なぜ空は青い?

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憲法の改憲に賛成!!

2017年04月03日 21時31分49秒 | Weblog
憲法は目標であり、ゴールであり、方向性を示すものであり、国家や社会がそのようになっていないからと言って、その理想を取り下げるべき筋のものではありません。

もし仮に日本から平和憲法と呼ばれている9条を削除してしまったら、目標がなくなり、ゴールが無くなり、方向性を見失います。そのような意味で憲法から戦争放棄の条項を取り除こうとする改憲には反対します。しかし日本の方向性や目標をはっきりさせるという意味で、自由と公正と平和など求めるという条項を前文に入れるという話であるならば、ぜひ改憲してもらいたいものだと思います。

人も国家も前に向かって進むべきで、後ろに向かうべきではありません。過去の亡霊のような教育勅語や天皇の神格化などを持ち出して、それを国家の目標にするというのは民主主義をいくらかでも体験したものにとっては噴飯ものでしかありません。個人の権限を抑えて、社会や国家のためにという古い亡霊のような思想が政治家の間に蔓延しているように見えますが、それは国民一人一人の幸福をまるで考えていない時代遅れの考え方で、少しでも個人の尊厳であるとか、人の価値について思いを致したことがあるものにとっては、唾棄すべき考えであります。

戦後の教育を受けたものは自分の人生を振り返るまでもなく自分の命や人生はかけがえのないもので、昔の書物にあるように、「人の命は全世界の富をあつめたものよりも尊い」という言葉に100%賛同しますし、納得できるとおもいます。社会が円滑に進もうが、国家が効率よく政治家や官僚の思い通りに動かせたとしても、自分の自由や尊厳が損なわれているならば、そのようなシステムは意味がありません。自由とはおそらく哲学の世界の議論が必要なのだろうと思いますが、ここで言えることは誰でも気ままにしたいことを行うということを意味しておりません。自分の自由をもとめるものは人の自由も認めるべきだとだけ申し上げておきます。

ともあれ、教育勅語を学ばせたり、学校で君が代を強制的に謳わせるのは個人の心情や思想や尊厳を著しく損なっています。つまり国民の自由を認めていない姿勢といってよいとおもいます。日本国憲法に基本的人権が認められているにも関わらず、国家や政府が国民を管理しやすくするという目的で全体主義的な手法で国民から自由を奪っていますが、自由を奪うことは国民から良心や道徳心や正義を奪ってしまいます。なぜそうなるかは長い話になりますが、今ここでは自由を奪われると、責任を免除されるからだとのみ述べておきたいとおもいます。

国民から自由を奪うことは正義を奪うことなのだということを感じていただければ幸いです。そして何よりも実は日本国民からその幸福を奪うということになるのですが、どうしてそうなるかはやはり長くなります。ただ人はなにかぼんやり望んでいたものが手に入った時に楽しいと感じるには違いないのですが、生きがいとでも呼べるものは自分で将来を計画し、艱難を乗り越えて達成して初めて歓喜を味わい、そのような挑戦ができることを知り、永続的に歓喜を自分の人生に見出すものだと述べておきます。つまり政府から何かを与えられるだけでは真の満足は得られません。はっきり言えば政府や国家の関与が個人に知らぬ間に及んでいるという社会にすべきではありません。それはイスラム国がテロにより周りの住民を脅かしている姿と本質は変わりないからです。

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