Chang! Blog
HOME掲示板/방문록
福岡のハングル検定準2級建築士[ちゃん]のブログです
일본 규슈 후쿠오카현 구루메시민 "창"의 블로그입니다
 



 梅雨入り間もない6月第3週の週末は、関西方面へと旅立ってみました。
 往路に利用するのは、昨年9月に就航したばかりの名門大洋フェリーの新造船。昨年5月にはライバルの阪九フェリーの新造船を利用したばかりで、比較も楽しみです。


 新門司発8時のフェリーを利用するため、まずはお昼過ぎの快速電車で北九州へ上ります。西小倉駅を出ると、梅雨時期とは思えない強烈な陽が差していました。


 小倉では、まだ訪れたことがなかった松本清張記念館へ。船までは時間もあったので、2時間かけてゆっくりと昭和の大作家の足跡を辿りました。
 特に、東京にあったものをまるごと移築した書斎は、そこだけ時が止まっているかのよう。床のカーペットに点々と残るタバコの焦げ跡を、しばし見入ってしまいました。


 『点と線』しか読んだことがなかったけど、他にもいろいろ読んでみようかな。ミュージアムショップで「一九五二年日航機『撃墜』事件」を買って、記念館を後にしました。
 隣接する小倉城址を抜けて、リバーウォークへ。復元天主と、派手な商業施設が隣り合う風景は、違和感よりも面白さの方を感じます。だいぶ客足が戻ってきた外国人観光客も、盛んにシャッターを切っていました。


 100円バスで小倉駅まで出て、駅前商業施設「I'm/コレット」へ。かつて小倉そごうだった頃に上がったことのある屋上へ、十数年ぶりに上がってみました。
 徹底して「そごう」の文字は消された建物にあって、屋上のお社の説明書きにだけは残っていました。その後、玉屋や伊勢丹など核店舗がめまぐるしく変わったことなど、知らぬげに佇んでいます。


 さて、ぼちぼち旅の本番です。19時50分発・名門大洋フェリー大阪南港行き「2便」に接続する連絡バスは、小倉駅北口を18時40分に発車します。阪九フェリーのバスも同じ時間帯に発車。ライバル同士は、バスでも火花を散らします。
 連絡バスは門司駅に立ち寄るはずだったのに、そのままスルーして港へ。2台運行のバスのうち1台だけを門司に向かわせ、時間短縮を図ったようです。


 山を越えた門司区の周防灘側に位置する新門司港は遠く、小倉駅から40分かけてようやく到着です。
 長距離フェリーでは、事前予約していても乗船名簿の記入など、手続きが煩雑というイメージがあります。しかし名門大洋はHPで予約表をプリントしておけば、乗船口でバーコードを読み取ってもらってそのまま乗船OK。窓口の長蛇の列を横目に、スムーズに乗船できました。


 名門大洋フェリーが、満を持して送り込んだ新造船。昨年乗った阪九フェリーの新造船と比較しながら、観察したいと思います。
 広々としたエントランスは、最近のフェリーのトレンド。3層吹き抜け・シースルーエレベーターというショッピングセンターばりの阪九には度肝を抜かれましたが、名門は平面に広々とソファを並べた、ロビーのような空間でした。


 今回予約したのは、2~3人用和洋室のファーストB。比較の意味を込めて、阪九と同じクラスにしてみました。扉がずらりと並ぶ長い廊下は、巨大ホテルのようです。
 新造船は個室や寝台の割合が高く、従来型の雑魚寝の桟敷席は2部屋、40人分しかありません。桟敷席で見知らぬ人とワイワイやるのも楽しいけど、これも時代の流れかな。


 扉を開けて いきなり部屋ではなく、玄関と洗面所があります。きちんと下駄箱も備え付けてあるし、厚手のスリッパも準備してありました。部屋とは引き戸で仕切られていて、旅館のようです。


 そしてこちらが室内。手前が琉球畳の間で、奥にツインベッドが並び、まさに和洋室です。阪九フェリーだと「和」の部分がカーペット敷になっていて、好みは分かれそうですが、僕らは断然、名門が気に入りました。
 同じレイアウトのビジネスホテルが欲しいです。


 お菓子こそないものの、テーブルの上にはお茶とポットも用意されていて、ホントに旅館みたい。ごろごろとくつろぐには最高で、部屋から出るのが億劫になりそうです。
 風呂、トイレは共用なので、完全に閉じこもりたければ、もう1クラス上の部屋がおすすめ。


 お腹も空いたので、出航を待たずにレストランへ。カフェテリア方式の阪九とは対照的に、名門は食べ放題のバイキング方式です。夕食1,550円、朝食750円ですが、セットなら2,100円と、場所を考えればなかなか良心的なお値段と思います。


 メニューは豊富。和洋の料理が並び、地上のバイキングレストランにもひけをとりません。遠征の学生さんは大喜びで、お茶碗を山盛りいっぱいにしていました。


 なんとお刺身まで。


 生ビールはセルフで500円。中ジョッキでも大きめのサイズで、地上の居酒屋より安いといえるかも。
 売店で買った酒類なら持込みも可。焼酎派のための氷セットも置いてあります。食欲旺盛な若者も、酒呑みなおっちゃん世代も、ぜひ利用したい船内レストランです。


 というわけで、いただきまーす!


 デザートコーナーにはチョコレートフォンデュもあって、お子様も大喜びでした。


 展望大浴場は、一番下のデッキにあります。船の規模を考えれば、それほど広くもありません。この点は、広々として露天風呂もある阪九に軍配を上げたいです。
 シャワーの水圧は、贅沢なほどに強力でした。


 湯上りの時間が、のんびり過ぎて行きます。テレビコーナーでテレビを楽しむのも、またよし。2段ベッドのツーリストクラス以下では個人テレビがないので、自然と人が集まっていました。


 展望ラウンジは豪華な雰囲気。ここで、売店で買ったワインか洋酒でも傾けるのも良さそうです。
 ちなみに船内にはwi-fiも飛んでいますが、安定度はイマイチ。携帯の電波も、沖に出ればあまり入りません。


 キッズルームから人影が消えれば、消灯時刻の10時です。以後の船内ではお静かに…






 明けて18日(土)の朝。今日も梅雨時とは思えない快晴っぷりです。
 外部デッキには腰掛もあって、のんびり流れる瀬戸内の風景を楽しめます。






 時間の遅い2便だと、本四3架橋のうち起きている時間に通過するのは、明石海峡大橋のみ。7時頃の通過です。
 単体の橋梁としては、今もって日本最大規模。多くのギャラリーが、デッキからその雄姿を見守りました。


 朝ご飯は洋風にセレクト。パンは軽く焼くこともできます。


 大小さまざまな船に出迎えられ、朝8時半、大阪南港に入港。約12時間の、快適な船旅でした。


 阪九と比較して、設備やサービス面だと甲乙付けがたいところです。振動は阪九の方が少ない気がしたけど、場所や天候もあって一概に比較はできないかも。また機会を作って、乗り比べたいものです。


 ニュートラムに乗って大阪市内へ。関西の2日間が始まります。

コメント/덧글 ( 0 ) | トラックバック/엮인글 ( 0 )




