で予約しておいたパンを食べ、コーヒーを飲んで1日がスタート。なんだかんだ言っても、「富士・はやぶさ」を追体験できる施設はここが唯一。難しい面は多そうだけど、末永く続いてほしいものです。
 昨日は足早に通り過ぎた多良木駅。よく見ると駅車内には、JR創業期の頃の写真が一面に飾られています。なかなか「鉄分高め」な街です。


 まずは下り列車で、湯前方面へ向かいます。昨日と同じ、田園シンフォニーの「白秋」でした。


 昨日に比べれば空いていたので、ユニークな車内もじっくり観察できます。
 近年の水戸岡デザイン車両では定番になってきた、木製のショーケース。中には床から天井への排気管が通っており、うまいデッドスペースの活用法です。中には、沿線の特産品が飾られていました。


 車両の真ん中は、クロスシート。立派なテーブルとランプシェード付きで、レストラン列車の雰囲気があります。通学の高校生には、勉強テーブルとしても重宝しそうです。


 ロングシート?は、贅沢にも革張りのソファ。クロスシート部の背もたれは木製で硬いので、すわり心地でいえばこの席が一番かも。僕が学生なら、この席で惰眠をむさぼりながら通学します。


 窓を向いたカウンター席も。観光客なら山なみ展望席、学生なら一人勉強席ですね。
 ロングシートに比べれば当然座席は少なくなる配置であり、なんだかんだでお疲れの学生諸君がこの点をどう評価しているのかは気になるところです。僕らが高校生の頃の長崎線では、こぎれいでも編成が短くて座れない新型車両に対する評判が悪かったので。


 車内をぐるぐる見回しているうちに、湯前駅着。昭和の頃ならどこにでもあったような、木造平屋の駅舎が迎えてくれました。


 駅裏は「レールウイング」という公園になっていて、ホーム「状」の広場は総ヒノキ造り。モニュメントも斬新で、木造駅舎とは対照的な風景を見せています。


 駅横の観光会館で、レンタルサイクルを借りました。4時間の基本料金は300円と、まずまずお手ごろです。電動を勧められたけど、僕らはまだまだ若い新婚夫婦! 平坦な球磨盆地なら、普通の自転車で充分です。
 しかし湯前は、盆地の端。進むに従って急な坂も現れ、素直に従っておけばよかったと後悔したのでした。


 無人販売所で売っていたイチゴは、1パック100円!という安さ。1つ買い求め、のちほど2人で平らげました。よく熟れていて、おいしかったです。
 家で食べる用にも買って行きたかったけど、汽車旅だとパックの持ち帰りは難しくて断念。農村地帯へ旅するときは、タッパーでも持っていかなければ。


 駅前の地図には歩いて20分と書かれていたけど、自転車でもゆうに20分以上かかって潮神社に到着。ため池に面する木立に囲まれた、周囲の観光施設とは空気が違う境内です。


 ここは、通称「おっぱい神社」。近年は単純に豊胸を祈願?するため訪れる人も多いそうですが、奉納された「おっぱい」には、お乳がよく出るように願うものや、乳がんの再発防止を祈願するものが多く見られました。


 ため池の対岸にある塞神社には、おっぱい神社とは双璧をなす、立派な「モノ」が飾られています。とはいえ男性の精力増強を願う場所では決してなく、「狭い所を突破する」ことに縁起を担いで、入試や「道を極める」ことの成就にご利益があるのだとか。なるほど、なるほど…。


 周囲は「ゆのまえグリーンパレス」なるリゾート施設で、温泉やコテージがあり のんびり楽しめそうです。潮神社や塞神社の存在をたぶん知らない子どもたちが、元気に草スキーを楽しんでいました。


 麓へ下り、また坂道を上がってたどりついたのが下町橋(ごんげんばし)。町の文化財になっている石橋です。橋長17mと規模こそ小さいものの、深い谷にかかっていて、水面までかなりの高さがあります。
 歳月を経た石橋は、ゆるり流れる青い水と、緑の谷間にしっとりと溶け込んでいました。


 発車時間まで、駅前の湯前まんが美術館を見学。公民館や図書室を併設した美術館で、挑戦的な外観の建築物は、「くまもとアートポリス」の参加作品でもあります。
 ご当地出身の政治風刺漫画家・那須良輔さんの功績を記念した博物館ですが…


 ゲゲゲの鬼太郎特別展の存在感が大きかった(笑)。知らないエピソードもあって面白くはあったのですが、那須さんの作品ももう少し見たかったです。


 自転車を返して、人吉へと戻ります。湯前からの普通列車は、観光列車のKUMAでした。田園シンフォニーの先輩格に当たる車両です。
 観光列車として2009年に大々的にデビューしたのですが、くま川鉄道発足当時の車両を改造したものであり、足元の老朽化が進行。今年度中の引退がアナウンスされています。


 沿線の自然をテーマにしており、展示パネルには動植物の解説が仕込まれています。田園シンフォニーより、テーマは明確に感じられました。
 外観こそボロボロに近くなっていましたが、室内はまだ現役で使えそう。そのまま資料館か、カフェにでもできそうです。


 あさぎり駅で、田園シンフォニーと交換。新旧観光列車の共演も、残りわずかです。


 休日昼間とはいえ、人吉に出る人で車内は混雑。若い世代が多く、人吉盆地内での活発な流動を物語ります。
 沿線は平坦なものの、自転車での移動するには広大な盆地。今後も必要とされていく交通機関です。


