神話でなかった古事記

日本の歴史を知るために、いろいろ考えてきました。古事記に残されていることから、思いついた事を書いてみようと思います。

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神話にすぎない日本書紀(2)

2016-10-29 12:21:08 | 古事記
 日本書紀の神代の、しかも本文は四分の一に過ぎない。これは日本古典文学大系
から抜粋させていただいた。末尾の日本書紀は本文しかも全文である。これと古事記
とを比較しながら読まれれば面白い。結論として共通の記述は皆無である。
 〔このページの後ろに、日本書紀の神代上と神代下の全文が掲載されています。〕
 
 古事記は天武天皇が極秘で命令して編集を命じた書物である。この時すでに後の
藤原朝臣大島が作成した帝紀と本辞があった。これが正実と違い、虚偽を多く加えて
あった
のが古事記の書かれた理由である。

 この古事記が藤原一味に没収された。そしてこれを参考にして、時の独裁者藤原
不比等が日本書紀を編集した。もともと天皇と藤原は対立関係にある。これさえ分
れば、古代史の謎は解ける。藤原は中国呉の出身であり、倭人と天皇は越からの渡来
民族である。呉と越の対立がわが国内でも展開されていた。

 日本書紀は後の藤原朝臣大島が書いた帝紀と本辞に。更に没収した古事記を
「一書に曰く」に追加して、藤原不比等が完成させた。そして「一書に曰く」で
古事記を否定したのだ。

古事記の序文に於いて、天皇が云われた部分を書いた部分を下に記します。


於是天皇詔之「朕聞、諸家之所賷帝紀及本辭、既違正實、多加虛僞。當今之時不改其失、
未經幾年其旨欲滅。斯乃、邦家之經緯、王化之鴻基焉。故惟、撰錄帝紀、討覈舊辭
、削僞定實、欲流後葉。」
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