small_happiness
   Farsideの過去ログ。





へんてこりんなお天気だったが、ようやく季節らしい感じがしてきた。








歩けないほどのお祭りの人出。子供のときもそうだったから、こういうのは何年たっても変わらないようだ。
みんな楽しそうで、見ているこちらも楽しい気分になる。


ただまぁ、楽しいことばかりを見て過ごすわけにもいかないのが難儀なところ。



まわりを見ると、あっちでもこっちでも人間関係のトラブルがたくさん。
いい年をした大人たちが、愚にもつかないことで諍いをおこす。
もうすこし、のんびりできないもんかね。



問題を起こすのは、「そりゃ、友だちできないだろうなぁ」って人たちばかり。
友だちのいない孤独がだんだん不満や怒りになって、誰でもいいからぶちまけるようになるらしい。
でもって、さらに世界を狭くする。逆恨みの悪循環みたいなものかな、と思う。
ハタから見てもみっともないが、関わり合うのも面倒くさい。



呑んだぶんだけ楽しくなるのがお酒。ただのんびりやっていればいいのに。
 



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 私は日本で暮らす日本人なので、日本が平和で安全で、毎日安心してご飯が食べられる国であって欲しいと願っている。個人的には政治に対する意見や関心もあるのだが、他人から議論をふっかけられるのは面倒だから嫌いだ。彼らは[事実]じゃなく[好き嫌い]の議論をふっかけてくるからだ。個人の好き嫌いを否定する気は全くないが、それは他人に押しつけることじゃないだろうし、他人の好き嫌いを延々聞かされるのは、控えめに言ってもひどく迷惑で苦痛だ。


 そんな面倒くさがり屋の私だが、TVや新聞を見ていて、かなり疑問に思うこともある。偏向報道はともかく、事実を伝えないという姿勢についてだ。特に、安全保障などの問題が議論されているときは、そのことを不安に感じてしまう。過去の地震の例を二つ引いてみよう。


 日本では、災害発生時には国内のニュース一色となってしまい、海外の反応を報じることはほとんど無くなる。2011年3月11日の東日本大震災の夜、ソウルで起きたお祭り騒ぎについても報じていない。日本人の被災を喜ぶ「大韓民国」の大合唱(韓国を応援したり、讃えるときに使う)があったことを話しても、日本人は誰も信じようとしない。韓国はキリスト教(プロテスタント)の国だが、3月13日の日曜のミサで、複数の教会で牧師が「日本に神の罰が下された。自業自得だ。」という説教を行ったことも、話しても信じてもらえない。だが、調べれば分かることだ。このことについては、抗議の声を上げた信者が大勢情報発信をしているし、お祭り騒ぎの動画もある。もちろん、このような行動をする人たちは多数派ではなく、少数派だ。翻って日本はどうだろうか。セウォル号の事故があったとき、大喜びで乾杯をする日本人を見かけたことはなかったし、日本を讃える大合唱も見なかった。天罰だという話も聞いたことがない。私たちは、隣人をもっと理解すべきなのだ。好き嫌いではなく、隣人と自分たちの違いを。


 いちばん問題なのは、お隣ではなく、自分たちの国のことだ。1995年1月17日の阪神淡路大震災の時に、救援活動で神戸に急行した自衛艦を、わざわざ漁船をチャーターして妨害行為を行い、接岸させなかった団体がある。人命が最優先の現場で、わざわざ「人殺しの船は帰れ」という横断幕まで作成して人命救助の妨害を行っていたのは、今はなき社会党という政党である。ついでに言うと、この妨害活動では日教組の資金援助を受けている。社会党というのは、北朝鮮による拉致問題をいちばん最後まで認めず、拉致被害者や家族会の情報を、友党である朝鮮労働党に売っていたという人々だ。1996年に分裂し、民主党と社民党という二つの政党に分かれた。まぁ、社民党を政党と呼ぶのはいささか無理があるかもしれないが、民社党は間違い無く政党だし、社会党の主義思想を引き継ぐ、親中・親韓・親北朝鮮思想の正統な後継者である。ホームページからは削除されたが、民主党のマニフェストでは、沖縄独立論が掲げられている。米軍と自衛隊を沖縄から撤収させ、日本円の使用を廃止して沖縄独自の通貨を作り、都道府県を越える高い自治権を認めるというものだ。将来的には中国との共同統治とし、中国人民解放軍が治安維持に当たるという恐ろしい展望も述べられている。安保法案に反対している政党が、どういうことをしてきた人々なのか、何を考えている人々なのか、知った上で支持する責任が有権者にはあるのではないかとも思う。もちろん、知った上で支持するのは個人の自由だし、個人の思想信条について否定するつもりは毛頭ない。民主党の議員だって、有権者の投票で選ばれた民意の代表なのだから、支持者が大勢いて当然なのだ。問題なのは、「知らずに支持している人々」だろう。メディアが事実を知らしめる努力をしてくれれば助かるのだが、彼らは営利企業だから、「自社の利益のために動く」という経済原則の中でしか行動できない。メディアに「国民の利益」や「国民の知る権利」を求めるのは、本来は筋違いなのだろう。



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 安保法制を巡って、「可決されれば高校生は徴兵される」とか、けっこう噴飯もののデマが出回っていて笑えたが、50代や60代でもそう信じ込んでいる人が大勢いることを知って、それはそれで怖かった。9条カルトの皆さんはともかく、一見まともに見える人たちがそう信じていたからだ。

 筋肉と同じで、頭も使わなければ衰えてしまう。50代で呆けてしまう人の数は、実は意外に多い。私も二人ほど知っているので、心配になって「一度アタマを診てもらったら.....」と言ったら激怒されてしまった。仕方なく、子供でも分かるように筋道を立てて説明したところ、最後には常識を理解してくれた。兵役とか徴兵制とかいうものは、主義主張でもイデオロギーでもなく、単に多数決の話なんである。

