人生の裏側

人生は思われた通りでは無い。
人生の裏側の扉が開かれた時、貴方の知らない自分、世界が見えてくる・・・

元の四つ

2017-07-17 15:49:36 | 秘教、その他団体
大調和協会は、会主命御、会掌命位の両人がその創始以来の代表であったのですが、存命期間が短かった方で、その発祥に大きく関わっていた二名ー御戴業(ごたいぎょう)、元子(もとこ)ーを加え、この四つの存在が大調和世界開顕の基礎とされ、"元の四つ"と呼び習わされていました。
このうち命御こと松本深敬(じんきょう)師と御戴業こと太田東良(とうりょう)師の二名については、戦前ある筋では少し知られた存在だったようです。
ある筋というのは、...求道仲間と言っていいのか...一口では言えませんが、明治以降の我が国の精神的諸潮流に詳しい方なら、"西田天香の一燈園"、"綱島粱川の見神体験"、"岡田式静坐法"、"トルストイ主義"...といった、キーワードを挙げれば、あるいはピンとくる向きもおられるかも分かりません。
この各々は、その説くところも生き方も異なりますが、超宗派的な点が特色であり、そのためか周辺にはフリーランスの求道者たちの拠り所が形成されるようになったのです。
私は、大調和協会はこうした宗教とも哲学とも言えない、一つの枠では括りにくい精神思潮から生まれたようにも感じています。
この周辺には、両人のような忘れられた道の人たちがゴロゴロしていますが、その一人である高橋正雄という金光教の信徒が独自に主催していた「生の会」という求道サークルがあり、命御様と御戴業様は、ここを通して親交を深めていったようです。
命御様には通称「19巻」という自伝的文章がかつて協会の季刊誌に途中まで連載されていましたが、多分書物としては刊行されてないと思われ、残念ながら全貌に接することが出来ません。
御戴業様には「一燈万照」という書物が協会から出されたことがありました。
これが実に真摯な、自由な精神の記録ともいうべきものなのです。
太田東良師は、日蓮宗の僧侶だったのですが、全くその立場というものを感じさせません。
「手当て療法」や「霊動法」など、その時代の精神思潮を彩っていた秘術的?側面のあるものも体得していました。
昭和17年に亡くなる前の三年くらいの間は、興亜院(中国政策のために設えられた国家機関)に所属して大陸に渡ります。
当時日本では、大本教の弾圧で閉鎖されたと思われる、道院.世界紅卍字会にも関係していました。
この方の未亡人、太田不二枝さんこそが後の命位様です。
この方のような人物は私はいままで全く会ったことがありません。
女性の団体の中心者というと、シャーマン、神伝者という職能が考えられますが、若い頃は霊感が発揮されたことも一時あったようですが、そのような面は私は、ほとんど見たことがありません。
この方と真向かいに会われた人は、皆自分の中の"我ならぬ我"を見出だすのでしょうか?
私には、その奇縁というものを抜きにそのことを考えることが出来ません。
文章をよく書く人でなかったので、その半生のことなど知ることが出来ないのは残念です。
元子様は、命御様の夫人で、かつて協会の集まりで、聖霊のリバイバルもかくやという、一同の上に大歓喜が訪れた際、期せずしてその発火点となったと同時に、それを閉ざしてしまう役割をもしてしまった、という曰くのある存在だったそうです。
このような負のお役とも観られる存在も大調和世界の開示には、欠かすことの出来ない"元の四つ"であったのです。
この"四つ"は、はて如何なる物柄を象徴しているのでしょうか?
私には大本開祖の「お筆先」にある「元の四魂が揃わな物事は成就いたさんぞよ...」という言葉が思起されてくるのです...。


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