Catnap Room of にゃんこ

心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつけてます♪

なんとなくウォーキング

2017-02-12 15:59:02 | 雑記

昨年の繁忙期にうすうす感じていたことが、今年は確信に変わった。


「居住物件の過剰供給による影響」

簡単に言えば、新築のマンションやアパートが過剰ともいうべきスピードで建てられ続けているため、築古物件の空室率が上がっている・・・ということですな。

幸い、ウチはまだ退居が少ないため、「空室率」 自体はさほど上がってはいないのだが、今後退居率が増えてくると、状況が悪化する恐れも十分ある。

いずれにしても、昨年同様 「繁忙期感」 が薄く、夜中まで残業することは、今年もなさそうだ。 

嬉しい反面、そろそろ会社自体の方向性を考え直す時期が来ているのかも知れませんな。

・・・・・などと、偉そうなことを言っておりますが、私は由緒正しいヒラ社員です (爆笑)

 

まぁそんな時間的にはちょっと余裕な (笑) 繁忙期ではあるけれど、忙しいことには変わりない。

また、相変わらず二転三転する職制に、若干ストレスも感じている。

パーッと旅行に行く時間はないけれど、ちょっとリフレッシュしてみたい気持ちもあるわけだ。


さて。

会社から車で10分足らずの場所に、「関東の富士見百景」 なる場所がある。

その存在を知った昨年末、さっそく富士山を見に・・・・・行ったのだが、富士山は簡単にその姿を見せてくれず (笑)

その後、ちょっとより道しては、「あー、今日も見えなかったなー」 を繰り返すこと数回。

それでも、何度か通ううちに、晴れた日のキラキラ輝く広大な海と、遠くに見える幕張新都心のビル群とのコントラストも気に入って、時間のある休日の午前中などに、たびたびウォーキングに出掛ける、癒しスポットとなっておりました。


  

 

緑地公園の無料駐車場から、埠頭の突端にある富士山絶景ポイント (ここに富士見百景の石碑がある) まで、片道約2キロ。

車の走らない海沿いの舗装道路は、ランニングしている人、サイクリングしている人、そして私のようにウォーキングしている人がたくさん。 

あ、お弁当食べてる人や、堤防に腰かけて海を見つめるカップルもいたりします (笑)

 

生活圏内を歩いていても、それは単なる移動でワクワク感はあるはずもないが、景色の綺麗な場所や、自分の知らない場所を歩くのはとっても気持ちいい。

何度か通って、やっと富士山を見ることができた時は、なんだか大自然からご褒美を頂いた感じで、とっても嬉しかったわ。


 

 

そういえば、先日は 「谷津干潟」 の周回コースもウォーキングしてきました。

ここは1周3.8キロ。 

私の場合、今のところ4~5キロが、手軽に歩けていい感じ。

ここのコースも、信号や交差点がなく、もちろん車も通りませんので、歩いていてとっても気持ちいい。


 

 

周囲の干潟は、1960年代にどんどん埋め立てられましたが、ここは、当時大蔵省の所有であったことから、埋め立てを免れたとのこと。

現在は、ラムサール条約登録地と国指定鳥獣保護区に指定されているため、今後も大規模な開発は免れるんじゃないのかな・・・と思っておりますが、さて。


 

 

走るのは無理だけど、冬から春にかけてのウォーキングはいいねー。

なんか、気鬱が晴れるっていうか (笑)

これからは、面白そうなウォーキングイベントも、探してみようかな。


【おまけ】 ・・・・・・書いてて思ったんだけど、なんで私 「水っぽいところ」 が好きなんだろ??