 人吉温泉着。くま川鉄道の駅舎は、「ゲストハウスくま」としてリニューアルされていました。ゲストハウスといっても泊まれるわけではなく、旅行センターや案内所として機能しています。


 時間はお昼時。清流のめぐみを頂こうと店を探してみましたが、隣り合う2軒の うなぎ屋さんは、片方はお休み、片方は長蛇の列。簡単にはありつけません。


 球磨川沿いの大旅館にお邪魔してみました。


 人吉城址と球磨川を望む、いいロケーション。ただ鮎の塩焼きは、30分ほど時間がかかるとのことで諦めました。


 それでも、人吉らしい風景を眺めながらの「春御前」に満足。


 球磨川沿いを歩いて、駅へと戻ります。市街地を流れる幅の広い川なのに、流れは急峻。落ちたら、ひとたまりもなさそうです。


 昨年8月に人吉駅の西側にできた鉄道ミュージアム、MOZOKA868を訪ねてみました。


 館内に入ると、目の前には線路。博多駅や大分駅の屋上で見たようなミニトレインが鎮座し、意表を付かれます。


 ミニトレインは運賃100円という安さ。少し雨模様だったので、館内をぐるり3周するコースで運行されていました。さして広くない館内をぐるぐる回るミニトレインは、なかなかの迫力です。
 見通しのよくない建物内なので、走行中はスタッフが付きっ切りで安全確保に当たります。




 晴れていれば建物を飛び出し、人吉駅方に運行されます。建物内のループと駅への「路線」が絡み合い、分岐部分の線路はなかなか複雑です。


 世界遺産入りも目指している、肥薩線の情報発信基地でもあるミュージアム。水戸岡デザインの世界観が前面に押し出されていて、博物館というよりアミューズメントパークのようです。
 楽しく学ぶのなら、こんな形もありなのかな。


 屋上からは、昔ながらのレンガ造の機関庫を見下ろせます。子どもなら、屋上のレールバイクに夢中になりそう。
 これで入場無料とはJRも太っ腹、SL運賃の利益でペイさせる考えなのかなと一人ごちていましたが、なんとここ、人吉市の施設なのだとか。公共施設ばなれした派手やかさに感心しますが、2億円以上のお金が投じられたことには、賛否両論があったようです。


 短い週末旅行も、あっという間に終幕へ。しかし帰路の列車も、今回の旅のメインです。SL人吉号に乗って、熊本まで2時間半ののんびり旅行を楽しみます。


 SL人吉号は、7年前の運行開始2日目に乗って以来。人吉からの上り列車は、初めての体験です。
 機関車の「息遣い」が聞こえる前部の展望ラウンジは、人気のスポット。駅弁屋さんやMOZOKA868のスタッフさん、それと見物人に手を振られ、旅の始まりです。


 SL人吉の客車は、普通列車用の50系客車を大改造して生まれました。近郊電車然とした車内が特徴だった、改造前の面影はありません。
 もっとも50系客車自体、JRで定期的に走っているのはここだけになってしまいましたが。


 車内はざっと3割の乗車率で、空いています。とはいえ昨日来るときにすれ違った上り列車は満席だったので、熊本地震の風評被害と断じるのは早計でしょう。
 ビュッフェ車に吊るされた旗には、「おかあさん ありがとう」の文字が。なんでだろ…そうか、今日は母の日か!


 ビュッフェで地ビール2本を買って、飲み比べ。蒸気機関車独特の前後のリズムに揺られ、窓からはほんのり石炭の薫りが漂ってくる中で飲むビール、たまりません。




 2駅目の一勝地では、はやくも10分停車。昔ながらの木造駅舎は、元の持ち味を損なうことなく手が入れられていました。


 先頭の蒸気機関車にとっては、ウォーミングアップの時間。残念ながら天気は雨模様ですが、蒸気の見え方は晴れのときよりも迫力があります。


 球磨川沿いの車窓もしっとりと濡れ、乗っている分には悪くない天気です。
 後ろに線路が流れていく最後尾の展望ラウンジは、やはり人気。親子連れと一人旅のおじさんが、じっと車窓に見入っていました。フリースペースなので、ある程度の時間で代わってもらえたら嬉しかったんだけど…。


 球磨川沿いを平行する道路を走る車からは、くまモンのぬいぐるみが手を振ってくれました。乗客の方によると、沿線の方がいつもこうして歓迎してくれているのだとか。新聞社から取材の申し込みがあったが、断ったようだ…とも。




 坂本駅でも、10分以上の小休止です。


 こちらも、懐かしい雰囲気の木造駅舎。長い木のベンチが、幼き日の思い出を呼び起こします。
 昨日は地元から鮎ずしの即売が出ていたのですが、今日はお休みの様子。日ごろから、土曜日の方が乗車率は高いのでしょう。楽しみにしてたんだけどな。


 八代からは鹿児島本線へ。普通電車が100km/h以上で走る幹線でも、SLはのんびりペースです。
 平行する九州新幹線は、地震でもっとも被害を受けた区間。運行再開は早かったものの、防音壁は落下したままで、新幹線は最徐行で行き交う応急的な復旧です。暫定ダイヤから正常ダイヤへの復帰の時期も、まだ明かされていません。


