Mayumiの毎日綴る暮らしの日記

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ヘンリー8世 (1491~1547年)イギリス 世継ぎ欲しさに妻たちを殺害した暴君

2017-08-09 12:45:54 | Weblog



ヘンリー8世は、宗教改革初期にイギリス国教会を作ったことで知られる。
イギリス王ヘンリー7世の次男で、兄アーサーの早世により、テューダー朝の王位を引き継いだ。
本来、宗教には無縁で贅沢を好んだヘンリー8世。
そんな彼が国協会を作ったのは、実は自らの離婚問題を解決したかったからなのだ。
ヘンリー8世は、后の侍女であるアン・ブーリンと再婚したかった。
だが、当時のカトリックでは離婚が認められていなかった為、1534年、彼は国王が首長となる都合の良い国協会の教義を作り上げた。更に徹底したカトリック弾圧を行ない、側近を処刑してイギリスの絶対君主制を確立させる。
晴れてアンと結婚したヘンリー8世だが、結婚3年目には、あろうことかアンに反逆罪を言い渡し、投獄の末に処刑してしまう。
その後も彼は結婚と離婚を繰り返し、邪魔になれば貫通の罪を着せて処刑すると云う残忍さであった。
跡継ぎの男児が欲しかったと見られるヘンリーの結婚は計6回に及んだが、待望の王子はエドワード6世ただ一人で、それも16歳で他界してしまう。結局、ヘンリー8世の願いも虚しく、テューダー朝は断絶へと向かって行ったのだ。

(画像・宮廷画家ホルバインが描いたヘンリー8世)

          

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                                                               暴虐と狂気に魅入られた者たち





私のイメージを、赤いスイートピーに擬えてくれる人があった。
私は、それこそ少女のように嬉しかったと云う思いでがあります。
けど、どーも不自然であることは、その後、「こんちきしょー!!!」に変わるものなんですよ。

 

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