 ほぼ平年並みのタイミングで入梅した6月4日(土)、東峰村宝珠山で開催された ほたる祭への「JR九州ウォーキング」に出かけてみることにしました。
 ついでに数年間ご無沙汰している間に変化を遂げた筑豊電気鉄道(筑鉄)と、平成筑豊鉄道(平筑)にも立ち寄り。福岡県をぐるり1周の半日トリップです。


 旅の出発点は、嫁さんの実家がある宗像・赤間。お昼過ぎ、赤い813系の普通電車に乗って、まずは黒崎へと駒を進めます。


 JR黒崎駅は、北口整備に伴う駅舎改良工事の真っ最中。橋上通路部分が完成していました。モノトーンの、落ち着いた雰囲気の橋上通路です。


 注目を浴びていたのが、通路上に設置されたおみくじロボット。北九州発の世界的電機メーカー・安川電機のロボット技術の広報塔です。
 「迷い」まで再現した精巧な「手」の動きは、子どもならずとも足を止めてしまいます。


 駅前の三セク複合ビル「コムシティ」は、紆余曲折の末に2013年にリニューアルオープン。壁面緑化がなされ、爽やかにイメージ一新していました。


 内部には八幡西区役所を始め、公共施設が大部分を占めるようになりました。鉄道2社とバスターミナルを併設した交通結節点に役所の窓口があるのは、便利だろうと思います。
 駅前デパートを再生した、宮城県の石巻市役所を思い出しました。


 駅ビル1階の、筑鉄乗り場へ降りてきました。LRTスタイルの近代的な電車は、昨年デビューの5000形電車で、緑の第2編成はこの3月に走り始めたばかりです。
 スマートな電車の登場は、減便ダイヤ改定やワンマン化など、後ろ向き施策ばかりだった筑鉄にとって久々の明るい話題。沿線自治体の支援のお陰です。


 雨模様だったこともあって、減便が続いてきた割には満員状態で黒崎駅前を発車。その後の北九州市内でも乗降とも多く、座れたのはコース中盤の筑豊中間でした。
 軌道面すれすれにまで下がった窓には、田園地帯の緑が流れます。


 低床車の宿命でもある、車輪スペースの「出っ張り」がうまく処理され、すっきりした車内。3車体連接車ですが、車内空間は1両の電車のようです。
 マガジンラックも備えられ、木目調のインテリアは落ち着いた雰囲気。座席もふんわりクッションが効いており、座れれば快適な通勤になりそう。


 2画面タイプの案内モニタは、電車でもバスでもすっかりお馴染みになったタイプ。筑鉄といえば、ブラウン管テレビによる次駅案内が名物でしたが、目で見えるインフォメーションは健在です。


 全列車ツーマン運行だった筑鉄が、ワンマン運行に踏み切ったのはこの春のこと。乗客減の中で止む無しの施策とは思われますが、筑豊直方駅では思わぬ不便に見舞われていました。
 終着駅で降り口が右に変わる直方では、左にしかない運転士横の出入り口が使えません。これまでは車掌がいたので中ドアから降りられたのですが、ワンマンでは最後尾の運転台で運賃収受を行うのです。運転士が後ろに移るために15秒程度を要します。たかが15秒、されど…。


 ステップ付きの従来車に比べ、乗降口の段差の低さが目立ちます。もっとも筑豊直方駅は高架構造でエレベータもなく、駅のバリアは解消されないままです。


 高架駅で折り返しの発車を待つ5000形。


 プッツリ高架橋が途切れた、途中駅のような形の筑豊直方駅。戦後、北九州から福岡を結ぶ私鉄路線を画策した名残りです。JR・平筑の直方駅までは、徒歩10分ほどになります。


 だんだんと雨足も強くなってきたので、アーケード街を歩きます。蛍は大丈夫かな。
 開いている店は少なく、アーケード終端にある大型スーパーは閉店セールの真っ最中。厳しい地方都市の現実は、ここにもあります。


 歴史ある木造駅舎だった直方駅は、シックでオシャレな今風の橋上駅舎に建て変わっていました。


 ただ運賃を車内で収受する平筑は、改札が要らないので、駅舎を上がらず駅前広場から直接乗り降りできるようになっていました。一番人にやさしい形ですね。


 筑鉄も乗客減に悩まされていますが、三セク鉄道の優等生と言われた平筑も、近年は減量ダイヤにシフト。直方から田川伊田、後藤寺方面は、休日ダイヤだと昼間1時間にそれぞれ1本という閑散ダイヤになっています。
 枕木オーナー制度や…


 つり革オーナー制度も、苦境の中での苦肉の増収策であり、少しでも親しみを持ってほしいという取り組みでもあります。


 400形気動車は、各地の非電化ローカル私鉄で見られる標準化車両のひとつ。会社発足時の車両に比べてクロスシートが減っており、わずか2つしかないボックスシートは、全席優先席になっていました。車窓を楽しみたい若者(?)には辛い車両です。
 半減ダイヤの甲斐あってか、列車はそこそこの混雑でした。


 田川後藤寺着。駅のネーミングライツにも積極的に取り組んでおり、九州ではお馴染みのディスカウントストアの名前が冠されています。
 ネーミングライツ付きの駅名は車内放送でも連呼されており、サブリミナルな意味での宣伝効果は高そうです。


 伊田からはJR日田彦山線の気動車に乗って、ほたるウォークの出発駅、宝珠山を目指します。いつもならガラガラの列車も、ウォーキングスタイルの人たちでなかなかの乗りです。


 ウォーキングのゴール、筑前岩屋に車を置いて、宝珠山までの片道を乗る人も目立ちました。2駅間は、立客も出る盛況に。
 沿線ウォーキングでの増収効果は馬鹿にできないと聞いたことがありますが、確かに遠路はるばる訪ねてくる人の運賃収入は、そこそこの額になりそうです。


 宝珠山駅に到着。JRのスタッフも大勢出ており、いつもなら先頭車の後ろ乗り・前降りとなるワンマン列車の扉も、2両目まで全ての扉が開きました。


 マップを受け取り、弱まった雨の中を出発進行! 雨は辛いけれど、100%の予報にしては小雨で済んでラッキーです。


 今回のコースのメインともなるほたる祭の会場最寄りは、筑前岩屋駅。あえて2駅遠い宝珠山駅から、宝珠山の自然を楽しみつつ歩くコースになります。
 まずは踏切を渡って、線路の西側へ。


 沿道にはJR九州ウォーキングの旗が並び、随所に案内看板も出ているので、下手すればマップなしでも迷うことはありません。増収効果はありと書いたものの、これだけの準備を行うのも大変ではあると思います。まして、参加費無料なのに。






 沿道はしっとりと雨に濡れ、山は霧が流れて行きます。森を流れてきた風は湿気を帯び、今風に言えばマイナスイオンでいっぱい。キャンプ場で迎えた朝を思い出す、山の空気です。
 もちろん豪雨は嫌だけど、今日くらいの雨模様であれば、梅雨時期のウォーキングもオツかもしれません。


