Mayumiの毎日綴る暮らしの日記

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胡蝶の夢 『荘子 斉物論』

2017-07-06 18:10:09 | Weblog

昔者荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。
自喩適志与。不知周也。俄然覚、則蘧蘧然周也。
不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。
周与胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。

以前のこと、わたし荘周は夢の中で胡蝶となった。
喜々として胡蝶になりきっていた。
自分でも楽しくて心ゆくばかりにヒラヒラと舞っていた。
荘周であることは全く念頭になかった。
ハッと目が覚めると、これはしたり、荘周ではないか。
ところで、荘周である私が夢の中で胡蝶となったのか、
自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか、
いずれが本当か私には分らない。
荘周と胡蝶とには確かに、形の上では区別があるはずだ。
しかし主体としての自分には変わりは無く、
これが物の変化と云うものである。

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また、こんなお話もあります。

ある時荘子は、楚の国へ行く道すがら、路傍に野ざらしのうつろな髑髏を見た。
手にした鞭でそれを叩きながら、荘子はおもむろに語りかけた。
「御身は生を貪り、私欲に眩んでかく成り果てたのか。はたまた亡国の禍い、処刑の咎に遭ってかく成り果てたのか」言い終わった荘子は髑髏を枕に打ち臥した。

その夜半、髑髏が夢に現われて語るには、
「御身の言の滑らかなるは、世の常の弁者とさえも似たることながら、御身の数えあげた事は、いずれも生身の人の世の累にて、死者の世界にはほとんど縁のないことじゃ。さても死者の世界と云うものは、上に君なく下に臣なく、また四時の別すらもない。この楽しみに比べれば、人の世の南面の王者の楽しみとて、とんと及ばぬことであろう」
生は喜ぶに足らず、死は悲しむに足らず、否、寧ろ死には生に纏わる苦しみがなく、生に勝る喜びがある。





胡蝶の夢は好きなお話です。(*≧丱≦*)

 

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