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パワースポット

2017-01-04 13:40:45 | おでかけ

2017年も、すでに1月4日となりました。

本日は、年始休暇の最終日。 

ああ、明日からまた怒涛の日常が戻ってくるのか・・・・。

 

さて。

今年の初詣は、パワースポットとも言われている、増上寺へ行って参りました。

・・・・・というより、昨年ハマった 「真田丸紀行」 の続編で、徳川将軍家の墓参に行きたかったというのが、本音だったり (笑)

家康公の墓は、本人の遺言により、久能山東照宮に葬られ、その後日光東照宮に勧請されたと伝えられております。

久能山へは数年前にお参り し、日光にも何度か行っておりますが、このブログを始めてからは、日光東照宮まで行ってないんだよなぁ。 また行かなくちゃね/笑)

そこで、真田丸で星野源さんが演じていた、徳川2代将軍・秀忠公 (台徳院) の墓参を思い立ったわけです。

(現在は通期で徳川将軍家墓所拝観ができます。)

ここは、徳川15代将軍のうち、6人が祀られている、徳川家の菩提寺ともいえる場所ですよね。

ちなみに、もう一つの菩提寺ともいうべく上野寛永寺にも6人が葬られております。

 

御成門駅から地上にでると、そこは 「箱根駅伝」 のルートのため、翌日からの交通規制横断幕がはってありました。

うーん、駅伝も生で見たかったなぁ、2日にすべきだったかなぁ (笑)


 

 

もちろん、初詣なので、本堂への参拝が最初なんですが、参道では日光猿軍団の猿が竹馬の披露中だったり、美味しそうな出店がたくさん並んでいたりで、誘惑多し。


 

増上寺の境内は現在でも十分広いのですが、戦前 (戦火で焼かれる前) は、寺の南北にある2つのプリンスホテル全体を占めた広大な敷地に陵墓が点在していたわけです。

それが戦争の被害を受けたのち、昭和33年に鋳抜門 (もともとは6代将軍・家宣公の宝塔前の唐門) の後ろの一角にまとめて改葬されたとのこと。


 


寛永寺に葬られている将軍家のお墓は当時のままなのに・・・と思ってしまいますが、それも含めて日本の歴史というべきことなのでしょう。

秀忠公のお墓は、霊廟もある立派な墓所でしたが、太平洋戦争の戦火で焼かれ、現在残っているのは総門のみ。

木造だった宝塔も失ったため、改葬後は、御台所の崇源院 (江) のお墓に合祀されているとのこと。



もともと 「かかあ天下」 のご夫妻だったようですが、お墓も居候とは (泣)

なーんか、当時は見向きもしなかった大河ドラマ 「江」 もみたくなったな (笑)

 

時は飛んで幕末14代将軍・家茂公の宝塔の隣には、菊のご紋がついた、和宮様(静寛院)の宝塔が寄り添うように建っています。 合掌。


 


パワースポット、ということであれば、増上寺から歩いていける場所に、 「愛宕神社」 がありますので、こちらにも足を延ばします。

 

寛永11年春、3代将軍・家光がこの愛宕神社下を通りかかった際に、満開の梅を目にされ、 「誰か、馬にてあの梅を取って参れ」 と家臣に命じられたとのことですが、この愛宕山の石段は急こう配でしかも長い。


 


これを馬で駆け上がるなどというのは無理だと、家臣たちは一様に躊躇していたところ、四国丸亀藩の家臣・間垣平九郎が馬にて石段を上り下りし、家光公に梅を献上したそうです。

その後、平九郎は、家光公より 「日本一の馬術の名人」 とたたえられ、その名は全国にとどろいたと伝えられております。

(ちなみに、近年これを再現した人が、実際にいたそうです。 驚き!)

ここは、勝海舟と西郷隆盛が江戸の街を眺めながら、江戸無血開城を誓った場所、ともいわれておりますね。


86段の急こう配な石段は、 「出世の石段」 と呼ばれ、大変なご利益とパワーが授かる階段と言われておりますが、現在は近くにエレベーターもあるし、傾斜の緩やかな 「女坂」 もあります。

 

本殿にお参り後、旅行にご利益があると言われる 「太郎坊社」 へもお参り。


 


今年もたくさん旅行ができますように (笑)

 

帰りは 「出世の石段」 を下りないほうがいいようですよ。

桜田門外の変で、井伊直弼を襲撃した士たちの集合場所がここ愛宕神社で、彼らはこの急な階段を下りて襲撃に向かったようですが、志こそ遂げたものの、出世はしていませんから。


