ディカプリオお味噌味

主に短編の小説を書く決意(ちょっとずつ)
あと映画の感想とかも書いてみる(たまに)

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心の瞳④

2016-12-27 17:36:07 | 小説
 捜査本部が渋谷警察署に設置された翌日、私は犯行現場に来ていた。つまり、百合ちゃんが殺された夫と住んでいる家だ。
 黒い切妻屋根にグレーのタイルで飾られた外壁の外観はモダンで、1階は計3つの洋室があり、2階には30平米近くのリビングキッチンで3階にはロフトと巨大バルコニーといった豪邸だ。1億はくだらないだろう。30の前半でこれだけの家に住むのだから被害者――――つまり、宍戸の婿は相当な稼ぎ手だった。
 しかし、金というものは人間の身も心も食い尽くすことができる魔物だ。殺人事件の多くは痴話と金に起因する。
 1階の洋室はあまり荒らされた形跡はなく、寝室のタンスの中身が少し外に出されていた程度であった。
 家の2階へ上がると、アイランドキッチンのすぐ目の前にダイニングテーブルが置いてあり、部屋の真ん中には絨毯と3人掛けソファーと50インチくらいの液晶テレビが置いてあるほどで、無駄がない空間がつくられていた。しかし、足元には死体が位置していた白線の周辺に夥しいほどの血痕があり、それが事件の凄惨さを物語っている。ここで百合ちゃんのご主人は殺されたということだ。私はその現場を目に焼きつける思いで、視界に映るものすべてに対し神経を注ぎ込んでいた。
 そのとき背後で「治郎さん」と呼ぶ声がして振り向くと、慎之介が分厚いハムのような腹を揺らして頭をポリポリ掻いていた。
「来てたのか」
「治郎さんが来てるって聞いたので」
 慎之介の横には所轄の伊部というえらく頬の痩せこけた男が立っていた。
「伊部ちゃんです、僕のバディ」
「植村だ。よろしく」
 夏だというのに刑事に似つかぬ長い髪を垂らしているその伊部という男は、「伊部浩二です。よろしくお願いします」と小声でいって頭を垂れた。その陰気くささがあの小田金治虫を彷彿とさせ、やや気分が滅入りそうになったが、私はもう一度「よろしく」といった。
 そんな私に構わず、慎之介は「またえらい事件抱えちゃいましたよね」といって遺体現場近くにしゃがみ込み、「まさか宍戸さんの娘さん一家とは……」といって苦虫を噛み潰したような表情で口を窄める。
 第一発見者であり被害者でもある百合ちゃんの証言からここまで把握できている事件の概要は以下だ。
 昨日の午前11時ごろに被害者と百合ちゃんは遅めの朝食を終えた。その後、百合ちゃんは3階のバルコニーに洗濯物を干しにいった。夫はリビングのソファに座ってテレビを観ていたという。
 彼女が夫の悲鳴を聞いたのはちょうど洗濯物を干し終わったときで、慌てて下へ降りると、緑のキャップにマスクをつけ、上は黒の革ジャンで下はジーパンという出で立ちの上背のある男が皮の茶色い手袋をはめた手に凶器のナイフを持って立っていたという。血を流して床に倒れている夫を見た瞬間叫ぶことができなかった百合ちゃんは、叫ぶ前に犯人に左目部分の顔面を強打され、ナイフを顔に突きつけられ、「声を出したら喉を突き刺す」と脅された。その間に男はナイフを持ってきていたバッグにしまい、ガムテープで百合ちゃんの口を封じ、腕、足を縛った。その間に物色し、金目のものを盗って逃走したと考えられる。
 百合ちゃんは犯人が出ていった後、まず口封じに張り付けられたテープを床に何度も擦りつけて端に隙間をつくり、再び床に擦りつけてそれを何とか口が開けられるまで外した。口を解放した百合ちゃんは何度も大声をあげて叫んだらしいが、防音管理がしっかりなされている家から外に音は届くことはなかった。声が外界に届かないこと悟った彼女は手と足のテープの取り外しを試みたが、それはできなかった。