 徴兵制をとっている国は、他にもあるかもしれないが、有名どころではイスラエル・スイス・トルコ・韓国あたりしか私には思い浮かばない。これらの国は議会制民主主義の法治国家で、国民が代議員(日本でいうと国会議員)を選び、その人たちが議会(日本でいうと国会)で話し合って、多数決でものごとを決めている。法律も、代議員が議会で話し合って決めるものだ。当たり前だが、徴兵制度は法律なので、議会できちんと可決して法律にしなければ実行できない。
 ついでに言うと、日本の場合は憲法改正が必要なハズだから、国民投票で過半数が賛成しない限り徴兵制は実現しない。法律を知らないか、または理解できない、オツムの気の毒な方たちが妄想を叫んでいるだけなんである。

 役人が国民の気に入らないことをしても(違法や規則違反でなければ)簡単に辞めさせることは出来ないが、政治家(つまり議員)が国民の気に入らないことをしたら、(法や規則に違反してなくても)選挙で落っことしちゃえばいいんである。その結果、国民の気に入らないことをする議員はどんどんいなくなり、議会は国民の意思を繁栄するようになる。これが民主主義という奴で、文民統制とかシビリアン・コントロールとか呼ばれたりもする。要するに、大事な法律を作る人たちが国民の気に入らないことをしないように、もし勝手なことをしちゃっても、次の選挙で正しい議員さんを選んで間違いを正せるような仕組みなんである。

 今現在徴兵制がある国では、なぜ徴兵制が廃止されていないのか? それは、選挙民の過半数が「徴兵制が必要だ」と思っていて、同じ考えの議員さんを選挙で選んでいるからである。選挙民の過半数が「徴兵制やめよう」と思えば、同じ考えの議員さんが過半数となり、議会で法律を変えている。つまり、「徴兵制がある国」は、「有権者が徴兵制を必要だと考えている国」なんである。

 日本の有権者の過半数が「徴兵制」を望まないかぎり、徴兵制度なんてものは実現しない。国会前で、気温30度を大きく超える炎天下(晴天時、アスファルトの路面温度は気温プラス15度まで上がる)に幼児を連れ出して騒いでいた[市民団体]のみなさんは、国会の決議が「有権者の意思の反映」であることをお忘れだ。日本の国会でなされる決議は、「民意の反映」でしかない。日本の有権者数は1億人。0.1%の有権者が反対しても、過半数が賛成していれば、それが民意なんである。

 日本の有権者の過半数が徴兵制を望まない限り、それは実現しない。仮にそんな日が来るとしたら、それは「民意」なのだから無視は出来ないだろうが、そんな日が来ると思っている日本人は一人もいないだろう。徴兵制うんぬんは主義主張の問題じゃなく、「どっちが多い?」という小学校低学年の算数の問題なんである。それすら理解できない大人を見ていると、やはりどこかに深刻な病巣を抱えているんじゃないかと心配になるが.....。




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 8寸(240mm)のナガサを買った。ナガサというのは猟師さんが使う作業用の刃物で、片刃の剣鉈である。




表刃。


 今まではホームセンターで3000円ぐらいで買った6寸(180mm)の腰鉈を使っていたのだが、これがフロントヘビーで、どうにもバランスが悪い。私は自他共に認める馬鹿力で握力も左右60Kgずつあるが、この鉈を振っていると手首にかなりの負担がかかる。目方を量ってみると530gで、長らく使っている10インチ(254mm)のボウイナイフ(580g)よりも少し軽いぐらいなのだが、バランスが良くないと重量以上に重く感じる。薪割り専用なら使えるが、払う動作には向かない。

 私のように払う使い方だと6寸では短くて使いにくいので、もう少し長いものを探すことにした。刃の長さが同じなら、普通の腰鉈より剣鉈の方が格段に軽いので、最初は8寸の剣鉈を探していた。ところが意外なことに、両刃のものが多いんである。私の場合、鉈は片刃じゃないと使いづらい。両刃の鉈って、それはもう鉈じゃなくてナイフだと思うし、それならすでに持っている。下木相手に両刃のナイフが使いづらいから、わざわざ食い込みのいい片刃を探しているんである。探せば片刃の剣鉈もあるにはあるが、漆塗りだのダマスク鋼だのといった装飾性の高いものが多く、実用品というよりは高価な趣味の品みたいな感じだった。「狩猟用」と銘打ってあるものも多かったので、道具に凝る趣味のハンターには受けそうな気もするが、小枝を地道に刈り払う私にお飾りは不要だし、そもそも高くて買えない。(T_T)




10インチのボウイナイフとの比較。柄が長い分全長は長くなるが、遙かに軽く、握り方の自由度が高い。


 さて、そんなこんなでようやく探し当てたのが、秋田名物通販「ちょいするべ」で扱っている西根鍛冶店のナガサだった。8寸で税込み20,412円というのは、「刃物は2万円以下のものしか使わない」という実用一点張りの私のお財布でもギリギリ収まる価格。いざ届いてみると、製品の出来の良さに驚いた。鋼厚5.1mm、全長42cmというサイズで430gという軽さにもびっくり。裏刃は広範囲にわたってホローグラインドされている。




裏スキというより、大きなコンタクトホイールでホローグラインドした感じ。




杉のいい香りがする。


刃は小刃付けでなくロールド刃。クッション材でロールド刃に研ぐか、結局小刃にしてしまうかは、使いながら考えてみよう。刃体全体には、保護用に薄くニスが塗ってある。杉の木鞘は160gほどで紐を通す穴が設けられており、革製のベルトループもついている。この木鞘の優れているところは、鞘に口金部分を押し込めるようにホルソーで加工されている点で、木鞘特有のカタカタ音がしない。
習慣で、革の部分に蜜蝋を擦り込み、他の隙間には油を差してから溶かした蝋で埋める。あとは、刃先のニスだけ落として準備完了。実際に使ってみるのが楽しみである。