 沿線は熊本地震の本震後も、広範囲に渡って余震が続いている地域。全壊状態の家屋も車窓には映り、呑気に観光旅行していることにはやはり、複雑な思いも巡ります。
 熊本駅の前後では、高架化工事が現在も進行中。熊本駅の1つ南にはこの春、西熊本駅も開業しています。完成したばかりのピカピカのホームを、大正生まれの古豪は堂々と通過していきました。


 高架になった線路から熊本の市街地を見下ろしつつ、2時間半のタイムスリップの旅はフィナーレを迎えました。




 高架ホームの対面には、三角方面への観光列車・A列車で行こうが停車中。地震後はズタズタになってしまった熊本周辺の鉄道網も、4週間で観光列車まで復活しているのだから早いものです。
 ただ豊肥本線の「あそぼーい」は、再び熊本駅に姿を見せられる時期の見通しが立っていません。


 熊本駅新幹線口のお土産屋さん通り「駅マチ一丁目」は、ほとんどのお店で再開。「がんばるばい!熊本」の横断幕を掲げ、元気に営業しています。
 今日の晩飯は家で食べることにしたので、天草の海産物や馬肉の燻製を買い込みました。


 ただ熊本土産の定番中の定番ともいえる、陣太鼓でおなじみの「香梅」だけは、西原村の本社工場が被害を受け、休業中です。


 新幹線熊本駅ホーム外側のガラスは、本震で落下したまま。鉄道関係だけでも、地震前の姿を取り戻すためには、まだまだ相当な時間が必要なようです。


 九州新幹線は、「みずほ」以外の本州直通が熊本打ち切り。熊本〜鹿児島間は「さくら」の運行がなく、「つばめ」を中心に組んだ特別ダイヤが続きます。
 それでも、地震からわずか13日、本震ベースで考えれば11日でよくつなげてくれたものだと思います。改札口周りだけは、地震前と変わらぬ雑踏の中にありました。


 今は困り顔のくまモンも、じきに笑顔に戻ってくれることでしょう。


 2両編成の鹿児島本線上り電車は大混雑。玉名まで立ちん棒で過ごしました。

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 4月に起きた熊本地震の支援や、身内の不幸ごとなどで、なかなか事前に計画が立てられなかった今年のGW。ようやく落ち着いてきた最後の2日間(5月7日〜8日)、オフとして熊本方面へと出かけてみることにしました。
 今回も、九州内を自由に旅したい時には欠かせない「旅名人の九州満喫きっぷ」を利用。九州内のJR・私鉄全線乗り放題1日券が、3回分で10,800円というお得な切符を手に、出発です。


 ただし新幹線や特急は、特急料金を買い足しても乗車不可。熊本までは、快速と普通電車を乗り継いで行きます。
 荒木〜大牟田間のどの駅で乗り換えてもよかったので、筑後船小屋駅で降りてみました。ホークスの2軍用球場が完成した駅裏の風景は一変。メインスタジアムかと見紛うばかりの立派さです。


 熊本の1つ手前のターミナル、上熊本駅で下車。昨年3月に高架化されてから、初めての下車です。
 ホームの床は木、外観は木ルーバーでデザインされています。竣工後1年以上も経つのに木の香りが残り、「理科室の匂い」(byヨメさん)が漂っていました。


 高架下のコンコースのデザインも、普通電車しか停まらない駅とは思えぬほど気合いが入っています。ロゴ入りの木製組天井は、「ななつ星」や大分駅コンコースを思い出させるものです。


 レンガ調の内壁は「張りぼて」ではあるものの、レンガの質感をよく再現していて重厚感が感じられます。


 外観も木のルーバーが主張していて、ユニークです。
 新幹線開業で長距離旅客が消えてしまった駅ですが、市電・熊電・バスが結節するサブターミナルとして重視されていることが分かる、力の入れかたでした。


 一方、味のある木造駅舎だった旧上熊本駅舎は、「外側」だけ市電の電停の上屋として再築されました。
 剥製のようで、見るたびに痛々しくも感じていた駅舎ですが、熊本地震でも小さな被害で済んだのは、再築時に耐震性を高めたのが功を奏したのかもしれません。


 ここからは、熊本電鉄に乗って街に出ましょう。乗るのは、今回で8年ぶり。熊本市と合志市を結ぶわずか13キロのミニ電鉄にも、いろいろ変化があっています。


 まずは熊本共通ICカード「くまもんのICカード」が導入されたこと。もともと「To熊カード」なる磁気カードが普及していたこともあって、共通ICカードの導入は九州内でも遅めになりました。ホームにバス用のカードリーダーが置かれいるのがユニークです。
 この3月には、全国共通ICカードの利用も可能になって、旅行者も便利に使えるようになりました。


 そしてこの2月には、丸っこい緑の電車「青ガエル」こと、元東急5000系が引退したのも大きなエポック。後継として、東京メトロ銀座線の01系電車が導入されました。
 ワンマン運転対応のバックミラーや、路面区間で路上の障害物を巻き込まないためのスカートを設置。また集電方式も第3軌条からパンタグラフに変わったので、外観はいかにも改造車然としています。