 宝珠山も、日本のエネルギーを支えた産炭地のひとつ。川には、遺構が残ります。


 日田彦山線の2両の気動車が、エンジンを轟かせ急勾配を登って行きました。


 公民館で一休み。地元自治会が準備してくれた、冷たい麦茶がおしいかったです。


 傾斜地である沿道には、棚田が広がっています。精巧に積まれた石積みが幾重にも重なり、山の風景ともよく調和していました。


 山側から見下ろすと、石積みよりも水田の方が存在感があります。


 日田彦山線の撮影名所でもある、アーチ橋が現れました。今回のコース中、3ヶ所で見られます。列車が来てくれればいい写真が撮れそうですが、タイミングが合わず残念。


 宝珠山に温泉があるなんて、知らなかった。千代川温泉というそうで、川沿いの空気が気持ち良さそうな旅館もありました。
 夏場の夜、湯上りに浴衣で蛍を眺めながら過ごす夜なんてのも、いいだろうな。


 宝珠山駅から約1時間半で、ほたる祭の会場である棚田親水公園に到着。すでに、多くの見物人でごった返していました。
 マイカーで行く際は近くまで乗り入れはできず、宝珠山駅近くの駐車場に止めて、無料のシャトルバスに乗り換えることになります。


 焼き鳥や焼き鮎を肴に、生ビールをぐびぐび飲みながら、ステージイベントを眺めました。


 雨とあって、屋台のおじちゃんは「今年の売り上げは1/3だよ」なんてぼやいていましたが、それでも文字通りのお祭り騒ぎ。繊細な蛍が逃げ出しはしないか、心配になります。


 日暮れの遅い九州の初夏、暗くなるのは8時前頃です。それと同時に、川沿いでチラチラとほのかな光が瞬き始めました。


 ウォーキング終点の筑前岩屋駅に行くまでの間も、森や水田の上に無数のホタルが。幻想的な眺めに、しばし うっとりしてしまいました。
 雨でもあったので、蛍がいなくても仕方ないかなと思っていましたが、やっぱり見られてよかったです。


 ゴールの筑前岩屋駅に到着。8kmの登りコースではあったものの、夕暮れウォークなので日差しもなく、祭り会場での大休止もあって、さほどの疲労は感じませんでした。
 参加スタンプは、雨の日ということで倍の2個をゲット。1年間で10個をためれば懸賞に応募できるとかで、いっちょ頑張るかという気になりました。


 無人駅の岩屋駅は、消防団車庫を兼ねた村の施設になっています。英彦山トンネルからの豊かな湧水に恵まれた駅で、駅前には給水所ができていました。
 駅舎内にも池があり、大きな鯉がゆうゆうと泳いでいます。


 9時を過ぎた山間の無人駅で列車を待つなんて、そうそうあることではありません。下りは21時04分、上りも21時20分が終列車です。


 日田行きの終列車に乗ります。ワンマン運転の列車だけど、この駅も全ドア扱いでした。
 夜明で久大本線へ、さらに久留米で鹿児島本線に乗りかえ、南福岡に着いたのは11時過ぎ。体いっぱいにいい空気を吸い込めた、土曜日の半日トリップでした。

コメント/덧글 ( 0 ) | トラックバック/엮인글 ( 0 )




 熊本地震以降3度目の熊本行きは、マンパワーと飲食代で(!?)応援してきました。


 21日(土)、まずは路線バスで福岡・荒戸の社会福祉協議会を訪ね、ボランティア保険に加入。午後2時過ぎに、天神の高速バスターミナルへ行きました。
 天神ターミナルの大改装から、はやくも1年。スタバ併設のバスセンターというより、全体がスタバに見えるおしゃれなターミナルも、すっかりお馴染みになりました。


 熊本までは、高速バス「ひのくに号」を利用。新幹線開業で鉄道運賃が上がった中、回数券を利用すれば2,000円を切る、お財布にやさしい交通機関です。
 熊本地震直後は全面運休、復旧後も大幅な減便を余儀なくされていましたが、現在は平日90往復にまで復しています。


 熊本県内に入るとビニルシートをかけた家が目立ち始め、市内に入ると道路の不陸でバスの揺れが激しくなります。
 益城熊本空港ICで高速を降り、渋滞気味の一般道を市内に向けて牛歩。マクドの黒板POPが、気持ちを和ませてくれました。


 インターから市街地までは「スーパーノンストップ」便もこまめに停まり、市内東部だとJRより便利な高速バス。僕らも市街地を前に、県庁前で下車しました。


 県庁の表門には、立派な熊本城のオブジェが飾られています。本家の熊本城は地震で大きな被害を受けてしまいましたが、こちらは地震にも耐えていました。


 バス停から ぶらぶら20分ほど歩き、上江津湖(かみえずこ)へやって来ました。阿蘇の伏流水で豊かな水をたたえる、熊本市の名所のひとつです。
 5月なのに真夏日を何度か記録しているこの初夏、水の中で遊ぶ親子が気持ちよさそうでした。


 ただ、市内でも比較的地震の被害の大きかった地域であり、公園も無傷とはいきません。散策路は凸凹が多く、足を引っかけないよう注意を要します。


 護岸が崩れている所もあり、立ち入り禁止ゾーンがあちこちにありました。


 それでも清らかな水は、衰えることがありません。上江津湖と下江津湖を結ぶ加瀬川は、豊富な水量でも水の清らかさで日光が届くのでしょう、水草がよく育っていました。


 加瀬川沿いを歩き、下江津湖へ。上江津湖よりも景色がぐっと広がり、ボートを漕ぐ大学生たちものびのびしているように見えます。


 湖の散策路沿いには、ざんざんと水が沸く自噴井戸が。ゼロエネルギーで勢いよく沸く水からは、自然のパワーを感じられます。


 市の動植物園は湖畔にあって環境はよろしいけど、地震の被害で現在は休園中。今のところ、再開の目途は立っていません。


 動物園の真横にあるのが、健軍水源地。熊本市内の水道水のうち、実に1/4をまかなうというメガ水源です。これが街中にあるのだから、やはり熊本はただの政令市ではありません。
 旅行者としても散策が楽しい江津湖まわりですが、周辺の地震被害は大きく、危険判定の建物や通行止めの道路があちこちにあります。訪問の際はくれぐれも、身の安全に気を付けて。


 動植物園前からは、運よくデザイン電車「COCORO」がやって来ました。お馴染み、水戸岡鋭治氏デザインの路面電車です。


 床はフローリングで、ランプシェードが暖かい雰囲気を作る車内。クロスシートのテーブルは、通学の勉強にも重宝しそうです。
 飲み物やお菓子も並べたくなってしまいますが、熊本市電の車内は飲食禁止なのでご注意を。


 繁華街に足を踏み入れると、人でごった返していました。タクシーの運転士さんも、いつもよりかなり賑やかだと驚くほど。だんだんと、人が戻ってきている様子でした。
 三年坂通の店も、ほとんどが開いています。


 居酒屋、「ねぎぼうず」の暖簾をくぐると、福岡の旅仲間が待ってました。遅れてスミマセン…。


 まずは遠き熊本で会えたことに乾杯しつつ、熊本グルメを堪能。からし蓮根に、酒が進みます。


 熊本といえば馬! 県内各地の馬肉工場も被害を受け、馬肉の流通量は減っていると聞きますが、問題なく味わえて感謝です。
 酒も食べ物も、お値段は普通くらいか…と思っていたら、焼酎がどん!と徳利で出てきてびっくり。福岡並みの値段で2杯分はあり、結果的にかなりお安く済みました。さすがは焼酎の国、熊本です。