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馴染みの居酒屋さんにて。お品書き。
開店したばかりの時間で、幸いにも自分一人だったので、適当にパチリ。






白子のバターソテー。外はサクサク、中はトロトロで、大の好物。






熱々ロールキャベツ。大きくて食べごたえあり。デミグラスソースにチーズを載せてオーブンで焼いてあるので、ロールキャベツと言うより、キャベツでくるんだハンバーグみたいな感じだが、これがまた美味。






鱸の唐揚げ、山椒風味。珍味です。万人受けなら、南蛮漬けみたいな味の方が良いかも。






お刺身三点盛り。好物のイカもとろみがあっておいしい。

わめき続けるおばちゃんとか、他に話し相手がいない変人とか、そういう客から逃げ回りつつ酒を呑む摩訶不思議なヨッパライ生活だが、時々静かな夜がある。ありがたいことです。

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いろんなお店を、当てもなくフラフラと渡り歩く。
食べること、呑むこと、静かに時を過ごすこと。残念ながら、一つのお店で全部が揃うことはなかなかない。


 





特に難しいのが、静かに時を過ごすこと。
うるさい客を避けて、あちらこちらとさまよい歩く。



 




おかげで、新しいお店に巡り会ったりもする。



 




新しいお店の場合、動線や配置が軌道に乗るまで、少し時間がかかる。
スタートから修正ゼロの、完成した店舗はないと思う。

 




料理のプロが接客のプロとは限らないし、接客のプロが料理のプロとも限らない。
飲食は、女性客に認められるかどうかが分岐点になりやすい。
気配りが足りないと、軌道に乗るまでもたないこともある。


 




ヨッパライ歴が長い私は、客のプロみたいなもの。他店と比べて、直した方が良いところが目につく。
お節介で、ついつい「こうしてみたら.....」などと口走ってしまうが、歓迎されるとは限らない。
結構、難しいもんである。今のうちに基本的な接客を身につけて、軌道に乗ってくれると良いのだが。




 




いつもの店にて。
普段は耳栓が必要なくらいの賑わいで、静かに時を過ごすことは不可能に近いが、珍しく静かで平和な夜だった。
まぁ、たまにはこういう夜がないと.....。








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 先日、「嫌われる勇気」という本を買った。kindleで買った方が安いのだが、後輩に貸すことを目的に買っている本の一つなので、電子書籍ではなく紙の書籍で購入した。中身については全く知らない状態だったが、Amazonのユーザーレビューでは、「劇薬」「画期的」「人生観が変わった」などの意見があり、何か新しい考え方が載っているのではないかと期待して読んでみたのだ。でも、最初から最後まで、ごくごく普通のことしか書いていなかった。「アドラー心理学」という名前を聞いたのは初めてだったが、そこで語られている考え方は私が子供のときから感じていたこととほぼ同じで、新しい視点はほとんど何一つ無かった。正直、こんなものをありがたがる人間が世の中にいるのかどうか、私は非常に疑問に思う。それでも、後輩の女の子が読みたいというので、「つまらなかったら読まなくていいから」と前置きして貸してあげたのだが.....。結果は「感動しました」、だそうだ。ひょっとして、私の物の見方は人様と違うんじゃないかと不安にすらなってきた。そういえば、昔から「ズレてる」とか「ズッコケてる」とか言われ続けていたのは確かだ。でも、そのことで人様から褒められたことも、感心されたこともない。

 この本を読んでいて、「?」と思った点が一つだけある。この本によると、アドラー心理学では[トラウマ]を否定しているそうだ。私だってそんなものを信奉してはいないが、過去の経験が物事の感じ方に影響を与えることはあるんじゃないのかなぁ。別にトラウマ信者じゃないけれど、分かりやすさを優先するあまり物事を単純化しすぎているんじゃないだろうか。私は哲学者でも心理学者もないので、あんまり偉そうなことは言えないんだけれど。(((((^^;



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 我が家の光回線は、フレッツ光・マンション・ハイスピードタイプ。理論値200Mbpsの契約だが、フレッツ速度測定(IPv6)サイトで測定すると679.56Mbpsなどという数字が出る。TCP1セッションでの測定では133.60Mbps。ちなみにこの速度、帯域制限のないIPv6だから可能なんであって、IPv4サイトでは出ない。IPv6としても最初っから理論値(1Gbps)の7割弱が出ているので、回線状況自体はいいんである。

 局舎間ではなくIPv4での実測値だと、USENで63.561Mbps、BNRスピードテストで65.65Mbpsという数字になる。この数字は実測値として適正範囲内で、特に遅いと思ったことはない。そもそも「ネットの速度」というのは「回線速度」×「先方のサーバーの混み具合」で体感するものだから、回線速度だけが速くても体感速度は上がらない。近所のコンビニまで買い物に行くのに、歩いて往復するより自転車で往復した方が早い(回線速度)のは確かだが、レジが混雑していたら、そこで待たされる(サーバーの処理能力による遅延)時間は一緒だ。だから、回線速度だけアップしても体感速度はそんなに変わらないんである。
 
 にもかかわらず、電脳野郎の悲しい性で、本日ギガマンションタイプに変更してしまった。言うまでも無いが、理論値1Gbpsは125MB/secでもともと大した速度ではないから、IPv4でゲートウェイがボトルネックになっている可能性は限りなくゼロだ。それでも試してみたくなるのが電脳野郎なんである。

