「未来を平和に」日々徒然♪

ブログ賛否両論だと思いますが、まずはヨロシクです♪(ブログは団体とは関係ない個人私感です)

6月28日(火)のつぶやき

2016-06-29 05:56:51 | みんな自由に生きる権利を

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ほたると自然と子どもたち☆

2016-06-28 23:38:53 | 雑談あれこれ~♪
綾瀬市内にある公園に、子どもたちとホタルを見に行ってきました。

真っ暗な中に点滅するホタルの光に感動でした!

ほたるを大切に保存するために、きれいな環境を作っている労力が垣間見えました。

さて次男くん、ほたるを見るのは生まれて初めて。

「見える見える〜」

帰宅後、「もっと見たかったなぁ〜」と、いい思い出になったようです☆

「成虫は水しか飲まない」とガイドの方に教えてもらったことに衝撃受けた長男くんは、帰宅後パンフレットを繰り返し読み返していました。

私も、神奈川県にきてほたるを見たのは今日が初めて!

故郷四国の風景を懐かしく思い出しました。

また来年も見に行きたいなぁ
ヾ(@⌒ー⌒@)ノ





駐車場に向かう前に一枚パシャり☆

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命がけで貫く「戦争反対」ー故 菅原文太さんの叫び

2016-06-28 21:54:05 | みんな自由に生きる権利を
大橋巨泉さんだけでなく、永眠された菅原文太さんも、「戦争反対」を命ある限り訴えつづけました。



⚫️2014年 沖縄うまんちゅ 1万人大集会
スピーチ全文

こんにちは。
沖縄は、何度来ても気持ちがいいね。
あの、カートに乗って楽をさせてもらったけど、80過ぎたんで、さっきの2人みたいに走れないよ。
30年前ならあの倍くらいのスピードで走ったけどね。
今日は自分から立候補して、ピッチャー交代、知事交代、ということで押し掛けてきました。

ロでない私が言うんだから、あてになるのかならないのか分かりませんけど、
政治の役割はふたつあります。

一つは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。

もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと!

私は小学校の頃、軍国少年でした。
小学校、なんでゲートルを巻いて、戦闘帽をかぶって竹槍を持たされたのか?
今振り返ると本当に、笑止千万です。
もう二度とああいう経験は子どもたちに、子どもたちだけじゃない、
大学生も、雨のなかを、大勢の将来大事な大学生が戦地へ運ばれて、半数が帰ってこなかった。

今の政府と、本土の政府ですよ。
仲井真知事は、まさに戦争が起こること、起きること、戦争をすることを前提に沖縄を考えていた。
前知事は今、最も危険な政権と手を結んだ。
沖縄の人々を裏切り、公約を反故にして、辺野古を売り渡した。

ー:そうだ!

古い映画だけど、「仁義なき戦い」に、その流れでいうと、
仁義なき戦いの裏切り者の山守、覚えていらっしゃらない方もいるかな?

ー:覚えてるよー!

覚えてるかーっ!
映画の最後で、「山守さん、弾はまだ残っとるがよ。一発残っとるがよ」というセリフをぶつけた。
 
その伝でいくと、
「仲井真さん、弾はまだ一発残っとるがよ」
と、ぶつけてやりたい

沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家のものではありません。
そこに住んでいる人たちのものです。
辺野古もしかり。
勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ。

まあそうは言っても、アメリカにも、良心厚い人々はいます。
中国にもいる。
韓国にもいる。
その良心ある人々は、国が違えど同じ人間だ。
みな、手を結び合おうよ。

翁長さんはきっと、そのことを、実行してくれると信じてる。

ー:●を守るぞ!

おぉ!
今日来てるみなさんも、そのことを、肝に銘じて実行してください。
それができない人は、沖縄から、日本から、去ってもらおう!


