文楽ゆめうつつ

文楽を観て、映画を観て、本を読んで、日本画を習ってと、そんな和好みな毎日です。

煮える京都

2010年08月17日 23時20分35秒 | 文楽観劇
 京都国立博物館で「上田 秋成」展があって、熱気で重い空気を掻き分け行ってきました。どうしても観たかったんです。神のタイミングです。

 「摂州合邦」のCD買う
   ↓
 「俊徳丸」に思う
   ↓
 積読してあった 兵頭 裕己著「琵琶法師ー異界を語る人々」読む
   ↓
 「耳なし芳一」を探すが子供向けしかない
   ↓
 「怪談」を購入
   ↓
 「雨月物語」

 展覧会自体は、古文書を読むスキルがないと難しいと思いますが
売店でいろんな「雨月物語」「春雨物語」や研究本や専門書を置いてくれていたので
何冊か買い込み、フラフラになりながら帰宅しました。
 シャワー直行です。

 買った本の中に勉誠出版の「水滸伝の衝撃」というのがあって(水滸伝大好きなんです。
国芳の画集が欲しい・・・が高い)
 パラパラとみていると、あぁーーそうだそうじゃないか「夏祭浪速鑑」の団七達は、この
水滸伝に綺羅星のごとく登場する武侠達の血脈が、遠い国に転生したかのように表れた末裔達の一人だとか思って、胸いっぱになったりしていました。

 一丈青扈三娘の背中の一丈の龍は、お辰が自らつけた顔のやけどだ、とか連想して
楽しかったです。
 
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3ヶ月ぶりです

2010年08月17日 23時05分46秒 | 文楽観劇
 文楽から遠ざかっていたとかではなく、むしろどっぷりと浸っていました。
夏休み文楽特別公演は、1部「雪狐々姿湖」こそ一度きりでしたが
2部、3部は通しで3回みたので、かなり長時間劇場にいました。

 追加で3部をもう一度みました。
「寺子屋」はやっぱり名作だし、「日本振袖始」文楽に新作が求められているとしたら
これじゃん!とかじゃんになって興奮しました。3Dがなんぼのもんじゃい、この究極の
ローテクの作る世界を見よ、って一人で個人広報になって口角泡とばしていました。

 岩長姫が毒酒で酔っていく様にじんわりカワイソさがにじみ出ているのなんて、勘十郎さんの凄さがすごかったです。

 いやーーー、三業堪能しました。
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夏休み文楽特別公演 

2010年05月30日 15時14分41秒 | 文楽観劇
 あぁ、もう夏休み文楽の予定を立ててチケットを買わなきゃいけない。
もう!この間「妹背山」見たとこな気がするのに。

 薔薇は終わるし紫陽花は咲き始めるし、ストーブいるし扇風機いるし、分けがわかんない。
 
 絵の教室の作品展もあるし。
 時間がない!!

「雪狐姿湖」をどうしようかなぁ?
いわゆる「新作」は今までよかった憶えがないんですが、有吉 佐和子だしなぁ。
 狐がいっぱいでてくるらしいし。

 悩みます。
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アイ ラブ 雪姫

2010年05月22日 22時28分49秒 | 文楽観劇
 国立劇場 文楽5月公演
 
 チケットは買ってあったのですが、行こうかどうしようか迷っていたら友人が展覧会に誘ってくれたので、重い腰を上げて出発しました。
 新幹線はいいなぁ。お弁当食べて、ばく睡。

「祇園祭礼信仰記」
 私が文楽が大好きになったきっかっけの作品です。
 雪姫が勘十郎さんで「爪先鼠」が津駒さん&寛治さんでやっぱり行ってよかった。
雪姫が縛られ、状況が切迫している中での科白「この縄解いて欲しいなぁ」が
何かつい微笑んでしまうようなおっとりさで、大好き。
 そして桜の花びらが鼠に変わり縄を噛み切る、あの鼠の可愛らしさたまりません。
あの鼠見たさに東京まで行ったも同然。
 雪舟の涙の鼠から雪姫の桜鼠、倶利伽羅丸、滝に浮かぶ龍の姿(この金の龍が滝にペタっと出現するのも好き)、伝奇風の味付けで好みど真ん中です。
 日本画の天然絵の具に桜鼠という床しい色がありますが、まぁこんな色は出せません。

 金閣寺の大せりを見た時は、バレエの「くるみわり人形」のクリスマスツリーのセリ上がりと同じ発想手法が取り入れられていて、これまたびっくりでした。
 慶寿院を竹の枝のしなりでビローーーンと飛ばして、逃がしてしまうのもおもしろスペクタクルで、いよいよエンディング感が高まってきてエワクワクします。

 口あき文七の松永 大膳もいい敵役で憎めない奴。

 この浄瑠璃は、私が耳に残せる節がなくて主に眼福です。
 
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妹背山 大判事清澄2

2010年04月25日 22時43分23秒 | 文楽観劇
 今回の公演を観る前に武智鉄二「伝統演劇の発想」という本を拾い読みしていたのですが、その中に故武智監督が「妹背山」の大判事の科白「早かつし定高殿」について
これは絶対に「早かっし」と言わねばならないという論を熱意と執念で論じているのを読んで、まぁこれ程の博学と研究と熟考を持って観劇に挑んでいたのかと、呆れるような恐ろしいような気持ちを抱きました。
 「早かっし」と「参るところも1つンなれど」に代表される「染太夫風」というスタイル、型、は表現に必然性があるのだから守らねばいけない、という事です。(たぶん)
 「型」に関する考察も続きますが。省略します。(疲れました。)

昭和42年初版とありますが、その中で当時の大歌舞伎俳優達がこき下ろされているのもびっくりです。

 住太夫さんの「早かっし」「1つンなれど」に耳をピンと立てていましたが、まぎれもなくそう語っていらしたので、これが240年近く途切れず、今発せられたこの瞬間まで受け継がれてきたのかと思うと「ありがたいなぁ」と思いました。

 「染太夫風」「春太夫風」は全然分かりませんでしたが、武張った感じの背山と柔らかい妹山という印象はもちました。

 どの浄瑠璃も美しく、大きな宇宙と切迫した今を同時に表現する詞が沢山あるのですが、この大判事の「忠臣貞女の操を立て死したる者と声高に、閻魔の庁を名乗つて通れ、南無成仏得脱」には、すでに滴り落ちて溜まった涙のダム決壊で、ダダ泣きでした。
 悲しいけれどカッコいい詞です。

 ぶん回しでの終わりではなかったので、幕が閉まった後の住太夫さんのものすごい溜息が聞こえてきました。本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

 玉女さんの大判事は、ちょっとお若い感じでした。っていうかどうしても浄瑠璃中心ななってしまった「背山」でした。

 


 
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