 早速回線速度を計測してみたが、IPv6のフレッツ速度測定サイトでは679.35Mbps、TCP1セッションでの測定では143.14Mbpsと、当然だが全然変わらない。
IPv4での実測値もほとんど変わらないはずだが、多少は差も出る。USENは107.773Mbps。数字の上ではアップだが、ベストエフォート型(空いてるときは早い、混んでるときは遅い)なので、この程度は誤差の範囲内。BNRスピードテストでは92.06mbps。NUROでは下り433.9Mbps、上り518.8Mbps。だいたい想定値と一緒である。回線速度を生かしたかったら、次はIPv6への切り替えを考えないといけない。

 [回線速度]という言葉を連発しておいてなんだが、イメージしやすいから[速度]という言葉を使っているだけで、回線速度=帯域幅なんである。回線速度200Mbpsと1Gbps(1000Mbps)との違いは、「2車線の道路を選ぶか、10車線の道路を選ぶか」という話とほとんど同じだ。2車線でもガラ空きなら快適だし、10車線でも帰省ラッシュのど渋滞なら歩いた方が早い。車線数の多い道を選ぶなら、一度にたくさんの引っ越しトラックが走れるから、「結果的に」引っ越しが早くなるだけだ。引っ越しトラックが5倍のスピードで爆走するわけではない。

 ついでに言うと、CPUのコア数もこれと同じ。同じ処理能力のCPUだった場合、シングルコアからデュアルコアへの変更では速度アップが感じられるが、デュアルコアからクアドコアではそれほど変わらない。クアドコアからオクタコアでは、よほど特殊な環境で無い限り体感速度もベンチマークも全く変わらない。これは、「早くするための技術」ではなく、「混んできても遅くならないための技術」だからだ。引っ越し荷物が多かったり、同時に処理する仕事が多かったり、要するに混み合ったときには、空いているときよりも流れが悪くなる。この[流れ]、つまりスループットを落とさないための技術が通信回線の広帯域化だったり、CPUの多コア化だったりする。私はGoogleDriveの100GBを使っているが、「遅くならないための技術」の導入で速度アップするかと言えば、全く変化はない。こちらの回線速度や処理能力が向上しても、GoogleDriveのサーバー側の処理能力が向上しなければ何も変わらないんである。「遅くならないための技術」の導入が必要かどうかは、自分の環境や作業・処理内容によって違うので、人それぞれだろう。



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「~お客様への大切なお知らせ~」という件名で、詐欺メールがまた届いた。
差出人も受取人も私のメールアドレスになっているけど、そんなのまともな会社がやるはずないって、頭が不自由なチンピラには分からないんだろうなぁ。
----------以下引用----------

弊社は調査業務、情報管理及び和解手続き代行等を主とした調査機関でございます。
 本日ご連絡致しましたのは、現在貴方がご契約されている
 インターネット総合コンテンツ提供サービス会社からの通告を放置し、
 利用料金を長期延滞している事に対し、起訴準備期間に入った事を報告致します。
 本通知メール到着より、翌営業日(営業時間内)までにご連絡を
 頂けない場合には、ご利用規約に伴い
 ①ご名義人調査開始
 ②各信用情報機関に対して個人情報の登録
③法的書類を準備作成の上、法的手続きの開始
 以上の手続きに入らせて頂きますので予めご了承下さい。

尚、法的手続きが開始されますと、管轄裁判所からの呼出状が発行され、執行官立ち会いのもと、給料、財産や不動産、有価証券等の差押さえを含めた強制執行となりますので、ご注意下さい。

最近、個人情報を悪用する業者の手口も見受けられますので、
 万が一身に覚えのない場合でも、早急にご連絡下さい。

 ※メールでの返答には対応しておりませんのでご了承下さい。

【お問い合わせ先】
株式会社帝国データリサーチ 東京本部
顧客管理部 
 担当:田澤優一・伊藤沙織・川島秀明
お問い合わせ番号:03-4434-8615
受付時間:10:00~19:00

----------引用終了---------
まさかとは思いますが、こんな単純な詐欺に引っかかったらいけませんョ。
しつこいようなら、即警察へ。警視庁の受付ページはココです。
https://www.keishicho.metro.tokyo.jp/anket/mail1.htm
悪い奴がいると、教えてあげましょう。


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 ベネッセ・コーポレーションの個人情報漏洩事件は連日報道されているが、その取り扱いは非常にいい加減で、「子供の個人情報」というものの特殊性に触れた報道を目にしたことがない。

 「大人の個人情報」は、ある程度まで改変が可能だ。各種のカード情報は、解約して再登録することが出来るし、盗用されてもある程度の保護措置がある。携帯の番号もメールアドレスも同じだ。住所ですら、引っ越すことでリセットできる。私の知人には、空き巣に入られて、すぐに引っ越した女性もいる。お金もかかるし手間もかかるが、大人は、名前と生年月日以外の個人情報を、ある程度までなら自分の意志でリセットすることが可能だ。だが、独立した経済基盤や意志決定の自由がない子供には、その自由度がほとんど無い。子供の情報は大人が守ってやるしかないのだ。ここで言う大人とは、[親]と[社会]だ。親は最低限の義務として、子供の個人情報を渡す相手がどこの誰なのかを見極める必要はあるだろう。

 ベネッセコーポレーションは、進研ゼミの福武書店、「デジタル」という言葉すらなかった時代からビッグデータで商売をしている情報産業の老舗だ。通信教育は、基本的には受験のために行うものだから、全国の生徒の中で、あるいは特定の志望校を受験する予定者の中で、自分の順位がどのあたりなのか、合格率はどの程度なのかといった情報が求められる。会社側は加入者自身から情報を得るわけだから、加入者が多ければ多いほど情報は確実さを増し、より正確になる。だが少子化の影響で、受験生は年々減っていく。せっかく集めた情報も、受験産業で活用できるのは大学入学までで、先細りは避けられない。ベネッセが受験産業から情報産業へその軸足を置き換えたのはずいぶん昔のことで、販促グッズ的な景品と引き換えに全国のイベント会場で子供の情報を親に書かせるようになった頃からだ。当然だが、情報は「持っているだけ」では一円の利益にもならない。売って初めて、企業の利益になるのだ。情報の転売業をやっている以上、コストを削減しすぎてセキュリティがゼロになるような体制だけは改めてもらいたいと思う。