 車体側面の東京メトロのロゴは、熊電のロゴに。メトロに合わせて、青基調です。なるべくイメージを変えないよう配慮したのでしょう。
 黄色の帯も変わっていないので、ホームから側面を見ている限りは、紛れもない銀座線の電車に見えます。


 車内も、銀座線時代ほとんど変わっていません。非冷房だった青ガエルに比べれば、新車といっていいほどのレベルアップになっています。
 青ガエルの引退はファンとして残念だったけど、日常の利用者は喜んでいるのでは。


 ドア部分。あれれ?本当にTo Me カードのポイント付くの?(笑)
 東京然とした車内だけど、走り出してしまえば熊電。ユラユラ揺れるし、踏切の音は「チンチン」と鳴る昔ながらもののだし、車窓には緑が広がります。渋谷くらいでしか地上に出られなかった銀座線時代に比べれば、「余生」として悪くない地かもしれません。


 「本線」との乗り継ぎターミナル、北熊本着。車庫には茶色の旧型電車と一緒に、青ガエルも昼寝中でした。
 「あれ、まだ青ガエルいるじゃん」との声も聞かれ、古いながら親しまれていた存在であることも分かりました。


 藤崎宮前方面の電車は、元は都営三田線の車両。メトロと都営の電車が、ホームを挟んで並ぶのは珍しい光景かもしれません。01系に比べて一回り大柄で、座席もほぼ埋まっており、「本線」の風格が感じられます。
 線路すれすれに立ち並ぶ沿線の家々は、倒壊まで至らずとも損傷を受けたものが目立ちました。


 市街地側のターミナル、藤崎宮前駅着。駅員さんはいるものの切符の販売を行うのみで、扱い上は無人駅です。運賃も車内清算。運転席に向かって、ずらりと行列ができます。
 窓口では電車グッズが各種ディスプレイされていました。熊本地震では、上熊本支線の運休が1週間にも及んだ熊電。経営支援の意味も込めて買い込むかと思ったら、ほとんどの商品は北熊本駅にしかないとのこと。在庫が残っていた、カレーだけ買って行きました。


 藤崎宮前駅の駅舎は、11階建ての駅ビル「熊電プラザ」。地方ローカル私鉄としては破格の立派さです。実は、ほとんどを占める2〜9階は駐車場なのですが(笑)。
 しかし1階のパチンコ屋と、10〜11階の温泉施設は数年前に撤退してしまい、事実上の駐車場ビルになっています。熊本城の見える温泉、楽しかったのに… 熊電の経営にも、打撃なのでは。


 藤崎宮前駅から上通りアーケードにかけては、こ洒落た店が集まる界隈です。時間はちょうどお昼時。古い長屋を再生したアジアン料理屋さんが開いていたので、入ってみました。


 通りに開けた店内は、開放感がありつつも落ち着いた雰囲気。開放部分が多い分、地震には弱そうにも見えるのですが、建物自体には特に被害はなかったようです。
 古いからといって弱いわけではないし、新しいからと言って無事とは限らない。応急危険度判定の「緑」と「赤」を分けたものは何なのか、益城町でも随分考えさせられたことを思い出します。


 日替わりのアジアご飯セット。異国の風味が香り、おいしかったです。


 上通並木坂を下り、繁華街へ向かいます。


 上通アーケード。片付けを終え、営業している店が目立ちます。大きく損傷した建物は休業に追い込まれていますが、応急危険度「黄判定」の店は、取り急ぎの安全対策を取って再開されていた所が多かったです。
 営業している店舗数も、人通りも、地震前の8割といったところでは。


 さらに電車通りを挟んだ下通りの巨大アーケードにも、「人波」が戻ってきていました。ニュース映像でショックを受けたものの一つに、ガラガラのアーケード商店街があったのですが、なんだかほっとします。
 営業している店でも、メニューが限られていたり、夕方までの営業に留まっていたりはしています。地震で傷ついた商品をバーゲンしている店もあって、それぞれの店ができる限り、頑張っていました。


 電停から見た、路面電車の芝軌道と熊本城の風景。繁華街から見える歴史的な景観は、不動の熊本のシンボルでした。
 大きく傷ついてしまった城の姿は、やはり痛々しいものです。復元には20年とも、それ以上ともいえる時間が必要と言われています。


 路面電車に乗って、水前寺方面へ向かいます。地震後、JRやバスが動かない中でいち早く復旧。非常時にも、頼りになる交通機関です。
 水前寺公園電停で下車。近所を流れる川は、市街地と思えないほどの透明度です。




 地震直前にオンエアされた、NHKの街ブラ番組「ブラタモリ」でも取り上げられた藻器堀川。水前寺公園近辺はちょうど阿蘇の山すそに当たる場所で、伏流水が沸くことから清らかな水に恵まれています。
 テレビでも放映されていた通り、よく見ると川辺からも湧き水がどんどん流れ出てきていました。水道も100%を地下水で賄う熊本市。他の政令市にはない、貴重な財産です。


 水前寺公園の裏手にある、洋学校教師館を訪ねてみました。緩い坂を登った場所に位置し、阿蘇山の山すその端の端といえる場所です。
 熊本地震の影響を受けて、見学はできなくなっています。


 敷地内に移築されている夏目漱石第3旧居は、外観から見た限りでは無傷でした。移築の際に、きちんと耐震策が取られていたのでしょう。平屋建だったのも幸いしたのかもしれません。