 

ちなみに私、エレベーターで昇り、出世の石段を下りて参りました。

いいのいいの、もう出世しなくても (爆笑)

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2017 春を迎える

2017-01-01 00:01:24 | ご挨拶

2017年、明けましておめでとうございます。

    本年も宜しくお願い申し奉り候。 


昨年でやめようと思ったのに (笑)、真田丸にはまったおかげで、また遊んでしまいました。

石田三成 in 大坂城。 

歳三の家紋 (三つ巴) がみえるところはご愛敬。


今年も何かにハマれる、充実した一年になりますように!

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Can't Stop !!

2016-12-30 08:57:57 | 雑記

いよいよ今年 Last の記事となりました。

・・・・・って、12月に入って初めての記事が Last の記事って、ブロガー (笑) としてどうよ。

 

さて。

12月28日に、納まりきらない仕事を無理やり納めて、なんとか冬季休業にはいりました。 

改めて今年1年を振り返ると・・・・・どうみても真田 year だったわ (爆笑)

 

行った場所は 「城」 だらけ。

小田原城、上田城、松代城、春日山城、大阪城、姫路城。

こんなにたくさん城をめぐった年はかつてなかっただろうな (笑)


 

   

   


そして1年間、ある種の感慨を持ちながら動静を見守り続けた SMAP は、いよいよ明日で静かにその活動の幕を閉じることになりました。

組織に所属するということは、その組織の存続を根底におきつつ、自分の将来を模索していかなければなりません。

そのバランスを崩すことは、組織にとっても自分にとっても良い影響を与えないであろうことが、彼らを通じて考えさせられた1年でもあったわけです。

 

来年がどんな年になるのか、もちろん私にはわからないけれど、また新しい 「何か」 を求め、 「何か」 を感じることができる、新しい1年を迎えたいと思います。

 

年間、更新もまばらな拙ブログをご覧いただきまして、ありがとうございました。

来年もよろしくお願い申し上げます。

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白鷺城登城

2016-11-27 14:36:16 | 旅行

11月の関東に53年ぶりの降雪、観測史上初の積雪があった24日、東京都心の気温は終日2~3度だったそうですが、その日の朝、私は気温13度の場所におりました (笑)

帰宅は24日の夜でしたが、1日のうちに10度の気温差を体験し、改めて日本は広いということを実感した次第です。

 

さて。

11/23は勤労感謝の日。

相変わらず、誰も感謝してくれないので、自分で自分に感謝しつつ、勝手にご褒美を頂こうと・・・・って、最近自分にご褒美が多すぎですな (爆)

それはヨコに置いといて、23日の早朝、私は新幹線で姫路を目指しました。

目指すは、国宝・姫路城。

・・・・・と、自分の趣味で、亀山本徳寺 (笑)

 

姫路城の天守閣は、白鷺が舞い立つようにみえるといわれたことから、別名・白鷺城と呼ばれています。

博多から東京へ向かう新幹線の中からも、ビルの谷間に一瞬見える姫路城は、平成5年に世界文化遺産にも登録され、いつか訪れたいと思っていたお城なのですが、平成21年から5年にわたって 「平成の大改修」 に突入。

昨年工事が終わったのちは、ネットなどで 「白すぎ城」 と言われて話題になり、その真っ白な城に、私はますます興味を持つことになったのでした。

黒田官兵衛や、豊臣秀吉、千姫ゆかりの城としても知られており、今年 「真田丸」 にはまった私としては、そのおかげで一層興味深く見ることができたというおまけつきでございます (笑)

 

姫路駅に降り立つと、大手町通りの正面に、そびえたつ姫路城が見え、否が応でも気持ちが高揚してくるわけですが、実はわたくし、姫路城に直行しておりません (笑)

姫路城を横目に、まずは山陽電鉄に乗り換えて、「亀山本徳寺」 へ向かったわけですな。

 

わかる人にはわかりますが、ここは新選組の史跡でございまして (笑)

