私のタイムトラベル

ある家の物語・白鷺家の人々
― 道理を破る法あれど法を破る道理なし ―

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祖母・松子さんの異変(2)

2017年07月30日 | 2. 闘争編

翌 8月27日、朝9時、竹子伯母が母屋から電話をかけてきた。                    

“母の様子がおかしい、私一人では判断が出来ない。来てくれ” とのことだった。


いそいで両親が駆けつけると、祖母・松子さんが床に足を投げ出して座っていた。

左半身がおかしい。姿勢が左へと傾く。手足の指はしっかり動きはするが、起居、歩行、ともに不自由だ。

この日、痛風の治療のために病院に行く予定があった父は勤めを休んで家にいた。 

「おれが病院に連れて行くから、用意ができたら電話してくれ」と 父は竹子伯母にそう言った。

両親は母屋からいったん引き揚げて、竹子伯母からの連絡を家で待った。


10時前になって電話がかかってきた。 

竹子伯母が言うには、保険証が見つからないので、今日は一日探すことにして、病院は明日行きますとのことだった。

 母:   「いつもの場所においてありませんか? たしか診察券と一緒に入れてあるはずですけど」

 竹子伯母:「それがないのよ」

 

母は “ 緊急の場合は保険証がなくても見てもらえるのでは?” と受診を勧めたが、竹子伯母は

「今日は、やめます」「明日は倖雄さん(竹子伯母の旦那)がいるから 倖雄さんに付いて行ってもらいます」

と断定的な強い調子で言った。

 そしてやがて、竹子伯母は我が家の玄関先にメモをほり込んで出かけて行った。

メモには “ 区役所で代人でも介護保険証を再発行してくれるとの事、行ってきます。

(出て来たらいいのですけれど・・・)夜には昨日より早く帰ってきます p:m3.45 ” とあった。

 

こんな場合、保険証がなくとも、普通すぐに病院に行くだろう。 

それにしても竹子伯母のこの行動はどう考えてもおかしい・・・ 

もっとも、押し切られた形で竹子伯母に同調してしまった両親も同罪だ。


母が松子さんの様子を見に行くとき、仕事から帰っていたわたしも同行した。7時過ぎだった。

部屋の中が暗い。 カーテンは開いたままだ。                 

そして 暗い中で電気もつけずに松子さんは、窓の前で後ろ向きに立っていた。      

「どうしはったんですか?」 母はあわてて 電気をつけた。

「さっきから窓 閉めよと思うねけど、これどうすんのかわからへん」 と窓のレバーをさわっている。  

「私が閉めますから・・」と母は言った。その時、私たちは気付いた。

松子さんの足が自由に動かない。呂律も回りにくい。


窓のすぐそばにあるこたつの上に松子さんを支えてなんとか座らせ、母も一緒に座った。

 「ユキさん、きれいな指したはるねぇ・・・・」

松子さんは母の手を持って指をなんどもなんども撫で、両手で握ったままそう繰り返した。 

松子さんが母の手をなでている・・・

それは静かな時間が流れ出しているようなそんな不思議な光景だった。

 

私は母屋から引き揚げ、母は竹子伯母が戻ってくるのを待った。

やがて、竹子伯母が戻ってきた。明日は両親共に用事があって病院には行けない。

母は明日の病院行きを竹子伯母に頼んだ。

 

追記:「出てきたらいいのだけど」 と竹子伯母が言っていた保険証は、他の診察券と一緒に松子さんの部屋の

   茶箪笥の引き出しのいつもの場所に、 いつも通りきちんとおさめられていた。 

   それは “ わたしは最初からここに居たとばかりに、わが存在を主張しているかのようだった。

 

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