 
 「くまモン」輝く鶴屋百貨店の前を、水道町方面へ。通りの先にライトアップされていた熊本城の雄姿が消え、夜景は少し寂しくなりました。


 2軒目は、新町の居酒屋しん寅”の姉妹店「どらどら」。


 「干物居酒屋」と銘打ち、もっちりした干物各種を楽しめる居酒屋です。また焼酎が進んでしまうではないか…
 明日も早いので早めに切り上げようと思っていたのですが、時間はいつしか11時に。熊本市電の終電は早く、タクシーで熊本駅へと向かったのでした。


 今日の泊まりは、熊本駅前にそびえる24階建ての超高層ホテル・東横イン。僕らの部屋は21階で、窓を開けると熊本の夜景が広がっていました。
 24時過ぎ、車庫に入っていく700系新幹線を見送れば、長い1日は終了です。


 翌朝、800系新幹線「つばめ」を眺めながら身支度を整えました。


 エレベーターホールからは、熊本駅の全景もバッチリ。今は在来線の下り線の高架化工事中で、数年後には大分駅レベルの駅ビルオープンが予告されています。


 路面電車で辛島町に移動し、花畑町のボランティアセンターへ。災害ボランティアなるものに、今回初めて参加しました。
 ガイダンスから、希望する活動とニーズを合わせる「マッチング」、見ず知らずの方とチームを組む「グルーピング」まで流れるように進み、午前10時には現場へ。個人宅の後片付けに、汗を流しました。


 思いのほか作業は早く終わり、12時半にはセンターへ。午後からの作業ニーズもなく、今日の活動は終わりました。
 時間もあるので、熊本城へ。


 2週間前はほとんどが立ち入り禁止エリアになっていましたが、先週からは櫨方門から二の丸広場一体にかけての規制が解除されました。
 道路のうち、通れるのは狭い範囲のみ。がっちりした仮囲いの設置の手間をかけて、よくぞ開放という判断を下したものだと思います。




 崩れ去ってしまった石垣に、胸痛みます。






 二の丸広場は、多くの見物人が集まっていました。熊本のシンボルの今を、みんなが気にしているのです。


 復元には10年とも20年とも言われる期間が必要と言われる、大変な惨状。しかし遠目に見る天守閣の美しさは、観光資源としてのポテンシャル充分です。


 観光施設の「桜の馬場 城彩苑」では、ひょっとこ祭りが開催中。見物人が繰り出していました。イベントが軒並み中止になる中で、よくぞ開催にこぎつけたものと思います。


 電停から見上げた熊本市役所。地震以降、不眠不休状態と言われる市役所ですが、日曜日昼もほとんどのフロアには明りが灯っていました。


 マッチングで振り分けられた旅仲間が活動している、水前寺公園へ足を運びました。
 2週間前には一応休業状態だった公園ですが、倒壊していた灯篭や鳥居が撤去され、正式に再開されていました。今月いっぱいは、入園無料とのことです。


 園内も、来訪者でいっぱい。観光客はもちろん、ボランティア帰りに立ち寄る人も多いようで、午前中に一緒に活動した方もいらっしゃってました。
 一時は「枯れた」と表現された池の水量も、ずいぶん戻った気がします。


 水前寺公園では、池の底の石をさらうという活動だったとか。池の水量の復活にも、だいぶ貢献しているようです。みやげ物屋のおばちゃんが、いたく感謝されていました。
 炎天下での肉体労働、お疲れ様でした!


 一旦センターに戻り、活動証明書を貰った後はアーケード街へ。サンロード新市街の大アーケードでは、J2ロアッソ熊本のパブリックビューイングが開かれていました。なかなかの盛り上がりです。


 下通アーケードも、買い物客で賑やか。早い時間から営業していたチェーンの居酒屋で、水前寺組の活動の疲れを癒しました。体を動かした後の生ビールは、しみわたるようなうまさです。


 さらに〆のラーメンはこちら。


 あっさり煮干しだしのラーメンです。ご飯とのセットが標準で、ラーメンを完食後は雑炊にして頂きます。スープまで飲み干せるやさしい味で、おいしかった。


 辛島町へ戻り、地下道経由で交通センターへ。朝はボランティアの受付でごった返していた地下道は、嘘のように静かになっていました。明日の朝にはまた、全国からの応援がかけつけていることでしょう。


 帰路も「ひのくに号」で福岡へ。上り便のみ6月いっぱいまで、ボランティアの活動証明を提示すれば運賃1,000円になる応援運賃を実施しており、ありがたく使わせて頂きました。
 バス停に止まる度に席は埋まり、熊本側最後の停留所・西合志では補助席が3席出る混雑に。明日23日には本数がさらに97往復にまで戻る予定とのことで、混雑も緩和されてくることを願います。

コメント/덧글 ( 0 ) | トラックバック/엮인글 ( 0 )







 ブルートレインたらぎは、昨夜と同じ場所で朝を迎えました。東京か名古屋にでも連れて行ってくれれば嬉しかったのですが、7年前に潰えた夢の日々です。
 もっとも僕は、夜行列車ではあまり寝れないタチ。「揺れない夜行列車」ではぐっすり熟睡できたので、爽やかな目覚めではありました。


 窓の外を、朝の列車が駆けて行きます。




 ブルートレインの北側は、のどかな田園地帯。気分も晴れやかに、朝もやの中を散歩しました。僕の田舎の佐賀平野を思い出します。


 談話室で予約しておいたパンを食べ、コーヒーを飲んで1日がスタート。なんだかんだ言っても、「富士・はやぶさ」を追体験できる施設はここが唯一。難しい面は多そうだけど、末永く続いてほしいものです。
 昨日は足早に通り過ぎた多良木駅。よく見ると駅車内には、JR創業期の頃の写真が一面に飾られています。なかなか「鉄分高め」な街です。


 まずは下り列車で、湯前方面へ向かいます。昨日と同じ、田園シンフォニーの「白秋」でした。


 昨日に比べれば空いていたので、ユニークな車内もじっくり観察できます。
 近年の水戸岡デザイン車両では定番になってきた、木製のショーケース。中には床から天井への排気管が通っており、うまいデッドスペースの活用法です。中には、沿線の特産品が飾られていました。


 車両の真ん中は、クロスシート。立派なテーブルとランプシェード付きで、レストラン列車の雰囲気があります。通学の高校生には、勉強テーブルとしても重宝しそうです。


 ロングシート?は、贅沢にも革張りのソファ。クロスシート部の背もたれは木製で硬いので、すわり心地でいえばこの席が一番かも。僕が学生なら、この席で惰眠をむさぼりながら通学します。


 窓を向いたカウンター席も。観光客なら山なみ展望席、学生なら一人勉強席ですね。
 ロングシートに比べれば当然座席は少なくなる配置であり、なんだかんだでお疲れの学生諸君がこの点をどう評価しているのかは気になるところです。僕らが高校生の頃の長崎線では、こぎれいでも編成が短くて座れない新型車両に対する評判が悪かったので。


