ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・病気・芸能・スポーツ・政治・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年、「僕とパニック障害の20年戦争」出版。

昭和の清原・平成の藤井 天才新人たちへ

2017-06-22 21:18:57 | Weblog
30年以上前、清原選手がホームランを打つごとに、一般紙が一面で取り上げました。それと同じように今まさに、藤井君が勝利を重ねるたびに、一般紙が一面で取り上げます。この2人は天才新人の代表格といって間違いはないと思われます。

清原選手の場合、最初はプロのスピードについていけず、本格的に打ち出したのはオールスター後でした。最終的な成績は、3割4厘31本塁打。勿論、いまでも高卒選手としての最高本塁打記録です。

そればかりか、この年、西武ライオンズはパリーグを制し、日本一に輝くのですが、清原選手は最終的に、その日本一チームの四番打者の座を獲得しました。投手では、数年に1人、一軍で好成績を挙げることもあるのですが、野手ではおそらく今後、清原さんのような選手は現れない可能性が高いです。

清原さんが2年目以降、一流の成績は残すものの伸び悩んだ理由の一つに、モチベーションの低下があります。こないだ引退を発表した宮里藍選手も「モチベーションの低下」を引退の理由に挙げていましたね。

ルーキーの時の清原さんには、明確なモチベーションがありました。巨人、そして王監督を見返す。桑田には負けたくない。こうした強烈な思いが、彼にバットを振らせたのでしょう。その気持ちが2年目以降、持続しませんでした。

王貞治の868本塁打を超える男といわれた清原さんは200号までは、王さんを上回るペースで打ちましたが、生涯成績では525本で歴代5位、王さんには遠く及びませんでした。普通なら、本塁打500本台は、大変な記録と称えられるところですが、高校時代、新人時代の清原さんの強烈な記憶を刻んでいる野球ファンには、物足りなく感じられたのかもしれません。

そして野球のみならず、人生のバランスまで崩し、薬物に手を染めてしまいました。清原さんの弱さを感じると共に、鮮烈なデビューの記憶に苦しんだ野球人生でした。

そして藤井君。28連勝。凄すぎる。これがどこまで伸びるか分かりませんが、この記録もなかなか破られる記録ではありません。藤井君さえ、2度と破ることは出来ない可能性が高いと思われます。世間が「物足りない」と彼を叱咤する時期が来るかもしれません。しかし彼はいわゆる将棋バカではありません。受け応えなどから見ても、非常にクレバーで、強い精神力も感じます。やがて試練に晒されても、乗り切るだけのものは持っていると思われます。

藤井君にはこれからの長い将棋生活、今の謙虚な姿勢を崩さず、頂点に立ってほしい。そして清原さんも精一杯の人生を。
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