271828の滑り台Log

271828は自然対数の底に由来。時々ギリシャ・ブラジル♪

角度と勾配

2008-05-31 07:03:00 | 遊具
私の会社で作っている長い滑り台の滑走角度が22.024度という端数の付いた数値なっている理由を聞かれることがあります。このことは2007年3月17日の記事「摩擦係数を測る」でも軽く触れました。しかし最初の滑り台の滑走角度はこの角度ではなくてラウンドナンバーの「20度」でした。この滑り台を設置した担当者が「滑らないから少し上げておいた」という報告、素晴らしい配慮です。これが約22度でした。
最初の滑り台のユニット長はローラー滑り台と同じ2.25mでしたが、重くなるのでユニットの長さを2.0mとすることにしました。私の目的はこの滑り台を地形に合わせてカーブさせることでしたから、滑り台の曲線長をパラメータにとって線形を表現する必要がありました。微分幾何学の発想です。ローラー滑り台の場合は2.25m滑って0.25mとか0.35m落ちることにすると、角度はラウンドナンバーにはなりませんが、施工上は基礎の高さがラウンドナンバーになって便利です。そして「2.0m滑走して0.75m落ちる」これを標準的な滑走角度に設定したのです。滑走角度が22度の場合、高低差は749.213mmという微妙な値になってしまいます。
数式で書くと θ=arcsin(0.75/2.0) となります。

このようにして滑り台屋にとって便利な傾きの測度を見出したのですが、機械屋はもっぱら角度(degree)を使い、建築土木の現場では「勾配」が使われます。機械加工の技術は明治になって海外から導入され、現場の用語にも英語の香りがします。しかし大工の世界では角度ではなくて勾配が使われて来ました。この伝統的な分野には「角度概念が存在しなかった」これが私の推測です。大工さんの最も重要な測定器「さしがね」の使い方を解説した書籍を見るとそう思わざるを得ません。

この本は神保町の明倫館書店で購入しましたが、奥付を見ると初版が1948年12月20日になっています。私の持っているのは第3版22刷(2001/12/25)です。凄いロングセラーです。
さしがねは「曲尺」とも呼ばれます。私のもっている辞書では以下のような説明がありました。

かねじゃく【曲尺・矩尺】
1 大工、木挽(こびき)、杣(そま)、建具師などの木工職人が使う、定規を兼ねた物差し。金属の平板をL型に作り、表の長い方には一尺五寸、短い方に七寸五分の目盛りを刻み、裏は一尺を√2倍した目を盛る。まがりがね。かねざし。かね。大工がね。
2 鯨尺(くじらじゃく)の八寸を一尺とした尺度の物差し。明治七年に定められた原器の長さは約三〇・三センチメートル。また、それを用いた測り方。かねざし。かね。

鯨尺は元は鯨のひげで作られたのでそう呼ばれるのです。曲がるのでそれなりに便利だったのかも知れません。

また裏目が√2倍になっているのは、曲尺が単なる測定器ではなく計算尺も兼ねていたことの証左です。丸太の末口を裏目で測定し、それを表目に移せばその丸太から切り出せる最大の角材の寸法が直ぐに分かるのです。熟練した大工さんはもっと高度な使い方をするのですが、大工幾何学に慣れていない私にはよく理解できません。

さて曲尺における直角三角形の名称は上の図のようになっています。ユークリッドの世界とは三角形の置き方が違いますね。図において直角三角形ABCのAC(かねの手)を勾(こう)と言い、AB(長手)を殳(こ)、斜辺BCを玄(げん)と言います。殳は漢字のつくりで「るまた」で変換出来ます。
そして勾は「立ち上がり」とも呼ばれますので、勾配は「立ち上がりの割合」と解釈することが出来るでしょう。
大工の世界では角度ではなくて正接(tan)が使われているのです。正接関数は知られているようにπ/2(90度)の整数倍で連続とはなりませんから、色々不都合があります。そもそも90度を表すことが出来ないのですが、大工さんは矩(かね)を特別に扱って不都合を感じていないのです。
再び上の図に戻って、∠ABCの正接を「平勾配」と呼び、∠ACBの正接を「返し勾配」と呼びます。∠ABCと∠ACBを足すと直角になる(余角の関係)ので、殳の長さを1、勾の長さをxとすると以下の式が成り立ちます。

arctan(x)+arctan(1/x)=π/2

ところが土木では勾配を建築の用語とは違った使い方をするので混乱したことがあります。土木で言う「法(のり)勾配」です。石垣を積んだりする工事では立ち上がりを基準にしてうわばからの水平距離の比率が勾配と呼ばれるのです。また単位のとり方が異なります。立ち上がりが1尺で水平距離が1尺ならば「1割勾配」で、水平面からの角度は45度になります。5分勾配は水平距離が5寸なので角度は
π/2-arctan(0.5/1)=1.107148718(rad)=63.43494882度
になるのです。この表記法で滑り台の勾配を表すとおよそ「2割5分勾配」になります。

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2 コメント

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Unknown (niwatadumi)
2008-05-31 16:42:16
こんにちは。
木造住宅営業を経験したことがありますが、いまや規矩術用語で覚えているのは屋根の角度を言う「かね勾配」程度。一般の人は家を建てる時くらいしか大工用語に関わらないとすると、「誰の差し金だ」なんて言葉も廃れてゆくのでしょうカネ。
さしがね (271828)
2008-06-01 08:44:33
niwatadumiさん おはよう

木造住宅の営業もされていたとは知りませんでした。
私の工場にもメートル法のさしがねは使われていますが、裏目が√2倍にはなっていません。電卓が普及して計算尺の機能を付ける意義が無くなったのです。
たまにあずまやなど角パイプで作る時にさしがねは活躍しますが、宮大工の腕には及びません。

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