 最後に残された手は電話だった。テーブルの上に置いてあったiPhoneを一度床に落とし、あご先を駆使してパスコードを入力。何とか入力してロックを外すと、電話の箇所を押し、110番を押すのではなく、履歴にあった警官である父親の宍戸に電話をかけたのだ。宍戸は職務中で部下の髙橋伸晃とパトロールをしていたが、宍戸は娘の只ならぬ状況にいる連絡を受け、髙橋に断って百合ちゃんのいる澁谷の家へとタクシーで向かった。そして、凄惨な現場を目の当たりにした宍戸は、傷ついた百合ちゃんを解放し、午後3時55分、警察に通報した。
「どうしてこんなことになっちまったんですかね……」
 慎之介が柄に似合わず沈痛な面持ちでいる。
「宍戸典廸さんといえば、捜査一課では有名な刑事さんですよね」
「あれ、伊部ちゃん知ってるの?」
「はい、聞いたことのある名前だと思っていました」
 伊部という男は見た目よりずっと若いのかもしれない。わざわざそこを訊ねることはしないが、そんな年下とすぐ打ち解けられるのも慎之介のある意味特技の1つである。
「こちらの植村治郎さんはその宍戸さんの同級生なんだぜ。捜査一課では有名な強烈同期だったんだから」
「へえ、そうなんですか」
 そんな紹介をスルーし、私は3階から現場を確認した。バルコニーには2人分相当の衣服類が昨日から干されたままである。
 そしてすぐにまた2階の遺体現場へと戻った。大川卓は腹部と心臓を刺されて死に至っていた。床にばらまかれている血痕がその出血量を物語っているわけだが、刺された後に犯人と争い合った形跡は残っていないため、一撃で命を絶たれたことになる。
 1階に下りると、寝室の小箪笥にしまわれていた宝石類がなくなっていたが、やはりここもそれほど部屋が荒らされたという形跡はない。
 財布の現金なども抜き取られていたところから――――断定するにはまだ早いが――――本事件は強盗殺人の様相を呈している。
 どうやって犯人は侵入したのか。
 百合ちゃんの証言では、おそらく正面玄関からの侵入ではないかとされている。1階の窓はすべて施錠してあった。だが、玄関の鍵がしめられていた保証はないという。なぜなら夫が朝刊をとりに行った際、玄関の鍵をかけ忘れることが過去にあったというからだ。百合ちゃん自身はその日に玄関を出ていないため、施錠の有無は確認できていない。非常に治安がよい高級住宅地域である。誰も予期せぬ事件といっていい。
「何か気になることでもありましたか」
 慎之介が背後からデカい顔をゲームセンターにあるモグラ叩きのそれのように突き出してくる。
 私はかぶりを振って、「いや、わからん」といって慎之介の飛び出た腹をポンポンと叩いた。
「それにしても白昼堂々こんな豪邸に忍び込んで人殺していくとわねえ。とんだ変態野郎がいたもんですよ」
「外に車が置きっぱなしになってることからも不在であったと思うことはまずなかったはずだが」
「マル害にわけありですかね?」
「それを明らかにしてくれ」
「あいあいさー」
 慎之介がさきほど私が叩いたトレードマークのお腹を鳴らすと、その後ろから伊部刑事が歩み寄ってきた。
「それじゃ伊部ちゃん、飯でも食って、我々地取り班は聞き込みにいきますか」
「了解です。でも、中々きれいな現場ですよね」
「伊部ちゃん、こんな血のりを見てよくそんなこといえるね。まあたしかに掃除が行き届いてるよね。我が家とは大違い」
「いや、そういうわけじゃ……」
「治郎さんも飯いきます?」
「いや、俺はいい」
 私たちは現場を後にした。時計の針は午後1時を指している。
 外に出ると、白く燃える太陽が頭上で煌々と輝き、さらに熱を放出している。
 まだまだ暑くなるな。
 すぐに湧き出てくる額の汗を拭いながら、私は自分がやるべきことを考えていた。
 とにかく、宍戸に会いたい。
 老いた友はいまどんな心境にいるのだろうか。どのような表情を浮かべているのだろうか。
 考えるだけで胸が張り裂けそうになったが、私は彼に会わなければならない。
 それがいま係長としてではなく、植村治郎として私がすべきことである。
 
 
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