 デジタルデータが簡単にコピーできることは誰にでも分かると思うが、データベース屋でなくとも、多少気の利いた奴なら、複数のデータを掛け合わせて違う意味を持つ新たなデータを生成することも容易だ。それが今社会問題化されているビッグデータというものなのだが、そういった点に触れている報道は見たことがない。広告主として、TVはもちろん新聞など紙媒体にも多額の広告料を払っている上得意会社だから、出来るだけ小さく事を収めたいのかもしれないが.....。

 子供の住所が分かれば、その子が通っている小学校は簡単に割り出せる。通学路の中で必ず通る場所も分かるし、時間も割り出すことが可能だ。アンケートの取り方、例えば「子供の教育費に、月々いくらぐらいを予定していますか」という質問があれば、額の多い家庭が裕福な家庭だと想定できる。電話番号も載っているし、身代金目的で誘拐する子供を選ぶには非常に便利な情報源にもなり得るわけだ。先日も、小学生の女の子が誘拐されて、数日後に無事保護されたというニュースがあって安堵したばかりだ。ベネッセから流出した顧客情報は2000万件。四人家族なら、8000万人分の個人情報で、単純計算すれば日本の総人口の6割にあたる。子供の個人情報がどこでどんな風に利用されるか、これから先は分かったものではない。

 私自身、個人情報の漏洩では痛い経験がある。破損したデータベースの復旧を頼まれたことがあって、その作業自体は無事終了した。内容は、とあるレンタカー会社の顧客管理データベースだった。後になって、私が復旧したデータのコピーを持ったまま社員が退社し、ライバルの系列会社にデータごと再就職したことを知った。それ以来、個人情報に関わるものは安易に引き受けないことにしている。自分も含めて、情報を扱う側も提供する側も、きちんとした意識を持たなければならないと思う。



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 今年も、電力需要がピークとなる夏を、ほとんど原発ゼロで迎えることになる。福島を除くほとんどの原発は、定期検査のために稼働を停止したあと、[民意]によって再稼働できずにいる。日本人は消費税を上げられても年金をだまし取られても、表だって抗議の声を上げない。諸外国から見ると、信じられないほど我慢強いのか、それとも全く意志を持たない従順な国民なのかと思われがちだが、この[民意]が発動すると、法的根拠は何もないのに、国は原発の再稼働が出来なくなってしまう。もちろん、発電コストは数倍に跳ね上がっているが、それでも国民が原発の再稼働を許さない。良く言えば国民主権の発動だが、他の国々では考えられないほど、その圧力は強い。政治が弱いとも言えるが。
 自民党政権から民主党政権への雪崩のような移行、そして3年の民主党政権を経て自民党政権に戻る際の崖崩れのような極端な圧勝もそうだ。日本人は普段は声を上げないが、声を上げるときは絶対的な「NO」の声を上げる。極端なのだ。私はそれが、あまり良いことだとは思わない。出来たら普段から声を上げるべきで、雪崩や崖崩れ的な極端な反応、感情的な反応をすべきではないと思う。

 日本人が普段声を上げないことによる害悪の一つに、職業活動家の台頭がある。首相官邸前のデモにも、沖縄の基地問題のデモにも、実は同じ連中が参加している。大阪府の職員など、公務員組合の活動家だ。有休を取り、組合費で現地に行き、組合費で良いホテルに泊まって宴会をする。彼らに政治的な主張はない。ただで旅行をして、ただで宴会をするのは彼らの娯楽、ただそれだけだ。普通の国民が声を上げないから、縁もゆかりもない公務員組合の活動家の行動だけが報道され、それがあたかも国民の意見であるかのように報道されてしまう。

 雪崩や崖崩れのような極端な反応の害悪は、公平な議論を封殺するという問題だ。今の日本では、原発について公平な議論をすることは難しい。感情論がそれを封殺してしまうからだ。きちんとした議論が出来なければ、判断の基準となる情報も国民に伝わらず、正しい決断も出来なくなっている。現時点で原発ゼロにすることの問題は、発電コストの高騰だけではない。老朽化した発電施設への負担増で小さな事故が頻発し、安全面での不安が報じられている。だが、火力発電所の安全性を問うことは原発の再稼働を検討することにつながるため、心配を口にすることは許されない。原発のそばに住む住民には声を上げる権利があっても、火力発電所のそばに住む住民には声を上げる権利がない。これは、公平なことだろうか。

 この日本人の特性は、諸外国にはあまり知られていない。特に、中国・韓国には決して理解されないだろう。憲法9条にかかわる解釈の変更など、実はどうこう言うほどのものではない。解釈変更は戦後ずっと繰り返されてきたことで、珍しくもなんともないし、日本国民はそれを許容してきた。原発の例で分かるように、日本の[民意]は法律に優先する。もし、尖閣諸島で小規模な武力衝突があり、日本人の命が失われるようなことがあれば、国民の感情は沸騰してしまうだろう。その条件下なら、簡単に改憲できる。民主党政権から自民党政権への崖崩れと同じことが、今度は改憲のための国民投票でも起こるだろう。改憲自体は、決して悪いことではないと思う。現在の日本国憲法は、国家主権と言論の自由がなかった占領下で、占領期間の日本の行動を規定するために作られたものだ。日本が国家主権を取り戻した1952年に改憲しておかなければならなかったことが、60年以上経ってようやく行われるだけだ。憲法9条の改憲で中国に対しては正当な抑止力が強まり、日中関係は一定のレベルで安定、というか均衡に向かうと思われる。ただ、日韓関係は極端に悪化するだろう。