「姫路に史跡? 京都じゃないの?」 と思われる方も多いと思いますが、この大徳寺の本堂は、新選組が1865年から1867年まで京都西本願寺で屯所として使っていた 「北集会所」 を、明治6年 (1873年) に移築したものなのです。


 


明治元年 (1868年) に火災で焼失した本徳寺本堂を再建する際に、新選組が使っていた 「北集会所」 の解体木材を姫路へ移送し、そのままの木材を使って再建築したので、やんちゃな新選組が戯れにつけた刀傷も柱に残っておりまして (笑) ← これが見たかった。


   


近年いろいろな撮影 (新選組!、軍師官兵衛、本能寺ホテル等) にも使用されたそうですが、それにしても、城郭伽藍寺院としても楽しめる本徳寺は、広くて立派な堂宇なので、姫路城見学とともにお勧めですよ!

 

午後はゆっくり姫路城へ。


 


亀山を後にし、舞い戻った姫路でちょうどお昼。

名物の蒸し穴子がふっくら柔らかい、お寿司屋さん 「鮨 久右衛門」 でランチタイムののち、姫路城へ向かうわけですが、さすが祭日の姫路城は大混雑でございました。

改修工事を経てもなお、築城時と変わらぬ姿が残される、細くて急な階段は、これぞ 「城」 という感じで、なんだか嬉しい反面、たくさんの見学者を一度に大天守へ上げるには危険も伴うので、入場制限は致し方なしでしょう。

外からみた姫路城は、それはそれは白くて (笑) なんだか城の重厚さが薄れた印象だけど、城内はいいねぇ。


   


博物館や資料館に見立てた展示物はなく、狭間や石落とし、武具かけや石打棚、大柱などの築城時の姿を、多少の補強のみで次世代に繋ごうとしている姿が、むしろシンプルで圧巻だった。

 

この日の宿は、姫路ではなく神戸。

神戸での宿泊は、多分3度目だと思うが、前回2004年9月に使った 「ホテルピエナ神戸」 の印象がよかったので、再度ここに宿泊を決める。

何が魅力かといえば、朝ごはんね (笑)

旅行口コミサイトの 「トリップアドバイザー」 が、「朝食の美味しいホテル第一位」 に4年連続で選んだというのも納得の美味しさと、種類の豊富さ。

朝から食べきれないほどデザートの種類があるホテルなど、見たことないわ (笑)

そんなお気に入りの場所で、ゆっくりモーニングタイムを満喫後、神戸のベイエリアへと繰り出していく。


 

 

生田神社でお参りしてから、メリケンパーク、元町のアーケード街散策、南京町でランチ。

 

  見てくださいよ、この青空。

  ・・・・・・ちなみにこの時間、関東は雪ですよ! (爆)

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可愛いルンバ

2016-11-20 12:31:03 | 生活

はい、毎年恒例、自分へのプレゼント企画の時期がやってまいりました。

・・・・・こんな甘ったれた企画ができるのも、勤労報酬がいただける間だけと心に命じつつ (笑)

 

ところで私、整理整頓はそこそこ好きなのだが、掃除はキライである。

具体的にいうならば、収納とか断捨離とかお片付けは好きなのだが、雑巾がけとか掃除機掛けが嫌いで、モノの出しっぱなしは気になるくせに、ほこりが舞っていてもあまり気にならないということである。

いや、もちろん気にならないわけではないのだが、本当に 「これはマズイ」 と思うまで掃除機を持ち出すことを後回しにするタイプだということである。 (週に一度、掃除機をかければイイ方/笑)

 

さて。

今年のプレゼント、皆さまはうすうす気づいているとは思いますが (笑)、平成20年頃に、会社からもらった中古掃除機 (大宇製、2003年型) の買い替えにございます。

そもそも中古でもらったので、その前に何年働いていたのか不明であるが、10年は経過していることであろう。

そしてこいつの働き具合がそろそろヤバイ。

もっとも、ほこりが山積みになって、さすがの私が 「そろそろヤバイ」 と思ってから掃除機を取り出す日々だったので、負荷もさぞかしかかっていたことであろうが。

そこで、 2年前、自分へのプレゼント候補 に挙がっていた 「こいつ」 が、再浮上する・・・・。

はい、お掃除ロボット・ルンバ登場~ (笑)