 車内をぐるぐる見回しているうちに、湯前駅着。昭和の頃ならどこにでもあったような、木造平屋の駅舎が迎えてくれました。


 駅裏は「レールウイング」という公園になっていて、ホーム「状」の広場は総ヒノキ造り。モニュメントも斬新で、木造駅舎とは対照的な風景を見せています。


 駅横の観光会館で、レンタルサイクルを借りました。4時間の基本料金は300円と、まずまずお手ごろです。電動を勧められたけど、僕らはまだまだ若い新婚夫婦! 平坦な球磨盆地なら、普通の自転車で充分です。
 しかし湯前は、盆地の端。進むに従って急な坂も現れ、素直に従っておけばよかったと後悔したのでした。


 無人販売所で売っていたイチゴは、1パック100円!という安さ。1つ買い求め、のちほど2人で平らげました。よく熟れていて、おいしかったです。
 家で食べる用にも買って行きたかったけど、汽車旅だとパックの持ち帰りは難しくて断念。農村地帯へ旅するときは、タッパーでも持っていかなければ。


 駅前の地図には歩いて20分と書かれていたけど、自転車でもゆうに20分以上かかって潮神社に到着。ため池に面する木立に囲まれた、周囲の観光施設とは空気が違う境内です。


 ここは、通称「おっぱい神社」。近年は単純に豊胸を祈願?するため訪れる人も多いそうですが、奉納された「おっぱい」には、お乳がよく出るように願うものや、乳がんの再発防止を祈願するものが多く見られました。


 ため池の対岸にある塞神社には、おっぱい神社とは双璧をなす、立派な「モノ」が飾られています。とはいえ男性の精力増強を願う場所では決してなく、「狭い所を突破する」ことに縁起を担いで、入試や「道を極める」ことの成就にご利益があるのだとか。なるほど、なるほど…。


 周囲は「ゆのまえグリーンパレス」なるリゾート施設で、温泉やコテージがあり のんびり楽しめそうです。潮神社や塞神社の存在をたぶん知らない子どもたちが、元気に草スキーを楽しんでいました。


 麓へ下り、また坂道を上がってたどりついたのが下町橋(ごんげんばし)。町の文化財になっている石橋です。橋長17mと規模こそ小さいものの、深い谷にかかっていて、水面までかなりの高さがあります。
 歳月を経た石橋は、ゆるり流れる青い水と、緑の谷間にしっとりと溶け込んでいました。


 発車時間まで、駅前の湯前まんが美術館を見学。公民館や図書室を併設した美術館で、挑戦的な外観の建築物は、「くまもとアートポリス」の参加作品でもあります。
 ご当地出身の政治風刺漫画家・那須良輔さんの功績を記念した博物館ですが…


 ゲゲゲの鬼太郎特別展の存在感が大きかった(笑)。知らないエピソードもあって面白くはあったのですが、那須さんの作品ももう少し見たかったです。


 自転車を返して、人吉へと戻ります。湯前からの普通列車は、観光列車のKUMAでした。田園シンフォニーの先輩格に当たる車両です。
 観光列車として2009年に大々的にデビューしたのですが、くま川鉄道発足当時の車両を改造したものであり、足元の老朽化が進行。今年度中の引退がアナウンスされています。


 沿線の自然をテーマにしており、展示パネルには動植物の解説が仕込まれています。田園シンフォニーより、テーマは明確に感じられました。
 外観こそボロボロに近くなっていましたが、室内はまだ現役で使えそう。そのまま資料館か、カフェにでもできそうです。


 あさぎり駅で、田園シンフォニーと交換。新旧観光列車の共演も、残りわずかです。


 休日昼間とはいえ、人吉に出る人で車内は混雑。若い世代が多く、人吉盆地内での活発な流動を物語ります。
 沿線は平坦なものの、自転車での移動するには広大な盆地。今後も必要とされていく交通機関です。


 人吉温泉着。くま川鉄道の駅舎は、「ゲストハウスくま」としてリニューアルされていました。ゲストハウスといっても泊まれるわけではなく、旅行センターや案内所として機能しています。


 時間はお昼時。清流のめぐみを頂こうと店を探してみましたが、隣り合う2軒の うなぎ屋さんは、片方はお休み、片方は長蛇の列。簡単にはありつけません。


 球磨川沿いの大旅館にお邪魔してみました。


 人吉城址と球磨川を望む、いいロケーション。ただ鮎の塩焼きは、30分ほど時間がかかるとのことで諦めました。


 それでも、人吉らしい風景を眺めながらの「春御前」に満足。


 球磨川沿いを歩いて、駅へと戻ります。市街地を流れる幅の広い川なのに、流れは急峻。落ちたら、ひとたまりもなさそうです。


 昨年8月に人吉駅の西側にできた鉄道ミュージアム、MOZOKA868を訪ねてみました。


 館内に入ると、目の前には線路。博多駅や大分駅の屋上で見たようなミニトレインが鎮座し、意表を付かれます。


 ミニトレインは運賃100円という安さ。少し雨模様だったので、館内をぐるり3周するコースで運行されていました。さして広くない館内をぐるぐる回るミニトレインは、なかなかの迫力です。
 見通しのよくない建物内なので、走行中はスタッフが付きっ切りで安全確保に当たります。




 晴れていれば建物を飛び出し、人吉駅方に運行されます。建物内のループと駅への「路線」が絡み合い、分岐部分の線路はなかなか複雑です。


 世界遺産入りも目指している、肥薩線の情報発信基地でもあるミュージアム。水戸岡デザインの世界観が前面に押し出されていて、博物館というよりアミューズメントパークのようです。
 楽しく学ぶのなら、こんな形もありなのかな。


 屋上からは、昔ながらのレンガ造の機関庫を見下ろせます。子どもなら、屋上のレールバイクに夢中になりそう。
 これで入場無料とはJRも太っ腹、SL運賃の利益でペイさせる考えなのかなと一人ごちていましたが、なんとここ、人吉市の施設なのだとか。公共施設ばなれした派手やかさに感心しますが、2億円以上のお金が投じられたことには、賛否両論があったようです。


 短い週末旅行も、あっという間に終幕へ。しかし帰路の列車も、今回の旅のメインです。SL人吉号に乗って、熊本まで2時間半ののんびり旅行を楽しみます。


 SL人吉号は、7年前の運行開始2日目に乗って以来。人吉からの上り列車は、初めての体験です。
 機関車の「息遣い」が聞こえる前部の展望ラウンジは、人気のスポット。駅弁屋さんやMOZOKA868のスタッフさん、それと見物人に手を振られ、旅の始まりです。


 SL人吉の客車は、普通列車用の50系客車を大改造して生まれました。近郊電車然とした車内が特徴だった、改造前の面影はありません。
 もっとも50系客車自体、JRで定期的に走っているのはここだけになってしまいましたが。


 車内はざっと3割の乗車率で、空いています。とはいえ昨日来るときにすれ違った上り列車は満席だったので、熊本地震の風評被害と断じるのは早計でしょう。
 ビュッフェ車に吊るされた旗には、「おかあさん ありがとう」の文字が。なんでだろ…そうか、今日は母の日か!


