
ゲラーさんの『日本人は知らない「地震予知」の正体』を読み終わって感じた事は読み易さです。アメリカ人の著書なのに訳者はいません。日本語の言い回し、和製英語の使い方まで全く日本人と変わりません。最初から日本語で原稿を書かれたと思うしかないほど日本語の完成度が高いのです。後書きでブリッジ仲間に手を入れて貰ったとありますが、日本人の奥方の躾が厳しいと想像しました。内助の功ですね。私の友人にも最初から良質の日本語で文章が書けるアメリカ人がいますが、彼の奥方は高校の国語の教師でした。
本書の見返しには見出しの画像にあるようにリチャード・P・ファインマンの言葉が引用されています。本文にもファインマンさんがチャレンジャー事故調査に関わった時の逸話があり、ファインマンファンの方に楽しめる内容になっています。ゲラーさんは私の好きな『ご冗談でしょうファインマンさん』に収録されている「カーゴ・カルト・サイエンス」の講演を生で聴いたらしいので、関係者のカルテクに在籍していた期間を調べてみました。
Charles Francis Richter (1900--1985)CIT(1952--1970)
リチャード・P・ファインマン(1918年5月11日 - 1988年2月15日)CIT(1952--1988)
金森 博雄(かなもり ひろお、1936年10月17日 - )CIT(1972--)
ロバート・ゲラー(Robert J. Geller、1952-)CIT(1972--1978)
最初に挙げたCharles Francis Richterは英語ではリクターと発音しますが、ゲラーさんの本ではリヒターと独語風に書かれています。リヒターは地震の強さを定量的表すマグニチュードの概念を定めたことで地震学に大きな足跡を残しました。最初にマグニチュードが計算されたのは1933年のロングビーチ地震(M6.4)でした。ゲラーさんの記述に寄れば、マグニチュードが計算されるきっかけは以下ような事情ありました。
マグニチュードの当初の目的は科学研究における指標というより、むしろマスコミ対策にあった。余震が起こるたびに、リヒター氏は記者から「この余震はどのくらいの大きさでしょう」と尋ねられる──要するに、こういう問いに客観的に答えるためにマグニチュードは考案されたのだ。(32ページ)

しかしこのリヒター式マグニチュードには8.5以上では値が飽和するという欠陥がありました。これを解決したのが金森博雄さんが提唱したモーメントマグニチュードです。上の図は1976年、当時院生だったゲラーさんが金森さんの指導の下に作成したモデルです。クリックすると拡大します。
わが国ではこれまで3千億円もの血税を使って、地震の前兆現象を捉える体制が作られて来ました。結果はどうかと言えば、全くの無駄遣いだと国民は知りました。一方の金森さんの提唱する「リアルタイム地震学」は運転中の新幹線を即座に停止させるという大きな成果を上げることに成功しました。
この地震予知のダメさ加減は私に脚気の歴史を思い起こさせます。日清・日露の戦争において、戦死者を大幅に上回る死者を出したのは脚気でした。当時の主流の医学者達は「脚気菌」を探すことに血眼になりましたが、見つけられず、ビタミンの発見は外国の研究者の成果となったのです。
最後にファインマンさんとゲラーさんに敬意を表して、お二人の生まれ故郷ニューヨークの歌“The Fairytale of New York”を埋め込みます。クリスマスの前だったら良かったのですが、投稿が遅れてしまいました。
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本書の見返しには見出しの画像にあるようにリチャード・P・ファインマンの言葉が引用されています。本文にもファインマンさんがチャレンジャー事故調査に関わった時の逸話があり、ファインマンファンの方に楽しめる内容になっています。ゲラーさんは私の好きな『ご冗談でしょうファインマンさん』に収録されている「カーゴ・カルト・サイエンス」の講演を生で聴いたらしいので、関係者のカルテクに在籍していた期間を調べてみました。
Charles Francis Richter (1900--1985)CIT(1952--1970)
リチャード・P・ファインマン(1918年5月11日 - 1988年2月15日)CIT(1952--1988)
金森 博雄(かなもり ひろお、1936年10月17日 - )CIT(1972--)
ロバート・ゲラー(Robert J. Geller、1952-)CIT(1972--1978)
最初に挙げたCharles Francis Richterは英語ではリクターと発音しますが、ゲラーさんの本ではリヒターと独語風に書かれています。リヒターは地震の強さを定量的表すマグニチュードの概念を定めたことで地震学に大きな足跡を残しました。最初にマグニチュードが計算されたのは1933年のロングビーチ地震(M6.4)でした。ゲラーさんの記述に寄れば、マグニチュードが計算されるきっかけは以下ような事情ありました。
マグニチュードの当初の目的は科学研究における指標というより、むしろマスコミ対策にあった。余震が起こるたびに、リヒター氏は記者から「この余震はどのくらいの大きさでしょう」と尋ねられる──要するに、こういう問いに客観的に答えるためにマグニチュードは考案されたのだ。(32ページ)

しかしこのリヒター式マグニチュードには8.5以上では値が飽和するという欠陥がありました。これを解決したのが金森博雄さんが提唱したモーメントマグニチュードです。上の図は1976年、当時院生だったゲラーさんが金森さんの指導の下に作成したモデルです。クリックすると拡大します。
わが国ではこれまで3千億円もの血税を使って、地震の前兆現象を捉える体制が作られて来ました。結果はどうかと言えば、全くの無駄遣いだと国民は知りました。一方の金森さんの提唱する「リアルタイム地震学」は運転中の新幹線を即座に停止させるという大きな成果を上げることに成功しました。
この地震予知のダメさ加減は私に脚気の歴史を思い起こさせます。日清・日露の戦争において、戦死者を大幅に上回る死者を出したのは脚気でした。当時の主流の医学者達は「脚気菌」を探すことに血眼になりましたが、見つけられず、ビタミンの発見は外国の研究者の成果となったのです。
最後にファインマンさんとゲラーさんに敬意を表して、お二人の生まれ故郷ニューヨークの歌“The Fairytale of New York”を埋め込みます。クリスマスの前だったら良かったのですが、投稿が遅れてしまいました。
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