Mayumiの毎日綴る暮らしの日記

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王昭君   絵一枚で異郷の地へ嫁がされた不運なる美女

2017-08-13 08:36:20 | Weblog

王昭君は、中国の王朝から野蛮な異民族と目されていた、匈奴の王に嫁がされた悲劇のヒロインとして今に伝えられる。
中国の民間伝承に寄ると、王昭君が伝説の人となったのは、彼女が王族ではない上、皇帝の気まぐれに寄って選ばれてしまった花嫁だったからと謂う。
彼女は斉に生まれ、その美しさから十七歳で漢の元帝の後宮に入った。
だが、後宮には常時三〇〇〇人ともいわれる女たちが仕えており、皇帝もいちいち引見するのは面倒な為、絵画に描かせた肖像画から寵愛する女を指名していた。

その為、女たちはできるだけ美しく描いてもらおうと、絵師の毛延寿に賄賂を贈った。その額は銭五万から一〇万にも及んだと云うが、絵一枚で皇帝の目に留まり、お呼びがかかろうものなら、それは決して高いものではなかった。
だが、何故か王昭君は賄賂を贈らなかった為、絵師はわざと彼女を不美人に描いた。その為、彼女は元帝の目に留まることなく、虚しい日々を過ごしていた。

紀元前三三年、匈奴の王が皇族の娘の降嫁を願い出たが、元帝は王族を嫁として送り出すつもりはなく、後宮の女を選ぶ腹づもりで肖像画を手に取った。
ただし、美人では勿体無いとばかり、不美人に描かれていた王昭君を選び出したのだった。

王昭君が匈奴に旅立つ日、元帝は初めて彼女を見て驚いた。
肖像画とは似ても似つかぬ絶世の美女だったからだ。
しかし、後悔も後の祭り、王昭君は、そのまま匈奴へと旅立って行ったのだった。
旅立った王昭君は故郷を思い、嘆き悲しんだと云うが、匈奴で数人の子を産み、逞しく生きたと謂う。

            

                                                     




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