 しかし明治4年築の洋学校教師館・ジェーンズ邸は、文字通りぺしゃんこの形に全壊してしまいまったそうです。現在は、残骸がビニールシートに覆われています。
 長崎の洋館群を思わせる擬洋風の邸宅は、文明開化の息吹を伝える貴重な生き証人でした。同じく大きな被害を受けた熊本城は復元の方向性が示されていますが、ジェーンズ邸の復旧は困難と言われています。


 隣接する水前寺公園のブロック塀もかなり損傷を受けたらしく、あちこちで応急的に撤去されていました。


 石積みのよう壁もはらんでいて、一部ではくずれかかっています。通行止めにこそなってはいないものの、通行には自己責任が伴う状態でした。


 しかし水前寺公園周辺のお土産屋さん街は、ほとんどが営業を再開しています。公園そのものが閉園中とあっては、お客さんの姿はまばらです。


 「免税」の看板を掲げる店は、地震の前はインバウンドの特需に沸いていたのでしょう。相当な苦境に立たされているはずですが、それでも店としては「開けるっきゃない」はずです。


 水前寺公園の正門前は、灯篭が倒れたままの状態。地震の巨大な力に、圧倒されるばかりです。現在は安全確認や後処理のため、5月15日まで休園することがアナウンスされています。
 しかし正門横の勝手口?は開いていました。警備のおっちゃん曰く、入園すること自体は構わないとのこと。


 園内の土産屋も、ほとんどが店を開けていました。どうやら、自己責任で入る分には構わないというスタンスのようです。入園料も取られませんでした。


 園内の清水神社は鳥居が倒壊しており、クレーン車が出動して撤去作業に当たっていました。お社そのものも、足場が組まれ修繕作業に入っています。
 入園料の代わりにお賽銭を上げて、未だ揺れ収まらぬ大地が静まることを祈念しました。


 園内の片隅には壊れた鳥居が置かれ、痛々しかったです。




 水前寺公園の池は、地震以来水位が急速に下がっていることも、心配事の一つです。揺れが水脈に影響を与えたのか、地割れから水漏れしているのかは定かではありません。
 池の水は、部分的に干上がってしまっています。いずれ元に戻ってくれるのを、見守るしかないのでしょうか。


 それでも正式な再開に備えて、庭園の手入れはずっと行われています。美しい公園を保つ努力は、地震で大変な状況になろうとも、変わらず続けられていました。
 周囲や園内で頑張っているお店のためにも、今あえて訪れることも支援の一つだと思います。今こそ熊本!


 園内でもすべての店が復しているわけではなく、休業に追い込まれておる茶店も。客人のいないベンチの上には、新緑のモミジが、春らしい柔らかな影を落としていました。観光にはいい季節のはずなのに…
 紅葉の頃には、元気に営業できていますように。




 公園正門前の門前町も、石灯籠が倒れたままです。立っている灯篭もあるので、余震にも注意を要します。
 安全な場所で、名物「いきなり団子」をほおばりました。門前町の店も、ほとんどが営業中です。


 市内に戻り、熊本城の周辺を訪ねてみました。大きな被害によって、城内はもとより、周囲も広い範囲で立ち入り禁止になっています。
 しかし、訪れた観光客にとっては思い出の地、市民にとっては心のシンボルだった城の被害は誰しも気にかけているところ。周辺には、多くの人が集まっていました。


 途方もない時間と費用が見込まれる熊本城の再建ですが、きっといずれは実現するはず。その過程を見せていくことも、観光の一つにはならないものでしょうか。
 特に今は、長い再建へのスタートの時であり、現在の状況を目に焼き付けておくことも、意味あることだと思います。


 二の丸にある土産屋さん街「桜の馬場 城彩苑」は営業中。時間がなくてパスしてしまいましたが、今度来た時にはぜひ足を向けたいです。


 午後3時半、熊本駅へとやってきました。4階部分が「張りぼて」になったJR創世記のリニューアル駅舎も、新駅ビルへの建替えで取り壊しが予定されています。
 新駅ビルは、大分駅のように巨大かつ独自性のあるものになる計画で、今から楽しみ。今のユニークな駅舎も、記憶に留めておきたいものです。


 快速で、一気に人吉へと向かいます。春までは同区間に観光特急が走っていたのですが、ダイヤ改定でごく普通の快速列車に格下げになってしまいました。
 一方で来年春には、1日3往復の観光列車「やませみ・かわせみ」が導入される予定です。なぜ特急の廃止を急ぎ、1年間「普通の列車」を走らせることにしたのか。解せないやりかたです。


 とはいえ「旅名人きっぷ」で乗れたのは快速に格下げされたおかげ。八代での乗り換えもなく、1時間半と特急時代と遜色ない所要時間で人吉に到着しました。


 時間はちょうど5時。駅前では、からくり時計が動いていました。殿様が商人に扮して城下を遊ぶというストーリーで、なかなか面白かったです。


 くま川鉄道に乗り換えです。JRは人吉駅、くま川鉄道は人吉温泉駅という駅名ですが、同じ構内であり、直接乗り換えもできます。
 車両は観光列車仕様の「田園シンフォニー」。全5両が在籍していて、くま川鉄道の列車はほとんどが同型車両による運行です。