 

 

実は候補としては他にもあったんですよ。

平成6年購入の冷蔵庫の買い替えとか。

が、こいつは22年経過しているにも関わらず、今のところ特に問題なく働いている。

もっとも冷蔵庫は、プレゼント云々というより生活必需品なので、いきなりオチても納得して買い替えができるように、予算計上は毎年行っているのだが。

 

さてこのルンバ、掃除できる範囲には当然限度があるのだが、一番威力を発揮してくれているのが、ベッドの下である。 



もう、ここの掃除のためだけに買っても満足できるぐらいに、ストレスがなくなった。

 

段差がほとんどないマンションなので、家じゅう走り回って掃除してくれることも嬉しいし、週に2~3回、掃除指令をかけるだけで、目立つほこりがなくなることも嬉しい。

おかげで、常に 「掃除しなければいけない」 という強迫観念から開放され、このストレスも解消。

料理や洗濯等、他のことをしながら、同時に掃除をすすめてくれるし、外出中でも文句言わずに働いてくれるルンバは、頼もしい相棒というか、可愛いペットというか(笑)

 

ルンバはお高いイメージがあるので、事前リサーチは相当行いましたよ。

まぁ最初でもあるし、あまり高機能なものは不要なので、シンプルなものを。

Tポイントが使えるサイトから、低価格エントリーモデル、税込36,500円の 「ルンバ622」 に的をしぼる。

まずはTポイントから1,500円分を使って35,000円。

買物の付与ポイントは、通常の365ポイント+5倍の会員ポイント、そして11/11 (いい買い物の日キャンペーン) に買い物をすると、プラス11倍のポイント付与。

つまりは、16倍の5,840ポイントが還元されるわけで、実質的に 29,160円で購入したことになる。

・・・・・・・って、こういうことにケチくさく頭使う前に、体使って掃除しろよ。

 

今、隅々まで掃除してもらうため、ルンバがより多く入り込める隙間を作成しつつ、彼 (?) が働きやすい環境づくりをしている私である。

ルンバが掃除しやすい環境は、イコール片附いた部屋っていうことだしね (笑)

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おのおの、抜かりなく!

2016-10-10 16:37:59 | 旅行

思えば今年は 「真田丸」 にはまった一年だった。

亡き父の口伝で 「真田幸村」 の名前は聞いていたものの、戦国時代に興味もなかった私は、「ふーん」 と聞き流していたくせに、いざ自分が興味を持つとこのざまだ。

これは、「新選組」 にはまった時と同じ経過をたどっているのが、いかにも私らしいところではあるが。

 

さて。

夏に信州の真田紀行を敢行した私は、大阪にも行きたくてしょうがない。

大阪の地図を見ながら、思いのほか狭い地域で真田幸村の大阪紀行ができることは分かっているのだ。

そんなこんなで日々を過ごしていた私の前に、その 「きっかけ」 が降ってきたのは、わずか5日ほど前のことである。

ネットでその発表を目にしたのは、たしか 10/6 の夜だったはずだ。


「 “草刈昌幸” と大阪城で 「真田丸」 大型PV開催 … 赤服で集合命令」


うわー、行きてぇ (笑)

っていっても、開催日の 10/9 までは3日しかない。

しかも3連休のど真ん中で、初日は友人とすでに約束があるので動かせない。

無理だよな~、大阪だし・・・ と思いつつも、HPで情報を探っていたら、同日 「ゆかりの地を巡る真田丸ウォーク」 も開催されることを知る。

天王寺公園を出発し、幸村ゆかりの地を巡りながら大阪城を目指す約8キロのコース。

体育の日も近いし、歩くことは大好きな私、心の中では、これはもう行くしかないイベントに代わっていた (笑)

 