 ビュッフェで地ビール2本を買って、飲み比べ。蒸気機関車独特の前後のリズムに揺られ、窓からはほんのり石炭の薫りが漂ってくる中で飲むビール、たまりません。




 2駅目の一勝地では、はやくも10分停車。昔ながらの木造駅舎は、元の持ち味を損なうことなく手が入れられていました。


 先頭の蒸気機関車にとっては、ウォーミングアップの時間。残念ながら天気は雨模様ですが、蒸気の見え方は晴れのときよりも迫力があります。


 球磨川沿いの車窓もしっとりと濡れ、乗っている分には悪くない天気です。
 後ろに線路が流れていく最後尾の展望ラウンジは、やはり人気。親子連れと一人旅のおじさんが、じっと車窓に見入っていました。フリースペースなので、ある程度の時間で代わってもらえたら嬉しかったんだけど…。


 球磨川沿いを平行する道路を走る車からは、くまモンのぬいぐるみが手を振ってくれました。乗客の方によると、沿線の方がいつもこうして歓迎してくれているのだとか。新聞社から取材の申し込みがあったが、断ったようだ…とも。




 坂本駅でも、10分以上の小休止です。


 こちらも、懐かしい雰囲気の木造駅舎。長い木のベンチが、幼き日の思い出を呼び起こします。
 昨日は地元から鮎ずしの即売が出ていたのですが、今日はお休みの様子。日ごろから、土曜日の方が乗車率は高いのでしょう。楽しみにしてたんだけどな。


 八代からは鹿児島本線へ。普通電車が100km/h以上で走る幹線でも、SLはのんびりペースです。
 平行する九州新幹線は、地震でもっとも被害を受けた区間。運行再開は早かったものの、防音壁は落下したままで、新幹線は最徐行で行き交う応急的な復旧です。暫定ダイヤから正常ダイヤへの復帰の時期も、まだ明かされていません。


 沿線は熊本地震の本震後も、広範囲に渡って余震が続いている地域。全壊状態の家屋も車窓には映り、呑気に観光旅行していることにはやはり、複雑な思いも巡ります。
 熊本駅の前後では、高架化工事が現在も進行中。熊本駅の1つ南にはこの春、西熊本駅も開業しています。完成したばかりのピカピカのホームを、大正生まれの古豪は堂々と通過していきました。


 高架になった線路から熊本の市街地を見下ろしつつ、2時間半のタイムスリップの旅はフィナーレを迎えました。




 高架ホームの対面には、三角方面への観光列車・A列車で行こうが停車中。地震後はズタズタになってしまった熊本周辺の鉄道網も、4週間で観光列車まで復活しているのだから早いものです。
 ただ豊肥本線の「あそぼーい」は、再び熊本駅に姿を見せられる時期の見通しが立っていません。


 熊本駅新幹線口のお土産屋さん通り「駅マチ一丁目」は、ほとんどのお店で再開。「がんばるばい!熊本」の横断幕を掲げ、元気に営業しています。
 今日の晩飯は家で食べることにしたので、天草の海産物や馬肉の燻製を買い込みました。


 ただ熊本土産の定番中の定番ともいえる、陣太鼓でおなじみの「香梅」だけは、西原村の本社工場が被害を受け、休業中です。


 新幹線熊本駅ホーム外側のガラスは、本震で落下したまま。鉄道関係だけでも、地震前の姿を取り戻すためには、まだまだ相当な時間が必要なようです。


 九州新幹線は、「みずほ」以外の本州直通が熊本打ち切り。熊本~鹿児島間は「さくら」の運行がなく、「つばめ」を中心に組んだ特別ダイヤが続きます。
 それでも、地震からわずか13日、本震ベースで考えれば11日でよくつなげてくれたものだと思います。改札口周りだけは、地震前と変わらぬ雑踏の中にありました。


 今は困り顔のくまモンも、じきに笑顔に戻ってくれることでしょう。


 2両編成の鹿児島本線上り電車は大混雑。玉名まで立ちん棒で過ごしました。

コメント/덧글 ( 0 ) | トラックバック/엮인글 ( 0 )




 4月に起きた熊本地震の支援や、身内の不幸ごとなどで、なかなか事前に計画が立てられなかった今年のGW。ようやく落ち着いてきた最後の2日間(5月7日~8日)、オフとして熊本方面へと出かけてみることにしました。
 今回も、九州内を自由に旅したい時には欠かせない「旅名人の九州満喫きっぷ」を利用。九州内のJR・私鉄全線乗り放題1日券が、3回分で10,800円というお得な切符を手に、出発です。


 ただし新幹線や特急は、特急料金を買い足しても乗車不可。熊本までは、快速と普通電車を乗り継いで行きます。
 荒木~大牟田間のどの駅で乗り換えてもよかったので、筑後船小屋駅で降りてみました。ホークスの2軍用球場が完成した駅裏の風景は一変。メインスタジアムかと見紛うばかりの立派さです。


 熊本の1つ手前のターミナル、上熊本駅で下車。昨年3月に高架化されてから、初めての下車です。
 ホームの床は木、外観は木ルーバーでデザインされています。竣工後1年以上も経つのに木の香りが残り、「理科室の匂い」(byヨメさん)が漂っていました。


 高架下のコンコースのデザインも、普通電車しか停まらない駅とは思えぬほど気合いが入っています。ロゴ入りの木製組天井は、「ななつ星」や大分駅コンコースを思い出させるものです。


 レンガ調の内壁は「張りぼて」ではあるものの、レンガの質感をよく再現していて重厚感が感じられます。


 外観も木のルーバーが主張していて、ユニークです。
 新幹線開業で長距離旅客が消えてしまった駅ですが、市電・熊電・バスが結節するサブターミナルとして重視されていることが分かる、力の入れかたでした。


 一方、味のある木造駅舎だった旧上熊本駅舎は、「外側」だけ市電の電停の上屋として再築されました。
 剥製のようで、見るたびに痛々しくも感じていた駅舎ですが、熊本地震でも小さな被害で済んだのは、再築時に耐震性を高めたのが功を奏したのかもしれません。


 ここからは、熊本電鉄に乗って街に出ましょう。乗るのは、今回で8年ぶり。熊本市と合志市を結ぶわずか13キロのミニ電鉄にも、いろいろ変化があっています。


 まずは熊本共通ICカード「くまもんのICカード」が導入されたこと。もともと「To熊カード」なる磁気カードが普及していたこともあって、共通ICカードの導入は九州内でも遅めになりました。ホームにバス用のカードリーダーが置かれいるのがユニークです。
 この3月には、全国共通ICカードの利用も可能になって、旅行者も便利に使えるようになりました。


 そしてこの2月には、丸っこい緑の電車「青ガエル」こと、元東急5000系が引退したのも大きなエポック。後継として、東京メトロ銀座線の01系電車が導入されました。
 ワンマン運転対応のバックミラーや、路面区間で路上の障害物を巻き込まないためのスカートを設置。また集電方式も第3軌条からパンタグラフに変わったので、外観はいかにも改造車然としています。


 車体側面の東京メトロのロゴは、熊電のロゴに。メトロに合わせて、青基調です。なるべくイメージを変えないよう配慮したのでしょう。
 黄色の帯も変わっていないので、ホームから側面を見ている限りは、紛れもない銀座線の電車に見えます。


 車内も、銀座線時代ほとんど変わっていません。非冷房だった青ガエルに比べれば、新車といっていいほどのレベルアップになっています。
 青ガエルの引退はファンとして残念だったけど、日常の利用者は喜んでいるのでは。


 ドア部分。あれれ?本当にTo Me カードのポイント付くの?(笑)
 東京然とした車内だけど、走り出してしまえば熊電。ユラユラ揺れるし、踏切の音は「チンチン」と鳴る昔ながらもののだし、車窓には緑が広がります。渋谷くらいでしか地上に出られなかった銀座線時代に比べれば、「余生」として悪くない地かもしれません。


