人生の裏側

人生は思われた通りでは無い。
人生の裏側の扉が開かれた時、貴方の知らない自分、世界が見えてくる・・・

信仰を超えて

2016-10-13 14:55:19 | 宗教
真宗大谷派は初代清沢満之を初めとして、多くの秀れた宗教哲学者を輩出してきました。
その一人、金子大栄先生は「浄土は観念である」という事を言って、宗門から異端視(異安心)され、追放されてしまったそうです。
観念という表現は微妙ですが、「浄土という世界がどっかに実体としてある」といった、宗教一般に取り巻いている”信仰”という他から権威づけられた城砦に安直に閉じこもってしまう傾向、素朴実在論といったものを乗り越えようとしたのでしょう。
このほか「死後のことは分からない」と言う言葉も残していますが、哲学者として実に良心的な態度だと思います。
宗門の掲げる宗旨の伝統がどうあれ、自己の悟性に照らして”分からないものは分からない”とするのが学的な生き方ではないでしょうか。
これに反して”分からないのに分かったことにしてしまう”信じ込むことで何でも実在することが罷り通るのが、宗教やスピ界なのです。
(それでも最近のスピ界は以前の宗教界の為体に比べればかなり開けてきてはいると思いますが…)
自立した自分が考えて、悟性の光(!)に通されること無く”真実が分かった!”とばかりに決定されてしまうのは、誰かによって、宗門によって”そうだとされている”ことなのです。これでは、いかにも精神的な事が語られてもその実、生きた精神的なものは見るべくも無くなります。
こうした思いの習慣にハマると段々精神も感性も鈍重になっていくのは当然として、”正しいことを信じている”という信念や周囲の”我を出さないでただ信じれば救われるのです!”といった声に迎合するとより一層思いが凝固してしまい、なかなかこの思考停止地獄から抜け出るのが困難になってしまいます。
それでいて彼らは”一歩一歩神に近づいて行きましょう…などと言っています。
段々遠ざかっていくばかりだというのに…
神のことや霊界、死後の世界、前世など、確かめようのないことを”誰某がそう言った”というだけで、無批判に受け入れてしまうことは、思念に捉われる事であって、思念を超えるという、現臨が示現する方に向かわないからです。
言い換えると、意識が中心に向かう事無く、ずっとその周囲を回り続けているという事です。
といっても、意識の中心というのがどっかにあるという事じゃなくて、又そこに意識を集中するという事でも無くて、自ずと意識が中心に凝縮されていくような感じになることを言っています。
これは思念、マインドの凝縮状態が溶ける、解放されることと、パラレルになっているかと思います。
意識が中心に向かう、という事は意識が自己そのものに向かう、という事です。
どっかにおわす神とか霊界とか前世だとかというのは、現つそのものである自己とは何の関係もありません。それは自己が現つから離れて宙に漂っているようなものです。
何で自己そのものから意識が離れてしまうのかと言ったら、信頼していないからでしょう。だから、自分以外の誰かや”教義という神”に容易く依存してしまうのです。
たとえエゴ丸出しだろうと、バカだろうと、チョンだろうと、この自己にとって隠しようの無い、他に変えることなど出来ない自己そのものをおいて、神的なものが、この現実にその実存を開いて現れ出ることなどあり得ない事です。いくら浄土、神の国、地上天国を夢想しようとも…
自分を信じられないものはホントは神仏も信じてなどいないのです!
そして…そうして現つに開かれた示現されたものを通して、あるいは神仏の実感、あるいは人間死後の帰趨されるところ、神の国実現の予感なども与えられるかもしれないのです。
こういう訳で私はそれらのことは否定も肯定もしません。所謂オカルト的な本でも捉われずに読めば、面白く読んでいます。(言葉の奥に隠れているものについて洞察したりすると、”こ、これは…”と感ずることもしばしばです。)
人によって”無暗に神とか霊界とか信じるもんじゃない”、というかも知れませんが、切羽詰まった問題を抱えている人には”神はきっと居ますよ!”と言うかも知れません。彼は少なくとも暇人の空想事よりずっと自分自身と向き合っているでしょうから…

「浄土とは魂の故郷、生の拠り所です」(金子大栄)
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