メランコリア

メランコリアの国にようこそ。
ここにあるのはわたしの心象スケッチです。

初の歌舞伎鑑賞@国立劇場(1990.11.14)

2016-10-14 13:28:41 | アート&イベント
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7時 信じられないほど眠い
20分くらい横たわっていたが「しょーがない諦めるか」とやっとこさ起き上がる

(交通機関で苦労した話が延々とつづく

劇場の正門で友だちと合流。やっぱりAちゃんはいない
待ってみたけど、一応、電話かけたら熱が出て休むとのことだった
連絡とれてホッとしたけど、突然寝込んじゃって可哀相


12時 開演
途中、何度も休憩があったからコーラ飲むは、サンドイッチも、お菓子もたいらげて
アイスクリーム(モナカしかなかった)を食べたが、まだお腹はペコペコだった


【内容抜粋メモ】

を狩るシーンから始まる

明復興のために、なんとか隣国の王の力を借りようと頼み込むという話だが、主題は親子、継母と娘もので、
いつの時代も、どの国でも、親子のテーマには涙がそそられるものだなあと観た

全員、男性が演じてるんだよなあ、というところも関心が集まった
切腹シーンもあり、大掛かりなセットがせり上がってくるところも見もので、
思っていたよりも退屈せずに面白く観させていただいた



同時上映とでも言える、もう1つの演目は、信州戸隠の山中で鬼に化かされる将軍の話
ここでは様々な舞いが堪能出来た

一応、絶世の美女という設定の、赤い豪華絢爛な衣装をまとった姫が
獅子のような悪鬼に一変するシーンは、
その動きや声音もまったく変わってしまうのでビックリした

酒も入って、舞いを観ながらつい眠ってしまう将軍と家来
2人を起こしてあげようとする山の神
歌舞伎としては軽快な踊りも観ていて楽しかった

ピーヒャラピーヒャラ パッパパラパ~ と突然、まる子ちゃんの歌まで取り混ぜて
なんとか現代の人々にも共鳴してもらおうとしている思いがひしひしと感じられた
「歌舞伎」の重苦しかったイメージも、身近な芸術なのだという意識に少し変わった気がする


歌舞伎の中のたくさんの約束事の1つに、最後の結末まで演じない、というのを初めて知ったが
実際、前者は、隣国の王と、もう一人が力を合わせて明を取り戻そうと決意したところで終わり、
後者は、鬼女が松にのぼって、無敵の刀から逃れるところでそれぞれ幕となっている

理由は知らないが、一応はめでたし、めでたしの結末であろうことを暗に伝えて
後はご想像にお任せするというのは洒落ている


16:10 終演
外には東京駅行きのバスが停めてあるという気の遣いよう
どのみち座れなかったけれども

今日は暑かった
まんざら人の波やヒーターのせいでもなかったようで、平年より10度近くも高い場所もあったよう


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