私のタイムトラベル

ある家の物語・白鷺家の人々
― 道理を破る法あれど法を破る道理なし ―

ワタシハ コノイエヲ デタイ!

2016年12月31日 | 1. 同居の始まり-母の日記より-

〇×△□年 

白鷺ユキ、43歳。 大学もやめて、塾もやめて、いま全くの専業主婦。 そして宅配おばさんをやっている。

少し前に離婚された夫の同僚のお宅にお惣菜を届けに行くのだ。 我が家と同年代の子供たちの”美味しい!” という言葉を聞くために。

 

我が家の歴史はまた塗り替えられて、いっときだって同じであることがない。

昨日も今日もまるで似通っていて、区別がつかなかった日には、思いもつかなかったこの変化。

日々とは私にとって決して変わらない<永遠の退屈>だった。

さみしいわが青春の風景は、しかしなんとやわらかな感傷の倖せに充ちていたことだろう。

そして今、これより先の日々を想いながら、その先の日々の中で、おそらくこんな今をも懐かしんでいるであろう自分を知る。

 

いま、私の精神は悲鳴を上げている。私の精神は自由になれない。おしこめられた私の自由。

とっても、わたし、がまんしている。 この家で。

水の泡のように私もこの家から消えてしまいたい。何故私はこの家に溶け込めないのだろう。

この家の明るく健全で賢明な疑いのない生活は私を苦しめる。 私を窒息させる。

私は、いつも塩をかけ続けられているナメクジみたいなものだ。 義母から、義姉から、義妹から、あらゆる白鷺家の人々から。

 

 “かみさま どうか 私に一日の平安をお与えください・・・。もし与えてくださったら、その次は2日目の平安を。

その次には3日目の・・・” 

私はなんて欲深なんでしょう。 まるであの沼に沈んでいく傲慢な少女のように、欲深な木こりのように、

おとぎ話にでてくる性質の悪い兄さんや姉さんのように、私も欲深です。  けれど・・・・

 

  ワタシハ コノイエヲ デタイ! ワタシハ コノイエヲ デタイ!!



私はナシの木町に来ることが本当に死んでしまいたいくらい嫌だったのである。

しかし、あの人は決めてしまった。母親と。私不在のところで。 

すべてはあとの祭りである。 

  

人生への熱い情熱は人一倍持ちながら、自分の道を見出すことが出来ず、さりとて立派な主婦にもなれず、私はもうすぐ44歳になる。

 

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