私のタイムトラベル

ある家の物語・白鷺家の人々
― 道理を破る法あれど法を破る道理なし ―

得体の知れない不吉なかたまり

2016年12月24日 | 1. 同居の始まり-母の日記より-

☆☆☆☆年 8月31日

梶井基次郎のいう得体の知れない不吉なかたまりが、わたしを締めつけていた。

敵意ある人生が四方八方から、攻め寄せてくる。増えた年齢の数だけの重たさで。

本当に日々というものが、過ぎてしまえば、二度と再びかえってこないということを、

似たような日々はもう、そののちの人生の中には、用意されていないのだということを、

そんなあたりまえを、いま、やっと私は納得しています。

 

                         丸善の棚に澄むはレモン 企みてその前を去り 微笑みて それを見ず・・・ 

                  さて、わたしはわたしの檸檬をどこに置こうか?

 
 
 
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