 韓国は中国と異なり、日本が遠慮するほどの国力がない。日本人が[自衛]という意識を持ってしまったら、70年近くも罵られ続けてきたことに対する怒りや、その度に払ってきた巨額の資金に対する不満が一斉に噴き出す恐れがある。呉 善花(オ・ソンファ)さんの本や、室谷克実氏の「呆韓論」・「悪韓論」に代表される、韓国出身者や、韓国在任経験者による本がベストセラーになりつつあることからも分かるように、すでに下地は整っている。韓国に関しては、いつ雪崩や崖崩れが起こってもおかしくはない。



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 先日、東京都議会でのセクハラ発言と、その後の嘘や言い訳、あからさまな隠蔽で、日本は世界中に恥をさらした。その渦中にあった塩村文夏議員に、駐日アメリカ大使のキャロライン・ケネディさんが激励の手紙を送っていたという報道があった。これは、非常に大きな事だ。国政ならともかく、首都東京の議会とはいえ、たかが地方議会のヤジ被害者に対して駐日アメリカ大使がコメントすることだって、普通はあり得ないくらいなのだから。いやしくも先進国を名乗る国々の中で、日本の地方議会がいかに異質で異常であるか、この一事からも知れようというものだ。たかが地方議会、とは書いたが、世界を見渡せば、国家予算が東京都の財政規模を遙かに下回る国が圧倒的に多い。まがいなりにも、経済大国の首都の議会なのだ。もうちっと志の高い人間、それが無理でも、せめて人並みな道徳レベルの人間を選べと言いたい。議員が低級なのは、その低級な議員に投票した選挙民の責任なのだから、次回は必ず落選させてもらいたいものだ。

 などとぼやいていたら、今度は兵庫県議会で泣きわめくバカ議員が世界中に日本の恥をさらしてくれていた。こちらは公金の私的流用なのだから、使い込んだ公金の返却を認めたりせず、きちんと刑事罰に処してもらいたいところだ。こんなクソガキ以下の下司に政治家の職を与え、税金をドブに捨てさせた兵庫県民についても猛省を求めたいくらいだが、それは言い過ぎだろうか。それにしても、日本の地方議会、本当に低俗だなぁ。日本の国会も、逆立ちしたって褒めてもらえるような運営はしていないし、バカも悪党も混じっているが、この地方議会の体たらくを見て、少しは襟を正していただきたい。たぶん今、戦後もっとも大きな転換点にいるのだから。

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とんでもない雨が降ったりする、へんてこりんな梅雨時。山盛りの雹が降ったというニュースもあったし、その一週間ほど前には、私も雹に打たれて痛い思いをした。
でも、晴れの日は穏やか。ただの葉っぱも綺麗に見える、お得な季節。







紫陽花も咲きました。







これは少し前の写真。毎年咲く綺麗な花。とても細い枝で、台風や大風で折れてしまわないかと心配になる。




最近見つけた居酒屋さんのわんこ。人なつっこくてかわいい。
確か、シェットランド・シープドッグという種類だそうで、見た目はちっちゃなコリー。




今年も咲いた我が家のサボテン。ますます元気で、一夏に何度も大輪の花を咲かせる。夜中に咲いて、朝にはしぼんでしまうので、つぼみが大きくなったら毎晩チェック。




季節の花もひっそり咲いている。








いつものバーにて。最近の相方、うり坊。無口でかわいい、良い奴である。






 今も昔も、バーは人間模様の交差点。このバーも、バーテンダーが辞めて、かわりにスタッフの女の子が一人入った。綺麗というか美しいというか、見かけただけで、なんだか得した気分になれる感じである。そのこと自体は素晴らしいのだが、男性客の心拍数が上がってしまうようなので.....。このスタッフの女の子にはちゃんと彼氏がいるそうなのだが、男というのはもともと馬鹿な生き物なので、そんなことにはお構いなしで、綺麗な女の子と話したがる。私はたまたま、とんでもない美人を何人も見慣れている(見慣れているだけで、ちっとも親しくはない)し、それなりの年齢なのでよそ様に迷惑をかけたりしないが、そんな人間ばかりではない。舞い上がられる女の子はちょっとかわいそうでもある。それに、バーカウンターがうるさくなるのも、正直迷惑な話。


 人間模様の交差点では、久しぶりの顔に遭遇したりもする。元気そうだと嬉しいのだが、疲れた表情だったりすることもある。残念ながら、それも現実。まぁ、なんの悩みもないのは、私の相方のうり坊くらいなものだろう。私は知恵の輪を力で解くタイプなので、人のメンタルな悩みを和らげられるような、そんな器用な力はない。無力さを実感するのもまた、結構辛いもんである。


 私はサッカーのことはちっとも分からないが、日本代表がグループリーグを抜けられなかったことを、マスコミはあまりにも嘆きすぎなんじゃないだろうか。選手はみんな、一生懸命戦ったんだろうし、「がんばったね」とか「お疲れさま」とか、言えないものなのかなぁ。サッカーファンの床屋さんに聞いたところでは、ワールドカップは大番狂わせだの、大どんでん返しだのが、フツーにぽこぽこ起こる「激闘」なんだそうである。そんな中でワールドカップに混ぜてもらえただけでも、それはそれで凄いことなんじゃないだろーか。阪神がペナントレースに混ぜてもらえるかどうかより、日本がサッカーのワールドカップに混ぜてもらえるかどうかの方が、ずっとハードルは高いんだろうと思う。


