ウロ

木の洞に頭突っ込み独り言

描いて欲しくなかったかも

2017年07月17日 | 日記
実家から帰ってどんよりな午後。
だが意外と風が入って来て 初クーラーならず。
これなら夕方散歩に出られるかなと
夕食は買い物がてらフードコートで済ませてしまおう
と考える。
どのみち作らないけど。

相撲中継が終わるのを待って近くのSCへ。
旦那はラーメン、私はサンドイッチ。
その後百均と書店と文具店と小物屋と、スーパー。

本屋でマンガを買う。萩尾望都のポーが出ていた。
本誌掲載時は読んでない。

で。

描いて欲しくなかったなー
無理があるよなー
キリアンのエピソードなら許せたけど
これはないよなー

キャラは作者のものではあるけれど
このあたりの作品になると
実際には違うんじゃないかと思う。

ポーやトーマは私ら世代の思春期を構成する大切な一部で
今更それを(私の場合一部どころか礎ですらあった)
破壊したり歪めたりする権利は作者といえどもないんじゃないか

と思ったりするわけさ。

そりゃ中には「感動した」
(内容に か 作者が再び描いた事に か)
という人もいるんだろうけれど

私みたいに感じた人も多いんじゃないかしら。
でも萩尾氏ほどの作家相手に
そんな事声高に言えるわけもなく。

それとも私の感性が歪んでいて
これはこれで「名作」なのだろうか。

時代がどう とか 女の子がどう とか
(もあるが)
そういう事よりも
「ポー」や「バンパネラ」の設定がさ。
なんか ふわふわした感じのままでいいじゃない?
説明とか要らないじゃない?

エドガーをあんな風に描いて欲しくなかったし。

もう読まないだろうな。
でも
旧作を読み返す時の、回顧的感傷まで穢されちゃうんじゃないかな。


一番うまく年を重ねて作風を変化させてきたマンガ家って
知る限りじゃ吉田秋生かなと思う。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 感性? | トップ | ベトナム料理 »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。