 「本線」との乗り継ぎターミナル、北熊本着。車庫には茶色の旧型電車と一緒に、青ガエルも昼寝中でした。
 「あれ、まだ青ガエルいるじゃん」との声も聞かれ、古いながら親しまれていた存在であることも分かりました。


 藤崎宮前方面の電車は、元は都営三田線の車両。メトロと都営の電車が、ホームを挟んで並ぶのは珍しい光景かもしれません。01系に比べて一回り大柄で、座席もほぼ埋まっており、「本線」の風格が感じられます。
 線路すれすれに立ち並ぶ沿線の家々は、倒壊まで至らずとも損傷を受けたものが目立ちました。


 市街地側のターミナル、藤崎宮前駅着。駅員さんはいるものの切符の販売を行うのみで、扱い上は無人駅です。運賃も車内清算。運転席に向かって、ずらりと行列ができます。
 窓口では電車グッズが各種ディスプレイされていました。熊本地震では、上熊本支線の運休が1週間にも及んだ熊電。経営支援の意味も込めて買い込むかと思ったら、ほとんどの商品は北熊本駅にしかないとのこと。在庫が残っていた、カレーだけ買って行きました。


 藤崎宮前駅の駅舎は、11階建ての駅ビル「熊電プラザ」。地方ローカル私鉄としては破格の立派さです。実は、ほとんどを占める2~9階は駐車場なのですが(笑)。
 しかし1階のパチンコ屋と、10~11階の温泉施設は数年前に撤退してしまい、事実上の駐車場ビルになっています。熊本城の見える温泉、楽しかったのに… 熊電の経営にも、打撃なのでは。


 藤崎宮前駅から上通りアーケードにかけては、こ洒落た店が集まる界隈です。時間はちょうどお昼時。古い長屋を再生したアジアン料理屋さんが開いていたので、入ってみました。


 通りに開けた店内は、開放感がありつつも落ち着いた雰囲気。開放部分が多い分、地震には弱そうにも見えるのですが、建物自体には特に被害はなかったようです。
 古いからといって弱いわけではないし、新しいからと言って無事とは限らない。応急危険度判定の「緑」と「赤」を分けたものは何なのか、益城町でも随分考えさせられたことを思い出します。


 日替わりのアジアご飯セット。異国の風味が香り、おいしかったです。


 上通並木坂を下り、繁華街へ向かいます。


 上通アーケード。片付けを終え、営業している店が目立ちます。大きく損傷した建物は休業に追い込まれていますが、応急危険度「黄判定」の店は、取り急ぎの安全対策を取って再開されていた所が多かったです。
 営業している店舗数も、人通りも、地震前の8割といったところでは。


 さらに電車通りを挟んだ下通りの巨大アーケードにも、「人波」が戻ってきていました。ニュース映像でショックを受けたものの一つに、ガラガラのアーケード商店街があったのですが、なんだかほっとします。
 営業している店でも、メニューが限られていたり、夕方までの営業に留まっていたりはしています。地震で傷ついた商品をバーゲンしている店もあって、それぞれの店ができる限り、頑張っていました。


 電停から見た、路面電車の芝軌道と熊本城の風景。繁華街から見える歴史的な景観は、不動の熊本のシンボルでした。
 大きく傷ついてしまった城の姿は、やはり痛々しいものです。復元には20年とも、それ以上ともいえる時間が必要と言われています。


 路面電車に乗って、水前寺方面へ向かいます。地震後、JRやバスが動かない中でいち早く復旧。非常時にも、頼りになる交通機関です。
 水前寺公園電停で下車。近所を流れる川は、市街地と思えないほどの透明度です。




 地震直前にオンエアされた、NHKの街ブラ番組「ブラタモリ」でも取り上げられた藻器堀川。水前寺公園近辺はちょうど阿蘇の山すそに当たる場所で、伏流水が沸くことから清らかな水に恵まれています。
 テレビでも放映されていた通り、よく見ると川辺からも湧き水がどんどん流れ出てきていました。水道も100%を地下水で賄う熊本市。他の政令市にはない、貴重な財産です。


 水前寺公園の裏手にある、洋学校教師館を訪ねてみました。緩い坂を登った場所に位置し、阿蘇山の山すその端の端といえる場所です。
 熊本地震の影響を受けて、見学はできなくなっています。


 敷地内に移築されている夏目漱石第3旧居は、外観から見た限りでは無傷でした。移築の際に、きちんと耐震策が取られていたのでしょう。平屋建だったのも幸いしたのかもしれません。


 しかし明治4年築の洋学校教師館・ジェーンズ邸は、文字通りぺしゃんこの形に全壊してしまいまったそうです。現在は、残骸がビニールシートに覆われています。
 長崎の洋館群を思わせる擬洋風の邸宅は、文明開化の息吹を伝える貴重な生き証人でした。同じく大きな被害を受けた熊本城は復元の方向性が示されていますが、ジェーンズ邸の復旧は困難と言われています。


 隣接する水前寺公園のブロック塀もかなり損傷を受けたらしく、あちこちで応急的に撤去されていました。


 石積みのよう壁もはらんでいて、一部ではくずれかかっています。通行止めにこそなってはいないものの、通行には自己責任が伴う状態でした。


 しかし水前寺公園周辺のお土産屋さん街は、ほとんどが営業を再開しています。公園そのものが閉園中とあっては、お客さんの姿はまばらです。


 「免税」の看板を掲げる店は、地震の前はインバウンドの特需に沸いていたのでしょう。相当な苦境に立たされているはずですが、それでも店としては「開けるっきゃない」はずです。


 水前寺公園の正門前は、灯篭が倒れたままの状態。地震の巨大な力に、圧倒されるばかりです。現在は安全確認や後処理のため、5月15日まで休園することがアナウンスされています。
 しかし正門横の勝手口?は開いていました。警備のおっちゃん曰く、入園すること自体は構わないとのこと。


 園内の土産屋も、ほとんどが店を開けていました。どうやら、自己責任で入る分には構わないというスタンスのようです。入園料も取られませんでした。


 園内の清水神社は鳥居が倒壊しており、クレーン車が出動して撤去作業に当たっていました。お社そのものも、足場が組まれ修繕作業に入っています。
 入園料の代わりにお賽銭を上げて、未だ揺れ収まらぬ大地が静まることを祈念しました。


 園内の片隅には壊れた鳥居が置かれ、痛々しかったです。




 水前寺公園の池は、地震以来水位が急速に下がっていることも、心配事の一つです。揺れが水脈に影響を与えたのか、地割れから水漏れしているのかは定かではありません。
 池の水は、部分的に干上がってしまっています。いずれ元に戻ってくれるのを、見守るしかないのでしょうか。


 それでも正式な再開に備えて、庭園の手入れはずっと行われています。美しい公園を保つ努力は、地震で大変な状況になろうとも、変わらず続けられていました。
 周囲や園内で頑張っているお店のためにも、今あえて訪れることも支援の一つだと思います。今こそ熊本!