 車両ごとに塗装も内装も異なり、人吉方が白い「白秋」、湯前方が赤い「秋」の2両編成でした。


 車内も、JR九州など多くの車両を手がける水戸岡鋭二氏によるデザインで、「普通列車ばなれ」しています。「朝夕は日本一心豊かな通学列車」のキャッチフレーズ通り、乗客のほとんどは沿線の高校生。豪華なソファ席や、テーブルにスタンドライトが付いたダイニング席?で、贅沢にくつろいでいました。
 ちょっと騒々しいけど、くま川鉄道にとっては大切なお得意さま。願わくば、卒業後も乗って欲しいところです。


 多良木駅で降りて、今宵の宿へと向かいました。懐かしい寝台特急を宿にした、「ブルートレインたらぎ」です。




 2009年、惜しまれつつ廃止された東京〜熊本間のブルートレイン「はやぶさ」の、晩年の姿そのまま。懐かしさで、胸が一杯になりそうです。


 今夜の寝床は、1人用B寝台個室「ソロ」です。上段、下段の部屋を鍵型に組み合わせた部屋はいかにも狭かったですが、はるか東京まで一人寝の部屋で運んでくれる個室は、憧れの的でした。学生時代は高嶺の花でなかなか乗れず、バイト代を貯めてやっと念願かなえた日を思い出します。
 大手を振って乗れるだけのお金を稼げるようになった頃には、廃止へのカウントダウンが始まっていました。


 枕元のオーディオ機器や枕灯もそのままですが、電源の関係で使えないのは残念。もっともオーディオ装置は、現役時代の早い時期に壊れてしまっていましたが。


 ヨメさんは広々使いやすい下段、僕は眺めのいい上段に分かれました。上段の高さの差は1m程度のものではあるけど、天井まで回りこんだ窓が魅力で、好んで乗っていました。
 夜、明りを消し窓側に枕を向け、東京のビル街、あるいは田舎の星空を、ごろごろしながら見上げていたことを思い出します。今は、外側の屋根の柱に阻まれ、「車窓」らしい景色はありません。


 「客室」はもう1両、4ベットタイプと案内されている2段式B寝台車があります。カーテン1枚で仕切る構造は完全にそのままで、懐かしいもの。グループで泊まるなら、こちらが狭苦しくなくて楽しそうです。


 トイレは現役時代のものは閉鎖されており、代わりにトイレ・洗面所棟が増築されています。ウォシュレットも付いていて、現代の生活レベルです。
 

 中間の車両は、寝台を撤去してフリースペースに。最期まで「はやぶさ」にロビーカーが健在だったらその車両を充てたのでしょうが、「はやぶさ」と「富士」の統合時に、一足早く廃止になってしまいました。
 寝台内での飲食は禁止になっており、この車両でと案内されています。寝台の窓枠にずらっと缶ビールを並べるのも醍醐味といえば醍醐味だったけど、文化財級の車両をきれいに保つには仕方なしです。


 そしてこの車両の枠に入っている広告は、すべて国鉄分割民営化の際のもの。新型車両とも、「水戸岡デザイン」とも無縁だった時代の証人です。


 駅前通りから国道に出れば街の中心部で、コンビニにスーパー、飲食店が立ち並んでおり、思いのほか選択肢がありました。店構えをじっくり見比べ、入ったのはこちら。
 個室でこぎれい、「女子会プラン」なんてメニューもある都会風の店ですが、店内にはおっちゃん達の笑い声がこだましていました。


 メニューも値段も普通の居酒屋…と思いきや、一品一品のボリュームが多い!結果的にはなかなかお安めに、満ち足りることができました。
 お風呂は、駅裏の温浴施設を無料で使えて、のんびり足を伸ばしてサッパリ。寝台列車の旅としては、この上ない贅沢ではあります。




 夜になるとテールマークの行灯が灯され、車両はライトアップ。運転停車(客扱いをしない停車)で駅に止まっているかのような姿で、上りの門司駅での長時間停車を思い出しました。


 熊本のテレビは、各局ともL字型画面が継続していて、時々震度1レベルの速報が流れます。
 福岡まで到達するような余震はほぼ収まり、緊急地震速報のアラームに肝を冷やす日々はずいぶん前だった気がしますが、現地では未だ「震」も「災」もおさまらぬ日々が続き、胸が痛みます。


 窓の外を、最終の「田園シンフォニー」が駆けて行きました。現役時代の「はやぶさ」なら広島か、あるいは名古屋手前といったあたりの時間。寝るならそろそろです。


 ソロの狭い廊下を、我が根城へ。揺れに足を取られることもなく、音もしないのは快適なのですが、どこか寂しさを感じるのもまた事実なのでした。

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 3月末の済州島のウォーキング大会で、なんだかんだ愚痴りながらも20km完歩できた私。もう少し歩けそうな余力もあったので、下関で働いていたヨメさんが毎年出場しているウォーキング大会、維新・関門ウォークに参戦してみることにしました。
 起点は下関東部の東行庵。コースは二手に分かれ、下関と門司のどちらをゴールにするかは当日選べます。門司は28km、下関は30km。より長い距離に挑むなら目指すは下関だけど、そこは当日の気分次第ということで、ひとまず出かけました。