 東京都議会での塩村文夏議員(みんなの党)の一般質問中に悪質なセクハラ発言のヤジを飛ばしたとして、自民党都議会議員の鈴木章浩が謝罪を行った。この鈴木章浩というバカ男はもう51歳にもなる。本来ならそれなりの分別と常識が備わっているべき年齢だが、どうやら議員先生には分別も常識も必要ないらしい。政治家が全部バカだと言うつもりは毛頭無いが、かなりの確率でバカが混じっていることも否定できない。この鈴木章浩は、過去にも地味な不正行為を重ねてきた小物なので、ヤジを飛ばすくらいしか能がないのだろう。こんな小物が謝罪しようと辞職しようと世の中にはほとんど影響がない。ただ問題は、実際のセクハラ発言をしたのは自民党(もしくは隷属の民主党)の複数の議員で、実際には誰が発言したか、全て特定されているという事実だ。隣の議員が叫んでいれば、爆睡していない限り誰でも気づく。結果的に、誰が何を叫んでいたのか、議員の間ではみんな特定出来ている。マスコミが騒いだので、セクハラ発言をしていた議員の中で最も小物でどうにでもなる鈴木章浩の首を差し出す形で[手打ち]になった。実際、塩村議員からの調査の依頼を都議会は[拒否]までして見せた。うやむやにするつもりなら、調査依頼を受諾した上で、発言者不明としてしまえばごまかせるものを、わざわざ拒否することで「手打ちになった」と宣言しているようなものだ。8億もらってみんなの党の党代表辞任に追い込まれた渡辺喜美元代表を追求しない代わりに手打ちにするとか、なにがしかの取引材料はあったのだろう。つい先日までこの問題を面白おかしく報じていたマスコミは、手のひらを返すように、今度は塩村議員のバッシングを始めている。こちらも、節度や信念の無さでは汚いヤジを飛ばす議員と大差無さそうだ。こんなんで大丈夫なのかなぁ。



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 STAP細胞に関するあれやこれやの報道の中で、小保方さん側が弁護士を立てて主張を展開すると発表した際に、あるコメンテーターが「科学と法律はルールが違うんだけどなぁ」と洩らしていた。法律の世界は「疑わしきは罰せず」という考えで、黒と断定されない限りは白とみなす。科学の世界はそれとは逆で、疑わしいものには価値が認められない。捕まえて、調べて、みんなが納得してからじゃないと、ツチノコもネッシーも図鑑に載せたらいけないんである。

 法律と善悪をごっちゃにしている人をよく見かけるが、法律と善悪はそもそも無関係なものだ。例えば、お酒を飲んで良い年齢が20歳の国もあれば、21歳の国もある。21歳から飲酒可能な国の制度を[善]とするなら、20歳からお酒が飲める日本という国は悪の巣窟ということになってしまうが、この国にはヤクザやテロリストばかりが暮らしているわけではない。法律に照らし合わせて分かるのは、適法か違法か、ただそれだけだ。そして法律は、時代や地域や文化によって細かく差がある、いわばローカルルールだ。
 普遍的な正確さを求める科学と、地域限定のローカルルールとは、そもそも立ってる場所から違うんである。小保方さん側が「法的に見て捏造に当たらない」という判決を得ても、「科学的にデタラメ」であれば、あまり意味の無いことなんじゃないかと思う。

 なんてことをつらつら思っていたら、今度は理研の調査委員長だった石井俊輔さんも、自分の論文で似たようなことをやっていたのがバレて、鋭いツッコミを受けて委員長職を辞任している。他の研究員も、論文のアラがバラバラとこぼれ出ているようだ。
 一民間企業が詐欺をやろうと嘘をつこうと、信用失墜も法的責任もその企業の問題でしかない。ただ、理研の場合は研究費の大部分が税金で、年間総額は800億円を超える。国民に嘘ついたらいけない立場の人たちなんである。この件に関しては、信州大教授(倫理学)の市川家国氏は「石井俊輔氏らの論文が発表された平成20年の研究倫理の水準は現在とは違うので、過去にさかのぼって批判を強めるべきではない。」と述べている。今年は平成26年だから、この6年間に科学会の倫理が変わったということなのだろうか? 測定技術や検査精度は、6年間で大きく変わることもあるだろう。だが、倫理観も6年で大きく変わったのだろうか。この日本という国では、6年前は、研究論文の証拠写真は切り貼り自由だったんだろうか。まさか、そんなことはないだろう。そもそも、生物学の論文の正当性や証拠能力に対して、倫理学の学者に質問していること自体が、致命的な間違いなんじゃないだろうか。報道の姿勢そのものが、「叩ける奴を探して、理由をこじつけて叩く」という卑しい形になっているんじゃないだろうか。だとしたらそれは、そんな報道を大喜びで見ている卑屈な国民がいるからだと思うが.....。

 テレビ局と新聞社は、同じ系列会社である事が多い。例えば、朝日新聞とTV朝日は同じ系列の持ち株会社だ。でも、同じ系列でありながら、テレビと新聞では報道内容はずいぶん違う。たとえば、朝日新聞が北朝鮮による邦人拉致問題をデッチアゲだと報道していた期間も、TV朝日は拉致問題を否定していない。
 テレビの場合、リモコンのボタン一つでチャンネルを変えられてしまうから、他局の報道と簡単に比べることが出来る。だから、あまり偏向報道は出来ない。基本的には、一律横並びだ。それに対して新聞は、個人で複数を購読している人は少ない。内容を比べられることも少ないから、偏向報道をしてもバレにくい。ほとんどの人間にとって、TVのニュースはどの局でも同じ、CMで細切れにされる薄い情報でしかなく、真面目に受け止めるは新聞報道の方だったりする。そのため、沖縄タイムスや琉球新報のようなブラックジャーナリズムがはびこってしまう。これは別に、日本だけのことではない。新聞はずいぶん前から斜陽産業で、本来の業務だけでは採算が取れなくなっている。チャイナマネーで生かされているニューヨークタイムスのように、歴史や知名度のある新聞でも、報道の中立性を確保することは事実上不可能になっている。そして、信用も失墜して久しい。