 園内でもすべての店が復しているわけではなく、休業に追い込まれておる茶店も。客人のいないベンチの上には、新緑のモミジが、春らしい柔らかな影を落としていました。観光にはいい季節のはずなのに…
 紅葉の頃には、元気に営業できていますように。




 公園正門前の門前町も、石灯籠が倒れたままです。立っている灯篭もあるので、余震にも注意を要します。
 安全な場所で、名物「いきなり団子」をほおばりました。門前町の店も、ほとんどが営業中です。


 市内に戻り、熊本城の周辺を訪ねてみました。大きな被害によって、城内はもとより、周囲も広い範囲で立ち入り禁止になっています。
 しかし、訪れた観光客にとっては思い出の地、市民にとっては心のシンボルだった城の被害は誰しも気にかけているところ。周辺には、多くの人が集まっていました。


 途方もない時間と費用が見込まれる熊本城の再建ですが、きっといずれは実現するはず。その過程を見せていくことも、観光の一つにはならないものでしょうか。
 特に今は、長い再建へのスタートの時であり、現在の状況を目に焼き付けておくことも、意味あることだと思います。


 二の丸にある土産屋さん街「桜の馬場 城彩苑」は営業中。時間がなくてパスしてしまいましたが、今度来た時にはぜひ足を向けたいです。


 午後3時半、熊本駅へとやってきました。4階部分が「張りぼて」になったJR創世記のリニューアル駅舎も、新駅ビルへの建替えで取り壊しが予定されています。
 新駅ビルは、大分駅のように巨大かつ独自性のあるものになる計画で、今から楽しみ。今のユニークな駅舎も、記憶に留めておきたいものです。


 快速で、一気に人吉へと向かいます。春までは同区間に観光特急が走っていたのですが、ダイヤ改定でごく普通の快速列車に格下げになってしまいました。
 一方で来年春には、1日3往復の観光列車「やませみ・かわせみ」が導入される予定です。なぜ特急の廃止を急ぎ、1年間「普通の列車」を走らせることにしたのか。解せないやりかたです。


 とはいえ「旅名人きっぷ」で乗れたのは快速に格下げされたおかげ。八代での乗り換えもなく、1時間半と特急時代と遜色ない所要時間で人吉に到着しました。


 時間はちょうど5時。駅前では、からくり時計が動いていました。殿様が商人に扮して城下を遊ぶというストーリーで、なかなか面白かったです。


 くま川鉄道に乗り換えです。JRは人吉駅、くま川鉄道は人吉温泉駅という駅名ですが、同じ構内であり、直接乗り換えもできます。
 車両は観光列車仕様の「田園シンフォニー」。全5両が在籍していて、くま川鉄道の列車はほとんどが同型車両による運行です。


 車両ごとに塗装も内装も異なり、人吉方が白い「白秋」、湯前方が赤い「秋」の2両編成でした。


 車内も、JR九州など多くの車両を手がける水戸岡鋭二氏によるデザインで、「普通列車ばなれ」しています。「朝夕は日本一心豊かな通学列車」のキャッチフレーズ通り、乗客のほとんどは沿線の高校生。豪華なソファ席や、テーブルにスタンドライトが付いたダイニング席?で、贅沢にくつろいでいました。
 ちょっと騒々しいけど、くま川鉄道にとっては大切なお得意さま。願わくば、卒業後も乗って欲しいところです。


 多良木駅で降りて、今宵の宿へと向かいました。懐かしい寝台特急を宿にした、「ブルートレインたらぎ」です。




 2009年、惜しまれつつ廃止された東京~熊本間のブルートレイン「はやぶさ」の、晩年の姿そのまま。懐かしさで、胸が一杯になりそうです。


 今夜の寝床は、1人用B寝台個室「ソロ」です。上段、下段の部屋を鍵型に組み合わせた部屋はいかにも狭かったですが、はるか東京まで一人寝の部屋で運んでくれる個室は、憧れの的でした。学生時代は高嶺の花でなかなか乗れず、バイト代を貯めてやっと念願かなえた日を思い出します。
 大手を振って乗れるだけのお金を稼げるようになった頃には、廃止へのカウントダウンが始まっていました。


 枕元のオーディオ機器や枕灯もそのままですが、電源の関係で使えないのは残念。もっともオーディオ装置は、現役時代の早い時期に壊れてしまっていましたが。


 ヨメさんは広々使いやすい下段、僕は眺めのいい上段に分かれました。上段の高さの差は1m程度のものではあるけど、天井まで回りこんだ窓が魅力で、好んで乗っていました。
 夜、明りを消し窓側に枕を向け、東京のビル街、あるいは田舎の星空を、ごろごろしながら見上げていたことを思い出します。今は、外側の屋根の柱に阻まれ、「車窓」らしい景色はありません。


 「客室」はもう1両、4ベットタイプと案内されている2段式B寝台車があります。カーテン1枚で仕切る構造は完全にそのままで、懐かしいもの。グループで泊まるなら、こちらが狭苦しくなくて楽しそうです。


 トイレは現役時代のものは閉鎖されており、代わりにトイレ・洗面所棟が増築されています。ウォシュレットも付いていて、現代の生活レベルです。
 

 中間の車両は、寝台を撤去してフリースペースに。最期まで「はやぶさ」にロビーカーが健在だったらその車両を充てたのでしょうが、「はやぶさ」と「富士」の統合時に、一足早く廃止になってしまいました。
 寝台内での飲食は禁止になっており、この車両でと案内されています。寝台の窓枠にずらっと缶ビールを並べるのも醍醐味といえば醍醐味だったけど、文化財級の車両をきれいに保つには仕方なしです。


 そしてこの車両の枠に入っている広告は、すべて国鉄分割民営化の際のもの。新型車両とも、「水戸岡デザイン」とも無縁だった時代の証人です。


 駅前通りから国道に出れば街の中心部で、コンビニにスーパー、飲食店が立ち並んでおり、思いのほか選択肢がありました。店構えをじっくり見比べ、入ったのはこちら。
 個室でこぎれい、「女子会プラン」なんてメニューもある都会風の店ですが、店内にはおっちゃん達の笑い声がこだましていました。


 メニューも値段も普通の居酒屋…と思いきや、一品一品のボリュームが多い!結果的にはなかなかお安めに、満ち足りることができました。
 お風呂は、駅裏の温浴施設を無料で使えて、のんびり足を伸ばしてサッパリ。寝台列車の旅としては、この上ない贅沢ではあります。




 夜になるとテールマークの行灯が灯され、車両はライトアップ。運転停車(客扱いをしない停車)で駅に止まっているかのような姿で、上りの門司駅での長時間停車を思い出しました。


 熊本のテレビは、各局ともL字型画面が継続していて、時々震度1レベルの速報が流れます。
 福岡まで到達するような余震はほぼ収まり、緊急地震速報のアラームに肝を冷やす日々はずいぶん前だった気がしますが、現地では未だ「震」も「災」もおさまらぬ日々が続き、胸が痛みます。


 窓の外を、最終の「田園シンフォニー」が駆けて行きました。現役時代の「はやぶさ」なら広島か、あるいは名古屋手前といったあたりの時間。寝るならそろそろです。


 ソロの狭い廊下を、我が根城へ。揺れに足を取られることもなく、音もしないのは快適なのですが、どこか寂しさを感じるのもまた事実なのでした。

コメント/덧글 ( 0 ) | トラックバック/엮인글 ( 0 )


« 前ページ