散歩者goo  (自選ブログ集参照)

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昨日記160911日(貧困と活動範囲 JARFO 京都近美・アンフォルメル)

2016年09月18日 14時51分21秒 | 日記 (昨日記・最近の話を含む)
曇時々晴  最高/最低℃ =33.0  22.9
又も1週間遅れの昨日記を書くことになった。
昨日記を書くだけの時間は十分あったし、昼寝も十分とった。
言い訳になるが、昼寝やTVを見たりと無駄時間を浪費したために、日々物理的に食事関連の家事等で忙しい毎日を過ごすことになったし、昨日記や会計処理といったルーチン作業の積み残しが精神的負担となり、寝のは12時から1時と遅かった。
そうした、ある意味怠惰な生活の中でも、自分で決めた日課即ちジムで体の能力を維持すること及びお茶を飲みながらの読書は、意識して実行するよう努力した。(ともすれば、さぼりたくなる意識は常にある。)

さて11日は、京都に出かけた。

ところでこの話の前提としての余談になるのだが、常に頭の片隅にあるのは、経済問題と物理的活動範囲の問題である。
貧困層の私は、気軽に京都や奈良へ行ったり(交通費だけで千円以上必要である。)、入場料が1500円以上するような催しものに参加するには、慎重な判断が必要であり、余剰資金の残高と参加する催し物の必要性が判断基準となるである。
余剰資金といえば、生活保護の人ですら、預金は30万円まで(伝聞なので正確ではありません)と聞くが、約8―9年前の自己破産以降余剰資金は30万円まで届いたことはない。
それどころか、最悪4-万円台の時もあり、年金が入るまでの期間ジムに行かなかったり食料品を節約したこともあったが、3度の食事を減らしたり飢えることはなかった。
(たまに行う断食は、経済的理由ではなく、単に断食によって体の機能に刺激を与え、体に自然に備わっている様々な諸機能を刺激し、活性化することで健康を維持しようとするものです。)

今も余剰資金は5万円から20万円台の間を、行き来し多少改善傾向にあるが、病気や怪我や冷蔵庫や電子レンジやPCが使用不能になれば、余剰資金どころではなくなり、生活保護に頼らねばならなくなる。
経験的に千円、2千円の消費を気にせずに気を許すと、たちまち余剰資金が大きく下がり、限界ラインの6万円台に近づくようだ。
余剰資金が6万円台は、ちょっとした病気や事故や異変ですぐに支出してしまい、食費や家賃や光熱・通信費の支払いに影響するレベルである。

最近の余剰資金減少の裏には、最近食料品が高騰し出費が増大していて、更に春ごろに歯科治療その他の出費が重なったことが大きく影響している。
こうして余剰資金が減ったために、最近数か月出費を切り詰めたところ、その成果が少し出て、差し迫って生活に影響する問題ではなくなり、月に数回郊外に出かけたり、有料の催し物に出かけたりする程度であれば問題ない状態に近づいたが、油断できないと思っている。(生活は、全く問題ない。)
しかも、この貧しい経済的均衡は自炊を前提として成立しているので、生活時間の中で必然的に調理食事関連時間と余剰資金の関係性は大きく、収入は生活保護前後(以下?)の年金のみに依存しているため、外食により時間を金で買うことは不可能でもある。
(40代までは、経済的にかなり余裕があり、外食にもよく行き、今から振り返れば、時間とサービスや快適さをお金で買っていたことになる。)
だが、さしあたりの問題として、ガラ携の更新期限が来たので迷っているが、ガラ携やスマホの選択次第で余剰資金が大きく減り、行動パターンにも影響を与えかねないので、慎重に検討中だ。

さて、以上京都行の話に付随した余談が長くなったが、私が大阪市以外の場所や有料の催し物へ出かけるのにどれだけ慎重になっているか、の説明でもある。

この日は昼食を早い目に終えて京阪電車で出町柳に行った。
以前現代美術講座でよく通った、JARFOが移転したというので、新しく移転した場所に出かけた。
前日にオープニングパーティーがあったのだが行けなかったので、この日に出かけることになった。
河原町通りの東側・京都府立医科大学付属病院の北側で、河原町今出川と府立医大病院の中間ぐらいにある。
名前もJARFO京都画廊に変わっていた。
展覧会は、名品展の形で所蔵品を含め展示されていた。
画廊オーナーや担当の方と、しばらくお話しし画廊を後にした。

その後バスで岡崎に行き、国立近代美術館に行った。
京阪電車で三条に戻った方がよかったようだ。
美術館では、アンフォルメルの展覧会だった。
資料として、図録は欲しかったがそんな余裕はないし、アンフォルメルノ作品群を見れただけでも良しとせねばなるまい。
アンフォルメルと具体の関係性ももっと知りたかったし、アンフォルメルの定義や範囲や傾向にも興味があった。
今回のキューレーションの中には、具象系・形のあるものも含まれており、いろいろ疑問があった。
そもそも区分というのは、人間がその価値観に基づいて分類していくもので、科学や哲学のように厳密ではないし、他の要素が含まれることがほとんどであり、芸術は様々な要素から影響を受けている。
図録を見ながらそうしたことへの考察もしたかったが、作品の実物を見ることが出来ただけでもよかっと思っている。
ただ、その記憶も長くは続かないので、本当は図録と実物を持ちながら、作品の実物と比較し、作品の記憶を定着させることが必要だろうと思っている。

近美の帰り、三条東山まで歩き、よく行くMacでアイスコーヒーを飲みながら本を読んだ。
その後、かなり疲れた足で三条京阪まで歩き、京阪電車に乗り込んだ。

帰宅したのは7時半を過ぎていたが、駆り立てられるようにジムに行った。
軽くランニングして、足の疲労を回復させようとしたのだ。
20分余り走ったが、意外と快調に走ることが出来た。

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