 IPS細胞で虚偽発言をした2012年の森口尚史の事例を見ると、大手新聞社である読売新聞は、森口尚史の発言を大学側への取材も事実確認もしないまま記事にしてしまい、デスクも裏付け無しに記事に承認を与え、それがそのまま全国報道されている。報道内容が嘘だと分かっても、「間違いでした」と言うだけで終わる。このケースでは読売新聞と、そんなものに踊らされた日本人が世界から馬鹿にされただけで済んだが、松本サリン事件のように、マスコミの偏向報道で人生を狂わされた被害者は後を絶たない。こういう、まともに取材しない、事実確認も行わないメディアの場合、存在しない方が世の中のためにはいいんじゃないかと思う。幸い、社会的使命を終えて終焉に向かうメディアなので、発行部数も減り、社会への影響力も衰退している。

 新聞の衰退と呼応するように、様々な研究者・評論家の本が売り上げを伸ばしている。スポンサーからの広告収入で経営している新聞やテレビと違い、書籍の場合は読者が収入源だから、彼らにはスポンサーの顔色をうかがう必要がなく、自由に発言することができるい。この10年、というよりここ数年で、日本人は初めて実情報に触れる機会を得ているのではないかとさえ思う。いままでは大手マスコミの影で隙間産業扱いされてきた、ラジオや週刊誌などの弱小メディアが、スポンサーを必要とする商業メディアであるにもかかわらず事実を語り始めたのは、事実を知りたいという市民の関心が、商業的な数字を支えているからではないか。弱小メディアほど運営費用は小さく、スポンサー料も安い。東電のような巨大企業頼らなくても済むからこそ、事実を報道できる。そして、その流れの根底にはインターネットによるメディアシステムの再構築がある。本来の意味でのリストラクチャーが動き始めた以上、もう後戻りはしないだろう。日本に限って言えば、インターネットはここ数年で、まともなメディアになりつつある。メディアが成立するためにはもちろん資金が必要で、お金を払ってでも「制約のない報道」を求める人間が増えてきたからこそ成立するものだ。タダだから見る[広告収入で成立しているメディア]から、お金を払ってでも見る[購読料で成立しているメディア]への移行は、本来なら驚天動地の大ニュースなのだが、既存のメディアが自身の自滅を報じるはずはないから、あまり話題にならない。
 そしてもう一つ、大きな変化がある。有料無料を問わず、様々なネット上のメディアは玉石混淆だし、物事に対する解釈もメディアごとに、あるいは発言者ごとに異なる。複数のメディアから情報を得て、それを取捨選択しながら[解釈]するという姿勢が現れてきたのは、おそらくここ最近のことだろう。今までは情報の選択肢が少なすぎて、解釈など出来なかったのだから。

 ネットの浸透は、街中でスプレーで落書きをしていたような迷惑な連中も取り込んで、ネット右翼などという変なものも生まれてしまったが、これも単なる馬鹿の集まりであると同時に、過去の反動であるかもしれない。日本は言論の自由を保障された国だが、それを報じるメディアが事実上の報道管制を敷いた状態で70年近い年月が過ぎた。今現在ネットを利用している人間は、私も含めて、そんな環境の中で育った人間ばかりだ。それでも、情報に偏りがあることを感じているのだと思う。嘘の歴史を教える国はご近所にもあるが、近代史を教えない国は日本ぐらいだ。ネットの熟成で、歴史に関する情報も日本語で入手できるようになった。その結果、世界は別に愛に満ちているわけではないことも知ってしまったし、ノーベル平和賞をもらったオバマさんが、彼の国の歴史上もっとも無能な大統領だという不安な事実も知らされてしまった。小泉元総理の訪朝で拉致被害者5名とお子さんたちを取り戻せたのは政治交渉ではなく、日本が1兆4千億円を支払ったからだということも。ちなみに、日本の税収は30兆円で、生活保護費は3兆円。金額の大きさが分かる。学校で教わらなかった様々な情報を得て、一部の人間が怒りを爆発させているのがネット右翼の始まりだったんじゃないかと思うこともある。その後ろにオツムの弱い人間が集まって馬鹿騒ぎにしてしまったけれども。そういう弊害は確かにあるが、様々な情報が日本人の頭の中に蓄積し、教わらなかったことや知らされなかったことの欠落や歪みを補うことが出来たら、世の中は今より少し、安全になるかも知れない。というか、出来ればそうなって欲しい。日本は戦後初めて、軍事衝突の危機にさらされているんだから。



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たそがれにゃんこ。ノラなので、なかなか近づけない.....。




朝夕しか写真が撮れないもので、暗い感じが多くなる。それが結構好きだったりもする。




シュロに花(たぶん)が咲くのを初めて見た。これも本当はかなり暗い時間。
カメラのおかげで明るく写る。




線路脇の花たち。




プランターの花よりも元気。




初めて見た、ローズのライムジュース。生きているうちに味わえるとは思わなかった。
もちろん、ギムレットを飲みました。(((((^^;




珍しく日差しの中。びっくりするほど大輪のバラ。思わずパチリ。




本当にベルベットのような花びら。




今年もかわいいカルミアが咲きました。
つぼみもかわいい、花もかわいい、とても可憐なカルミア。




カルミアみたいな女の子を一人知っていて、密かに応援している。
グチを言わないコなので、時々オヤツを差し入れて、甘いもので応援。








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