行くと決断すれば、旅程を練るのは楽しい仕事だ。

自宅を6時前に出れば、9時に新大阪到着。

大阪市営地下鉄御堂筋線に乗り換えて、出発地点である天王寺公園を目指す。

フリーウォークなので、9:30 から始まる受付さえ済ませれば、時間構成は自分次第。

帰宅は、パブリックビューイングを見てから新大阪に戻り、21時前の新幹線に乗れば日帰りも可能だ。

 

当日、最寄りの駅を6時前に出発。

睡眠はもちろん新幹線の中だ。

受付前に 「あべのハルカス」 の展望台へ上って大阪の地を眺め、戦略をたてつつ、コーヒーブレイクも忘れない。


 


足元には、大阪の陣で徳川・真田がそれぞれ陣を張った茶臼山がみえ、遠くには目指す大阪城が小さく見える。

 

ここから8キロのコースを、6か所のチェックポイントを通過して大阪城へ向かうわけだ。

天王寺公園内の 「てんしば」 で受付を済ませ、公園内を最初のチェックポイント、茶臼山に向かって歩いていると、こんなイベントが目に入った。

「真田幸村の兜折り紙コーナー」


 


もちろん、折り紙好きなんで(笑)準備運動替わりに折ってみましたよ。 

 

茶臼山。

大阪冬の陣では徳川家康が、夏の陣では真田幸村が本陣を構えた場所である。


 

ここが最初のチェックポイント。

 

安居神社。

幸村が最期を迎えたといわれる場所。


 


敗色が濃くなる豊臣軍にあって、幸村は赤備えの兵を率いて徳川本陣へ突撃する。

家康が死を覚悟するほど追い詰めるものの、ぎりぎりで取り逃がしてしまい、力尽きた幸村がこの地で徳川方の兵に討ち取られたと伝えられている場所だ。

 

三光神社、心眼寺、真田丸顕彰碑。

この一帯が、冬の陣の激戦地 「真田丸」 の跡地と伝わる場所である。



三光神社境内には、大阪城につながっていると伝えられる 「真田の抜け穴」 や、幸村の像が建つ。


 


神社のそばにあるテニスコート脇には、今年真田丸の顕彰碑も立てられ、その向かいにある心眼寺にも、石碑が立っている。


 

 

大阪城。

はぁぁぁぁ。やっと着いた~。 


 


キロを3時間ほどかけて、歩いてまいりました。

西の丸公園でラストのスタンプをいただいたら、真田丸の赤いポンチョをいただきましたよ~。


 


これ、パブリックビューイング鑑賞時の寒さ避けにいいかも。

歩き切ったご褒美に (笑) ソフトクリームをたべてから、天守閣へ。

 

そういえば、大阪城は 「新選組」 の史跡でもあるわけですよ。

江戸時代の始まりと、江戸時代の終わり。

豊臣政権の終わりと、徳川政権の終わり。

・・・・・どちらも斜陽の人々に心を動かされるのはなぜだろうか。

 

17時、大阪城西の丸公園で、スペシャルステージが始まる。


 


パブリックビューイングに先立ち、草刈正雄さんがトークに臨む。 

18時からの「真田丸・第40話・幸村」 は、草刈さんの 「それではおのおの、抜かりなく!」 の掛け声とともに始まった。

5,500人の赤い大観衆が、ライトアップされた大阪城を間近に見ながら、大型モニターに映る 「早丸」 を見るというスペシャル感 (笑)

ちなみに、真田幸村が九度山を出て大阪城に入城したのは、10月9日だったということだ。

なるほどー、やるなーN〇K。

上映後は、高木渉さん、大野泰広さん、迫田孝也さんの真田家老ズ (笑) のトークイベント。

本編の余韻をかき消すような (笑)、お笑いトークに大爆笑。

 

いやー、疲れたけど面白かったー。

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弁当女子 その2

2016-10-02 10:14:58 | 雑記

あっという間に10月になってしまいました。

すっかり夜が長くなり、徐々に涼しくもなってきましたので、寝るには気持ちの良い季節でございます。

 

