ディカプリオお味噌味

主に短編の小説を書く決意(ちょっとずつ)
あと映画の感想とかも書いてみる(たまに)

悲しみの傘④

2016-10-14 00:49:58 | 小説
「携帯持ってねえのか」
「こっちではな。すぐ買う予定だ」
「俺の部屋は汚ねえし、狭い。そこに座ってくれ」
 裕次郎は伸久を居間に通して座るよう促した。
 ここの玄関をくぐった記憶はある。だが、中の内装、雰囲気の記憶はまるでない。伸久は一人勝手に緊張を覚えた。
 織田家のアパートの一室には見事に何もなかった。テレビに低い円卓と四段作りの古箪笥が一つずつ。天井はどうやら木製のようで、壁にはよれたダブルのブラックスーツが二つ肩を並べている。裕次郎の父親のものだろう。背が小さくて幅のある、いつも笑ったような顔をしている裕次郎の父親をすぐに伸久は思い出せた。
 床に座って周囲を見渡していると、裕次郎はコーラが注がれたグラスと、「こんなもんしかねえ。凱旋帰国にふさわしくねえけど許せ」といってポテチの袋を開けた。
 お父さんは、元気なのか――――
 そんな第一声が思わず言葉が出そうになったが、伸久はそれをコーラ一口で飲み込んだ。だが、結局聞いた。
「お父さんは元気にしてるのか」
 裕次郎はすっと表情を奥の方に隠し、「まあ、生きてることはたしかだな」とポテチを口に放り込んでバリバリ音を立てる。
「本当に一緒に住んでるのか」
「まあな。一日でも早く出てっちまいたいよ、こんな家」
 苦笑を浮かべた裕次郎の顔が斜めに歪んだ。
 裕次郎にとってここは、こんな家、なのだ。
 伸久にとって「裕次郎の家」とは、当時その地域では誰もが知っているほど有名な、それは洒落た一戸建ての印象が強かった。幼稚園のころはよく遊びにいった。その裕次郎の家には何でもあった。当時流行っていたゲーム、おもちゃ、お菓子まで何もかもが揃っていた。父親が会社を経営していた。裕次郎の母親はガキんちょから見ても美人のそれで、自分の母親と同い年とは到底信じがたかった記憶がある。裕次郎の家には何でもあった。全てが揃っていた。それが羨ましく思ったこともあった。
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