⚫️2014年6月12日 東京・日比谷野外音楽堂
「6.12 戦争をさせない全国署名提出集会」での菅原文太さんのスピーチ全文



こんばんは。(どよめきと拍手)
こういうところで、しゃべる柄じゃあないけど、まあ、頼まれたんで。(笑)
「戦争反対」に反対するいわれはないので出てきました。(拍手)

1週間雨続きで、10人ぐらいしか集まらないんじゃなかと思っていた。(笑)
この会が始まったら、急に青空になってね。(拍手)気持ちがいいですね。
こんな青空を見ていると、この先に本当に「戦争」なんてあるんだろうかと、さっきからそう思っていたんですけど。あるのかもしれない。

あの、「戦争」というのはね。まあ色々政治家含めて言っているけど、言ってみれば「暴力」です。(「そうだ」という声と拍手)
暴力映画をしきりに撮ってきた私が言うのもなんだけど(笑)、あれは架空の話で、皆さんに楽しんでもらう以外の意図は何にもありませんでした。

ここへ来て急に「戦争」の声が色々飛び交うようになって、ついこの間まで、割と皆さん普通に暮らしてきたのが、皆さんは今どんな風にね、そのことを思われているんでしょうかね。
私も「戦争」とか、それから、これも急にそういう声が出始めてきた「反原発」。そういう中で、なんか私のような柄の者が珍しいことをお話をする種は何もないんですけど、戦争中の身近な話をして終わろうと思ってます。

私は昭和8年生まれですから、戦争が始まったのは小学校の2年生の時。
そして、始まった次の年に親父が40過ぎで戦争に持って行かれました。帰ってきたのは6年後の、戦後、戦争が終わった23年だったか。寄宿舎に突然尋ねて来て、私も親父も、何もしゃべらないで、親父は「それじゃあなあ」って言って帰って行った。

うちの親父が5人兄弟で、男が。長男、親父の兄貴ですね、長男も、そのちょっと前に持って行かれた。続いて親父。そして、次の叔父は、肺病だったんで戦争には行かずに済んだけれども、割と早くに亡くなってしまった。三男・・・あ、ちょっと間違えたな。(笑)親父の次の三男が、やっぱり、あの赤紙で、戦地へ向かってそれきり帰ってきません。フィリピンから1通の手紙が届いたっきり。その後どこに転じて行ったのか、どこで死んだのか、餓死だったのか、弾に当たって死んだのか、それも不明です。全くいまだに髪の毛一本戻って来ない。

長男は帰ってきたけど、生涯マラリアに苦しめられて死にました。うちの親父も帰ってきて、まあその後の暮らしは、まあ言ってみれば生涯棒に振ったというようなことで終わってます。

「戦争」は良くないですね。(「そうだ」の声)
「戦争」は絶対にやめなきゃ駄目です。(大きな拍手)

もし、もし始まったら、皆さん、命をかけましょう!(拍手)
私は、もう80だから惜しくない。
と言ってね、「命をかけましょう」たって、1人で走って行ってぶつかったって、あんまり意味がない。
そんなことより、皆さん、一緒に「戦争反対」の気持ちを、今日、そして明日、明後日で終わらずに。これから皆さん、子供も孫もおられるでしょう、ね。皆さん一緒に闘い続けましょう。(拍手)

おしまいにします。(拍手)



繰り返し、何度きいても胸に深く重く響きます。


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大橋巨泉さん、「今週の遺言」最終章での叫び

2016-06-28 21:31:38 | みんな自由に生きる権利を
闘病中の大橋巨泉さんが、週刊現代で連載していたコラム、「今週の遺言」休載になった最後のコラムの中身は胸をうちます。

ー下記に一部抜粋しました。



「書きたい事や言いたい事は山ほどあるのだが、許して下さい。しかしこのままでは死んでも死にきれないので、最後の遺言として一つだけは書いておきたい。」
(引用元:週刊現代 2016年7月9日号)


「安倍晋三の野望は恐ろしいものです。選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい。7月の参院選挙、野党に投票して下さい。最後のお願いです。」
(引用元:週刊現代 2016年7月9日号)




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6月27日(月)のつぶやき

2016-06-28 06:04:41 | みんな自由に生きる権利を

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