私はといえば、8月末から9月の台風襲来 (管理物件で雨漏が8件・・・・) と、職制が変わったことによる(またかよ・・・・) 仕事上でのバタバタにより、9月の更新ができませんでした。

・・・・・・はい、もちろんイイワケです (爆)

ああ、隠居したい。

 

そんなある日の出来事。

朝、ぼーっと弁当を詰めた後、ふたを開けたまま熱気を逃がし、出勤時間の約10分前に、ふたを閉めようとして気が付きました。

ふたに弁当を詰めていたことを・・・・・・。 ぎゃぁぁっ。 (実は二度目/爆)


 


慌てて皿に移しながら詰替えたのですが、かぶせのふたの方が、当然量が多いのよね。

まぁ気にせずぎうぎうと詰替えましたが。

 

さて。

そんな弁当生活にちょっとした変化が。


宝くじの日お楽しみ抽選(敗者復活戦)に当たりましてね。 (実は二度目/笑)

どうせ当たるなら、5億にしてほしいと思うんだが、それはそれ。

前回はたまたまとっておいた10枚のはずれくじのうち、1枚が当たっていたのだが、それ以後、はずれくじ (年間50~60枚ぐらいになる) はすべてとっておき、9/2 のくじの日に敗者復活を試みていたんです。

2匹目のドジョウなど、そんなにニョロニョロいないと思い始めていた今年、4年目にして再度の当たり! (笑)

・・・・・っつーか、宝くじはすでにウン10年買い続けてるんだから、いい加減に大当たりしてくれないかなー。


 

 

前回は、米2kgを頂いたのですが、今回は、「マイクロウェーブヒートライト」 を頂きます。

何それ? とお思いの方に解説するならば、「魚も焼ける電子レンジ調理器」 だそうです。

その品物が、昨日届きましたので、さっそく冷凍庫に寝ていた塩鮭を焼いてみましたよ。

500wで2分半。


   

 

あははははは! ちゃーんと焼けてるわー。

ちなみに焼魚だけではなく、肉や野菜、おやつ系にいたるまで、油を使わずにいろいろなものが作れるようです。

 

今まで、弁当に焼き魚を持っていくのは結構大変だったんだけど、これで時間短縮の魚弁当ライフが充実するぞー。

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真田&上杉紀行 その3

2016-08-18 02:20:01 | 旅行

上越へ向かう前に、ちょっと寄り道して、「戸隠」 を攻略していきたいと思います (笑)

 

長野から戸隠へ抜けるには、「戸隠バードライン」 が便利だったはずなのですが、昭和60年に起こった地附山の地滑りで一部が廃道になったまま。

そのため、現在の最短ルートは、通称・七曲り (連続するヘアピンカーブに加え、16%の急こう配) を通るルートになるのですが、実は、ナビに導かれるままに進んだため、そんなこととはつゆ知らず。


  ← 画像はお借りしてまいりました。


ナビにヘビのような道路地図が表示され、「七曲り」 の看板を目の前にしたときは、少々ビビりましたが、帰宅後に調べたら、実は心霊スポットでもあったらしい (怖) 

まぁ、知らなくてOKだったかもしれん (笑)

 

どきどきしながら七曲りを通過した後は、戸隠バードラインの快適なドライビングロードになるのですが、戸隠神社周辺は渋滞中。

本当は、パワースポットである戸隠神社へも寄りたかったんだけど。

神話でも有名ですよね? 

天の岩屋に天照大神が隠れないように、岩戸を放り投げたら、着地地点が戸隠だった、って話。(大雑把すぎ)

かように人気がある場所は、駐車場へ入るにも長蛇の列だったので、今回は残念ながら素通りしました。 

だけど 「戸隠」 は攻略したよ (笑)

 

15時過ぎに信濃町ICから上信越自動車道に乗り、30分足らずで上越高田IC到着。

宿に行くにはまだ早いので、そのまま春日山城跡へ向かいます。

週間後の8/20から 「第91回謙信公祭」 を控えた街道は、幟旗がいっぱい。


  

 

