ディカプリオお味噌味

主に短編の小説を書く決意(ちょっとずつ)
あと映画の感想とかも書いてみる(たまに)

悲しみの傘⑦

2016-10-17 15:25:30 | 小説
 裕次郎と会ったその晩、伸久は母親の節子に訊ねた。
「母さん、裕次郎のお母さんのこと覚えてる?」
 まな板の上で包丁をタカタカ走らせていた節子は、「え?なんて?」と声を大にして問い返した。
「裕次郎のお母さんだよ。覚えてるだろ、あのキレイなお母さん」
「眞由美ちゃんのこと?」
「眞由美ちゃんっていうの?」
「どうしたのよ、そんなこと急に」
「いや、ちょっと気になっただけ。今日裕次郎の家に行って、部屋に入れてもらったんだ」
「眞由美ちゃん帰ってきたの?」
 節子は勢いよく目を丸くした。
「なんでそうなるんだよ。そんなわけないだろ。ただ覚えてるかどうか聞きたかっただけ」
「なんでそんなことあんたが聞くのよ」
 節子は興味を持ったのか、包丁の動きを止め、伸久の横に幅のある尻を置いた。
「だから何となく気になっただけだって。お母さんがどんな人だったかは覚えてるけど、そこまで本人と話したことないからさ。どんな人だったかなって」
「眞由美ちゃんはいい子だったわ。あんただって散々裕次郎くんちに遊びにいかせてもらったでしょ。うちなんて共働きであんたは末っ子でいつも一人だったから、ほんと助かってたのよ」
 伸久は四人兄弟の末っ子で、幼稚園にいたときすでに、小学校高学年、中学生、高校生と年は大きく離れていた。そして裕次郎の母親はどうやら節子より年下であったようだ。
「たしかに小学校に上がる前はよく遊びにいってたのは俺も記憶してるんだ。おばさんもすごく優しかったの覚えてるし」
「眞由美ちゃんは小さいときにご両親が離婚してね。でも学生のころにお母さんも病気で亡くなって、おじいちゃんおばあちゃんに迷惑をかけないようにって、東京の国立大学に進学したって聞いたわ」
「才色兼備だったてわけだ。母さんとは大違い」
「お父さんとお母さんが稼いだ金使って海外に留学してる子がなんてこいうの」
 そこをつかれると伸久は二の句を告げられない。押し黙った。
「それに私だって昔は細くて中々いけてたのよ。お父さんに聞いてみなさい。あんたたち四人に栄養分けたらこんなになっちゃったのよ」
「いつもそればっかりいうんだから」
「本当のことだから仕方がないでしょ」
 伸久はどっしり構えた鏡餅のような節子の腹の上にシャツの文字が「Explosion」と書いてあって何だか笑えた。
 節子は勝手に話を戻して続けた。
「眞由美ちゃん、何もいわずにいっちゃったのよね。一言でもいいから何かいってくれたらねえ。ほんと寂しかったわ」
「他のお母さんも誰も繋がってなかったの」
「なかったわ。みんなに聞いてみたけどね」
「おばさんはどうして裕次郎のこと置いていったのかな。そんなことするような人じゃないように思えたんだけど。国立大出てるんだったら、仕事だって始められただろうし、裕次郎一人育てるくらいならできないことじゃないと思うんだけど」
「そこのところは私もわからなかった。眞由美ちゃんがそんなことするはずないって思ったけど、よっぽど追い詰められることがあったのかもしれない」
「追い詰められるって、おじさんの仕事のこと?」
「それか他に何か別にあったのかもしれない」
「他か……」
「眞由美ちゃん、どこでいったい何してるんだろうね。元気でやってるといいけど」
 節子は何もいわず一人息子を置いて出ていった眞由美を真剣に心配する表情を垣間見せ、調理に戻っていった。節子は裕次郎の母親をただの無責任な女性とは思わなかった様子で、裕次郎の母親は信頼されていた女性であったことは間違いないようだ。それだけに周囲の驚きは大きかったに違いない。
 まあ、別に自分には関係ないことか。
 伸久はそれに気づいた途端、その日からそのことについて考えるのをやめた。
 しかし、裕次郎から突然連絡があったのは、それから一週間経った、伸久が携帯を購入した三日後のことだった。
 
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