神話でなかった古事記

日本の歴史を知るために、いろいろ考えてきました。古事記に残されていることから、思いついた事を書いてみようと思います。

中国偏向の日本書紀 (4)

2016-10-12 08:10:23 | 古事記
日本書紀で10代崇神天皇紀の9月9日に「大彦命を北陸に遣す。タケヌナカワワケを東海に遣す。吉備津彦を西道に遣す。
丹波道主命を丹波に遣す」とだけ書かれ、賊を平げで10月1日には帰還したと書かれている。
 東大の黒坂博士は日本書紀の記述には正確に日付が入れてあったので、国史の基本にした。そしてわたし達戦前の者は
、これを四道に将軍を派遣したとして教えられた。
 古代に僅か22日で賊を平げ、しかもそろって同日に帰還することが、果たして可能だろうか。更にこの場合には日本
書紀独特の「一書に曰く」すら見当たなかった。
 吉備津彦は日本書紀にしか登場しない人物で7代孝霊天皇の王子である。孝霊天皇のあとには孝元、開化、崇神と続い
ていて、夫々の天皇の在位が書かれている。吉備津彦は崇神天皇の60年に出雲征伐に出かけている。従ってこの時には
230才位に達しており、四道に派遣された時は180才位である。吉備津彦は古事記の大吉備津彦や若建吉備津彦と誤認さ
せるための架空の人物だった。

第19話 壬申の乱は日唐戦争  56ページより、転載



私からの一言---ややこしいですね。ゆっくりと、確かめてください。


ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 中国偏向の日本書紀 (3) | トップ | 中国偏向の日本書紀 (5) »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。