私のタイムトラベル

ある家の物語・白鷺家の人々
― 道理を破る法あれど法を破る道理なし ―

不吉な訪問者

2017年04月20日 | マリンの独り言

ナシの木町への引っ越しが母をかなり憂鬱にさせていたのは確かだ。

しかしそんな母の思いをよそに、私はこれからナシの木町で始まる新しい生活をとても楽しみにしていた。

団地とは違う広い庭がある新しい家!弟とは別々の自分の部屋がある家!ここなら犬だって猫だって飼える!! 

私の胸はわくわくした。

 

そんな引越しを控えたある日、母は運送会社に引っ越しの見積もりを頼んだ。

やって来たオジサンは、見積もりを終え台所で椅子に腰を掛けカバンの中から手帳を取り出した。

「えーと、引っ越しは3月30日ですね・・・」といいながら手帳を見ていたが

今度は“あっ”と小さく叫んで慌てて手帳をカバンにしまった。

母「どうされたんですか?」

おじさん「いや・・・べつに」

再度、母「なんですか」

おじさん「奥さんは明るいから気にされないと思うんですが・・・。この日は仏滅です・・・」

 

ナシの木町に家を建設中、母方の祖父の死を皮切りに、父方祖父、親しくしていた大工さんの棟梁のお母さんの死、

そして親戚二人の自死があった。わずか4カ月ほどの間に5回も葬儀があった。

 

のちにこの運送会社のオジサンのことをモーツアルトにレクイエムを依頼しに来た黒マントを羽織った男と重なった、

と当時の得体の知れない不吉な思いを母は話している。

 

私たち家族は、しかし、気持ちにある種の引っ掛かりを感じつつも、

そして母の友達の「やめたほうがいい」という忠告も流し、最初の予定通りにナシの木町へと引っ越したのである。

 

1986年3月30日の日曜日、それは仏滅の日のことだった。

                     

                           

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