Mayumiの毎日綴る暮らしの日記

日日是好日 一日一日を大切に頑張って行きましょう ξ^_^ξ

静中の念慮澄撤(ねんりょちょうてつ)ならば、心の真体を見る。

2013-01-04 04:12:05 | Weblog

静かな場所で、考えが澄み切っていると、心の本当の在り方を見ることが出来る。

暇な時に、気持ちがユッタリと落ち着いていると、心の本当の働きを知ることが出来る。

アッサリとして、心がわだかまり無く穏やかであると、心の本当の味わいが得られる。

心の鏡に写して自分の本心を見極め、真実で偽りの無い姿を悟るのは、
この三つの方法に及ぶものは無い。

                                       菜根譚88より

自分たちの、この年末年始のお休みの間には、除雪が要ったりと大荒れのお天気にはならなかった事も、
良いお正月に思える一つに感じます。
昨日は、チケットを買ってある小樽の温泉施設に行きました。(このチケットは限定期間中の販売で、一人2000円お得なラッキーなチケットでした)
そして、案外空いていたし、のんびりと過ごすことが出来ましたし、恒例、帰りには必ず寄る手宮のホーマックも空いておりました。
ただ、時々風が強くなり地吹雪な様にも見えて体感的には実に寒い。
帰宅したのは、箱根駅伝・復路が終わり、優勝チームが決まった頃。
ずっと以前なら、主人がよく駅伝を見たがっていたけれど、ここ何年間はどのスポーツも全然見なくなり(オリンピックは本当によく見たものだったが)、映画とかドラマを見る機会が増えて来て、如何にも興味関心が移ったと云う感じです。
それは、特に私が如実であり、本を読むとか、あと細々した事(ガーデニングとか)でも変わらないこともあるが、「政治・経済」に関心を持ったことが目立つところです。
齢五十半ばにもなり、先に何に興味を覚えるか、好奇心が行くかって未知数なとこが、或いは年を重ねる楽しみだろうかって思うんですね。
私はそれらをまるで義務感みたいにせず、どこまで行っても趣味であり楽しみとして行きたいです。

それと、私と主人と猫たち10匹が揃って新年を迎え、バタバタとする事も、させられる事もいっさい無くて、
静かにお正月休みを過ごせているってとこが、私は何よりかだと想っています。

また、私は、ドヤ顔で、相手を喜ばせたり嬉しがらせたりしようとする「〇〇をしてやった根性」と私は言う)よりか、どんな相手にも不快な、或いは嫌な思い、迷惑をかけない様にする事を今年もよく心がけて行きたいと思います。

「己所不欲 勿施於人也」。
己の欲せざる所、人に施すこと勿かれ。
世の人々は大抵自己中心なことを言ったり遣ったりするものだが、相手の身に少しでもなれる(恕=思いやり)とするなら、無理やりとかゴリ押しなどは絶対にしない事で、一生守り続ける大事なこと、
或いは、気づいた時点でそこから始める事も良いことだって思っています。

つまりは、自分がされてイヤなこと、言われたくないことは、相手にもそんな真似はしないし、
余計なことを言うものではないと云うこと。

私は孔子の数々の言葉で、一番尊べき言葉と想っていますし、
それは、相手も「人」であることが前提条件だと考えています。
世の中には「人でなし」と云う言葉があるじゃないですか。

話は逸れますが、とある国の「文革」じゃ、孔子廟が破壊され、仏さまのお顔が削られたり破壊されたり、
そんな、shockであり、罰当たりな国の方針を見て、あ~、この国は絶対に世界の頂点になど上がらない国家だと思ったのでした。
周恩来さんの人となりを側近たちが語ったドキュメンタリー(NHK-BS)を見たことは、
今更ながらの感慨をおぼえます。
あの国は、「戦国春秋時代」或いは「夏」「殷」の時代より、何にも変わっちゃいないんだろうと思ったり、
むしろ乱世と言われた時代の方が自由があったのではないかと思われます。

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