今年7月の大雨で、春日山城跡の一部が崩落してしまいました。

現在、春日山神社から千貫門・直江屋敷を経由して本丸へ上ることはできますが、二の丸・三の丸は今も立ち入り禁止です。


 


それでも、天守跡まで上って、頚城平野を謙信公気分で眺めたいとも思ったのですが、この時、新潟県内に 「雷注意報」 が出ていたので、謙信公像からの山登りは安全のためにやめ (笑)、コシヒカリアイスを食べてから、この日の宿に撤収いたしました。


 

 

最終日の15日 (月) は、中央自動車道経由で帰りたいと思います。

目的は、安曇野、松本、塩尻・木曽、諏訪の国盗り攻略。(馬鹿)


上越ICから自宅最寄りのICまで、あちこちのSA、PAで休憩をとりつつも、一度も高速を降りることなく帰ってきましたとさ (笑)


 

昨年の青春18きっぷと大差ないー (爆笑)

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真田&上杉紀行 その2

2016-08-17 21:45:04 | 旅行

14日 (日)、ホテルの大浴場でひとっ風呂浴びてから、朝食バイキング。

優雅な朝を過ごしちゃったので、出発も遅れ気味だが、世の中的にはまだ早い部類の8時頃、本日最初の目的地 「善光寺」 に到着。


 

 

仁王門から仲見世を経て、山門へ。

急な階段を上がって山門の上から仲見世方面を望む。


 


「信濃の国」 で歌われる 「四方に聳ゆる山々」 を実感できる絶景が広がる様は壮観でさえある。

 

この後は、信濃川を渡って 「飯山」 攻略後 (笑)、絶対行きたかった 「八幡原史跡公園」 へと向かう。 

ピンとこない方に解説するならば、ここは 「川中島古戦場跡」 でございます。

 

長野県を運転していると、あちこちで信濃川と犀川を渡るんですが、その度に 「信濃の国」 のフレーズが頭の中で再生される自分に苦笑する。

「北に犀川、千曲川  南に木曽川、天竜川」

まぁ、木曽川と天竜川はお目にかからなかったけど、それだけ長野県が広いってことでもありますよね。

 

さて、5度にわたる武田信玄と上杉謙信の戦の中で、最も激しい戦の舞台となったのがここ、八幡原。

武田軍の本陣に攻め入った謙信の太刀を、信玄が軍配で受け止めたとされるエピソードが有名ですよね。


 


この戦いでは、武田の別動隊として、真田幸隆が出陣しているのだが、一説にはこの戦いで幸隆の三男・真田昌幸が初陣を飾ったともいわれている。

ちなみに、この 「信玄・謙信両雄一騎討ちの像」 は、昭和44年の大河ドラマ 「天と地と」 の放映を記念して建てられたものですが、やっぱりカッコいいっす。

 

ここまで来たならば次の目的地は当然 「海津城 (松代城)」


   


八幡原の戦いの際に、武田信玄は本拠地である海津城から出撃しております。

一方で、この海津城は大阪の陣以降、上田藩から移封された真田信之が、松代藩主として所領を得、その後、松代城と名を変えて、明治の版籍奉還まで10代にわたって続いた居城でもあるからです。

 

松代城から徒歩で数分のところには、「真田邸」 もあります。


   


ここは真田藩9代藩主の真田幸教によって建てられた私邸ですが、土蔵から庭園まで残る御殿建築の広い御屋敷が、まるごと公開されております。

広い広い畳敷きの御屋敷は、古き良き時代を思い起こさせますなぁ。

ああ、田舎のばあちゃんちも、こんな畳ばっかりの家だったよなぁ・・・・・などと (笑)


   

 

昭和41年、当時の松代町に移譲されるまで使われていたこの 「真田邸」 は、同時に譲られた真田家の家宝が展示されている 「真田宝物館」 や、松代藩の藩校である 「文武学校」 とともに、見どころ満載でございました。

 

さて、お昼は小布施の栗で有名な 「竹風堂」 で、「山里定食」 を頂きます。


  


メインの栗ご飯や、むかごのクルミ和え等、信州の味がふんだんに使われており、素朴かつ美味しかった!

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