今日は 金環日食でした。
いつもより早めの起床でしたが
いつものように 掃除をして
神棚のお水を取り替え
お線香をあげ
階段にある榊のお水替えと
氏神様の参拝をしました。
氏神様へ向かう途中
人々が 太陽を見詰めている姿を観て
涙がでてきました。
「ああ・・今日は 神様に注目して 神様と出会う日なんだなぁ〜」
と気づかせて頂いたようでした。
今日は 金環日食でした。
いつもより早めの起床でしたが
いつものように 掃除をして
神棚のお水を取り替え
お線香をあげ
階段にある榊のお水替えと
氏神様の参拝をしました。
氏神様へ向かう途中
人々が 太陽を見詰めている姿を観て
涙がでてきました。
「ああ・・今日は 神様に注目して 神様と出会う日なんだなぁ〜」
と気づかせて頂いたようでした。
コップ一杯の中に入れられる水の量は
そのコップの大きさによって
入るか
入らないかが
決められてしまいます。
それは人間も同じなのでしょうか?
コップの大きさそのものが変わればどうでしょうか?
200ccから500ccのコップに変えたら
水の量も簡単に変わってしまいます。
これは
200ccのコップ量の「心の受皿」に200ccの「心」を
受け入れられたら
次に受け入れられるコップ300cc?500cc?1リットル?
それらの分量に適応した
「心の受け皿」のコップの大きさを
自分で用意することが できるんだ
と最近 気が付きました。
それは
イヤだなぁ・・・
大変だなぁ・・・
苦しい・・
意外と ガンバリ過ぎ・・
楽ちん過ぎ・・
そんな気持ちを 素直に 自分の心の中に受け入れられた時
その総量が溢れ出し
次のコップの分量が入る大きさに進化していく
・・・のではないかと感じています。
それは
決して・・・自分の為ではなく
はかなく 切ない この宇宙の様の為
もう 感謝があれば
きっと 何も怖くはないのだとも 思いました。
どんな環境下の中でも
どんな人達の中でも
全てを受け入れて 感謝したら
自然に 進化していく未来が到来しているのだろうと感じました。
信じるのは 自分が供養している 遺伝子からの応援によって
そして 自分の細胞の進化が進むことにより
その細胞からの記憶が
全てをヨミガエらせ
感謝をすることが全てだと 教えて下さるのだと思う。
100ccのコップから200ccのコップに変えられるのは
意図的ではなく
自然な 自分の心が決めるというのもミソかもしれないと思いました。
イヤだと思うことや モノや 人に関しても
そんな時は 仕方がないのだと思う。
ただ
そこではなく
大自然が こんなにも破壊されたり
人々が苦しい思いをしている人が
増えるということだけは
守りたいと思う。
その心だけあれば いいのだと思う。
少なくとも
そういう心でいても 起こりうる色んなことも
受け入れなければいけない
その様を見せつけられ・・・
コップの大きさは大きくなっていくのだろうとも
思っています。
昨日 発見しました
カマキリの赤ちゃんです
5匹いました(汗)
私は なぜか このカマキリが大嫌いです
しかも これ
網戸の内側にいるんです・・・
だから
一生・・・窓開けられません
でも
ちょっと気に成っています
こんな所にいて育つのかな?って
今日も また窓を見ていたら
なんだかかわゆく思えてきて・・
観察していたら
ぎょっとしてしまいました
お母さんカマキリが 窓のサンに死骸になっていたのです
卵は見当たらないのですが
お母さんが 安全な網戸の中へ運んだのでしょうか?
・・・
もしかしたら
窓を開ける時に挟まったのでしょうか?
もし そうなら ごめんね。
赤ちゃんカマキリが無事
旅立てますように・・
先日 背中の真ん中まであった髪を耳の下くらいまで切りました
ずっと忙しかったのと
何となく切りたくなったので
やっと行けました。
最近では 一回に色んなことをして下さいます
私がしたのは デジタルパーマとカットと毛染めとトリートメントです。
これだけしても 大丈夫なのは
液が昔ほど強くないからだそうです。
ベリーダンスをするからと言って伸ばしはじめ
今は ショートの縁に収まりました(笑)
とっても軽いです♪
いつになっても
持っているつもりがないものでも
また それも 持ってしまっていたか・・・
と気づく毎日です。
今日も また一つ 手放しました。
ゴミを出しに外へ出たら
今朝 千葉では 小雨交じりの雨でした
なんとなく
庭のパンジーやビオラのお手入れをしていたら
目の前に ツルバラの葉が
板をハリ
その先にあった昨年ツルバラをくくったひもを
ツタって その先へ 先へと延びていく
ツルバラを観ながら・・・
毎年 凄く繁殖したので ひもで
くくらなければと思っていた矢先の出来事でした。
昨日 職場のことで 少し考えさせられた
答えがここにあったことに
気づきました。
私はこの 光景を観ながら
自然の様には
本当に神様がおられるのだと感じさせられました。
「あちゃ・・・・」と思いながら
何も言わない
その植物の姿を見せられ
雨の中一人
涙し
だまっていても 何をするでもなくとも
人や
植物や
生き物は いずれ
その方の行きたい方向へ
勝手に いつかは「力強く」育っていくんだなぁ・・・って
教えられたように思いました。
自分が「くくろう」なんて
傲慢なこと
その育とうとする 「力」を
信じてあげる
観てあげる
「方」がどんなにむずかしいことなのか
どんなに素晴らしいことなのか
自然のそれらに
いつも教えられます。
今日は 亡くなったうさぎの「チャチャ」の命日です。
教えてくれたのは チャチャだったのかな?