 朝から開催のウォーキング大会、日帰りで出場しようと思えば、必然的に朝は早くなります。朝5時に起きて、まずは始発のソニックで小倉を目指しました。
 週末、博多〜小倉間の日帰り往復きっぷは、新幹線でも在来線でも3,090円。在来線だとAMUなどで使える1,000円分のお買い物券が付いてくるので、頑張って30分早起きしました(笑)。


 小倉で、下関行きに乗り継ぎ。早くもウォーキングスタイルの人で、電車は満席近いです。
 博多口では見られなくなった、415系のボックスシートに座って海峡をくぐりました。


 さらに下関駅で乗り継いだ新山口行き4両編成は、ウォーカーでぎゅうぎゅうの混雑に。さすがは1日で2万人が集うウォーキング大会です。
 最寄り駅の小月からはシャトルバスを頻発させるそうですが、大混雑になりそう。新下関駅近くに住んでいたヨメさん曰く、“新下”発のバスは余裕で座れていたというので、あえて遠い新下関駅で満員電車を脱出してみました。


 新下関からの「最終」になる7時55分発のシャトルバスは、なるほどまだ空席を残していました。東行庵までは40分、運賃も790円とそこそこ値が張るけど、ウォーキング前に座って移動できて感謝です。


 小月駅前ではスシ詰め・長蛇の列のシャトルバスを横目に、一路会場へ。終点の転回場は狭く、3台ずつバスをためて、一気に降ろしてさばいていました。会場を目の前にしてバスの中に留まるのはじれったくもあったけど、数十回に渡るピストン輸送で得たノウハウなのでしょう。
 バスを走らせるサンデン交通にとっては、貴重な稼ぎ時でもあります。


 東行庵はいい雰囲気だけど、またの機会ということで、出発会場へと急ぎました。もっともヨメさんも毎年、ゆっくり東行庵の見物に来ようと思うらしいですが、いまだに叶っていないとのこと。


 受付は、これで2万人をさばくの!?というほど少ない人数なのに、申し込みメールを確認して素早く受け付けてくれてびっくり。事前申し込み制とはいえ、参加費無料だからこそ成せる技でもあります。


 起床から4時間、ようやく会場入りできました。たぶん学年1クラスしかないんじゃないかな?と思われる小さな校舎の、吉田小学校が出発点です。
 この大会は狭い道も多いことから、先着順に“梯団”で分けられ、時間差で出発します。僕らは24梯団。ホットコーヒーの「ふるまい」で暖まりながら、校庭で出発を待ちました。


 9時40分、司会者さんの元気な掛け声とともに、我らが24梯団が出発! 早さを競うような競技ではないので、ウォーカーは団旗より先に歩いてはいけないルールです。
 もっとも団旗を持つのは、健脚の自衛隊員さん。大変な参加者数だし、そうそう簡単に抜けるものではありません。


 出発地点には、大会運営をささえるための募金箱が。百円札のピン札が入っていて、びっくりでした。
 来年以降の開催を祈りつつ、一般的なウォーキング大会の参加費程度は入れておきました。


 桜残る工業団地沿いの狭い歩道を、前も後ろも人だらけという状況の中、黙々と歩きます。


 新幹線の高架橋をつぶさに眺める機会も、そう多くはありません。既存のRC柱に、樹脂材を巻いて耐震補強を行った様子がよく分かりました。


 川沿いに出れば、延々と続く桜並木。1週間前だったらきれいだったんだろうけど、花見客とウォーカーが集結したら、交通はマヒ状態になりそうな気もします。


 ヒッ! 無数のかかし?が。


 河原に出て、ようやくマイペースで歩けるようになりました。


 どうやらリアルな「かかし」はこの近辺ではお馴染みらしく、河原にも多数、陳列?されていました。


 出発から1時間、ようやく最初の関所である王喜の関へ。出店や自衛隊の歓迎があって、ちょっとしたお祭り騒ぎです。消防団の放水もきれいでした。
 ただ“渋滞”でまだ3kmしか来ておらず、ちょっと気が焦ります。


 しかも橋には1列分しか歩道がなく、行列を作って渡らねばなりません。みな並んでいる横を堂々と追い抜いていく人もおり、数十キロを自らの意志で歩くウォーカーといえども、マナーのいい人ばかりではないのだなという妙な感想も。


 次の関所の通過めやす時間にはとても間に合いそうになく、諦めの境地です。この状況なら、締め切り時間もきっと延長してくれるでしょうという、甘い期待も持ちつつ渡りました。
 

 ようやく対岸に渡り、マイペースでのウォーキングに戻りました。ウォーキングでなければ、ぜったいに来なかったような普通の裏道を歩くのも、また妙味です。
 3番目の関所は、小月小学校。軽食販売があったり、太鼓の演奏があったりしているけど、休憩も取らず通過しました。


 旧街道筋なんでしょうか、趣のある街並みです。


 清末の関こと、清末小学校へ。出店がずらっと出ていて、おいしそうな匂いが誘惑します。
 しかし時間はすでに12時。すでに通過めやす時刻を30分過ぎているので、やきそばをズルズルっとすすって、先を急ぎました。


 桜もちらほら残る、市の文化財である内藤家の表門。「歴史街道」のサブタイトルもおおげさではないなと思います。
 門の向こう側の庭園も、立派なものでした。


 次の王子の関までは、田んぼの中を迂回する形になり、勝手知っている人は農道をショートカットしていました。僕は初めての参加だし、「完歩」にも傷が付きそうだったので、本来のコースを進みます。


 本来のコースを歩いたおかげで、立派な寺の山門を見ることができました。


 堤防の上をとぼとぼと。これまでのチェックポイントでトイレは大混雑でしたが、川沿いの公園のトイレが空いていたので、用を足しておきました。
 トイレに並ぶのは避けたいけど、水分補給を控えれば体調にも関わるので、トイレは「行けるときに行く」を鉄則に。


 5番目の関所、王司小学校へ。12時半までが本来の受付時刻で、実際に着いたのは13時で安定の30分遅れ。「回復運転」は容易ではありません。


 国道491号線の裏道へ。国道沿いの店が、裏口を開けて出店を開いていました。お値段は良心的です。


 大動脈、国道2号線に出てきました。
 「自民党」のポスターはどこでも見られるけど、「あべ晋三」のポスターも並んでいるのは、下関ならではです。


 ブリヂストン工場では飲み物の配布があり、さすが久留米発祥の企業!と思っていたら、もうすべて配布し終えてしまったのだとか。期待していたウォーカーも多かったらしく、社員さん、平謝りでした。


 重要幹線沿いだけに、そんなに空気はよくありませんが、葉桜が目を楽しませてくれます。


 国道の東側に広大な敷地を構えるのは、神戸製鋼の工場。護岸はずいぶん歴史がかったもので、工場の創業時から変わってないんじゃないかと思えます。


 午後2時過ぎ、ようやく長府の街中までやって来ました。道は歩行者天国になり、出店にステージイベントにと、ここもお祭り状態です。
 各ポイントではお茶の接待があり、ありがたい限り。もちろん水分は持参していますが、冷たい麦茶には癒しの力があります。


 ちょっと違う種類の水分も摂りました(笑)。




 一昨年の秋以来の、長府の街。紅葉の時期もいいけど、新緑のもみじもまた違った趣があります。


 功山寺のしだれ桜は、まだまだ花びらを残していました。


 カモやコイも、桜の中をゆるりゆるりと。


 再び国道2号線に戻って歩いていたら、関門海峡まで出てきました。関門橋も見えて、あと少し!という気分になりますが、橋はなかなか近づいてきてはくれません。構造物の巨大さを思い知ります。


 それでも自分の足だけを信じて負けなければ、ほらそこにゴールは近づいてる。みもすそ川の公園で、靴を脱いでしばし休憩です。
 青年会議所からの冷たいおしぼりが、めっちゃ気持ちよかったです。


 下関と門司港の分かれ道はここ。やはり九州をゴールにしたくなり、人道トンネルのエレベーターで海底へと下ることにしました。


 誰でも、ここで写真を撮りたくなりますよね(笑)。


 歩いて海を渡ってきました。いつでも面白い経験ですが、長く歩いてきた身にはより意味深いことのように思えます。


 海沿いの気持ちいい遊歩道を、最後の気力を振り絞って歩きます。たかが28km、されど28km。日ごろから運動不足の身には、なかなか堪える距離ではあります。足も、思い通りには動きません。


 遊歩道沿いにやってきた、レトロラインのトロッコ列車。思わず駆け寄って、桜と絡めてシャッターを切っていました。あれ、足が上がらないんじゃなかったっけ?


 さらに門司港の街中に行くと、西鉄北九州線の路面電車が!こんな場所で保存されているとは、まったく知りませんでした。
 しかも5時までは車内にも入れるということで、高いステップを踏んで「乗車」。


 幕式の運賃表示機に、回数券のポスターまで現役時代そのまま。懐かしい…
 小学5年生の時、廃止を惜しんで佐賀から何度か乗りに来たことを思い出しました。


 ゴール直前で鉄っちゃんとしての誘惑が連発したおかげで、ブルーウイング門司を渡ったのは午後5時過ぎ。


 ゴールのテープがあるのは、達成感を感じられて嬉しいものです。午後5時5分、出発から約7時間半でようやくゴール。ゴール閉鎖時間の5時半に、なんとか間に合いました。


 完歩賞は、たたき売り発祥の地にちなんで、バナナです。疲れた身に、甘さが染みます。


 さらにはこんな誘惑も(笑)。次回の参加があっても、これだけを目標(目的?)に門司港を目指してしまいそうです。
 疲れた体に行きわたる、地ビール独特の味わい。うまかった…


 お昼も満足に食べていなかったので、商店街裏の焼き肉屋さんで二人慰労会。お疲れ様でした。
 この日の歩数は5万歩越え。いつまでも元気でいられるよう、またどこかを歩きます。

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 4月第1週の週末、満開を迎えた桜を見に、福岡市近郊をそぞろ歩きました。

 春日、桜道緑道。街路のど真ん中に連なる桜並木です。
 西鉄天神大牟田線の線路を越えて、南北に続きます。












 博多区・諸岡親水公園。桜の名所というわけではないけど、北岸側には何本もの桜が。
 水ぬるむ池のほとりで、のんびり過ごせます。








 新宮中央駅前・沖田中央公園。5年で人口が2割増になった若い街の桜も、やっぱりまだ幼いものです。
 桜並木と呼べるくらいに成長した頃、この町はどんな世代が中心になっているのでしょうか。








 

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