月夜の海のペット・ロス

大切に育てたMIX猫・霖(りん)。2012年2月26日午前11時半、心不全で急逝。享年1歳11ヶ月…その後綴ってます。

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2012-09-16 21:30:50 | はじめに

 

仕事の帰り道、

車を運転しながら

霖ちゃんはいまどこにいるのだろうと 想う。

 

彼は

 

私の 大切な

大切な あのこは

いま

 

どこに …

 

 

帰宅して

駐車場に車を停めようと ふ、と空を見上げたら

 

虹 が …

 

           

とっても薄い七色だったんだけど

肉眼ではちゃんと虹に見えて。

 

反対方向を見たら

 

           

…切れ切れなんだけど

虹 でした。

 

ああ、そう か

霖ちゃん、そこにいたのねぇ

 

やっぱり

お空で ちゃんと見ていてくれるのねぇ

 

呼んだら 必ず

「ここにいるよ」 って示してくれるのね

 

嬉しいな

 

ありがとう ね。

 

 

 

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「全う」する

2012-09-10 20:44:43 | 追悼の詩

 

全うする って

どういうことなんだろう

                

 

ずっと考え続けてきたのは、

あんな風にいきなり って、やっぱりすごくすごく

「全う」したからじゃないのか って

 

そうだからなら、

霖ちゃんは本当に 「しあわせ」 だったよね

いまもきっと幸せでいてくれるに、違いない。 と 想う。

                             

「全う」させることができたのは、

私とダンナさんだったからさ。

 

霖ちゃん、いいところへホント 来たよね。

 

ただただ、

ただ 「あなたがあなたであることを ただただ 受けとめた、愛した」 私達のところ。

                

でも もう少しだけ

 

あと ほんの少しでもよかったから

居て欲しかったけど …

 

もし

もし あなたが、こんなに早く逝ってしまうと知っていたら…

きっときっと もっともっともっと優しくした

もちろん誠心誠意 愛したけども、愛に終わりってないっていうし

制限もないと思うから

                       

でも、

あなたは、これでいい っておもったんだな

 

多分、 

もう これでいいかな って

 

それだから

あんな風に 突然旅立って行ったんだな。

 

あとに残された方は ホントつらいばっかりだけど、

そんなことに思い至ったこちらは、

あとはもう あなたのしあわせを祈るしかないじゃないの。…

 

 

 

ひかりに包まれて、

いつでもあなたが幸せでいるよう 

今度は ただただ 祈っているから

 

 

 

 

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半年目の月命日を迎え

2012-09-09 16:15:23 | はじめに

 

先月 8月26日

半年目の 月命日でした。

      

   空を見るといつもつい捜してしまう…霖ちゃんがどこで見てるのかなって

 

その少し前あたりから

気持ちが少しプラス?になってきていて。

 

なんだかねぇ…

自分が 頭や気持ちの上で理解してるような事以上に

気がつかない所で、いろいろ わかってきたのかもねぇ… なんて。

 

霖ちゃん、すっごく健康な子だと思ってたから、

絶対あと軽く15年は一緒に生きていけると思ってたんですけど、

だから それがこんなにあっさり逝かれちゃうと、

その15年分の 「一緒に楽しくやるはずだった」ところ の分の喪失感ってのもあって。

 

それが余計に 自分を自暴自棄にさせてたかも知れないな。 …

 

     

 5月末に迎えた子猫「七宝」。先住猫達へ噛み癖酷くて、一旦は新しい里親を捜したほど

 

だけど…

切り替えて 「じゃあ、このあとの15年を もし霖ちゃんが生きてたとしたら

絶対やろうなんて思わなかったであろうことを、やってみるってどうだ」 と。

 

実は、ずっとペット関係のことをやりたいと思ってたんだよね。

でも。 状況が許さないだろう、とか資金とかないだろうとか、

出来ない理由を考えて、現状に満足しちゃってた辺り、私らしいです。

 

それが、そういうこと考えた途端、

なんだか知らないけど、すごく元気になれた自分がいて、驚いたのです。

イヤイヤ また一過性のものじゃないのか?

様子見てたらまた落ち込んでいくんじゃないのかしら?  なんて思っていたのですが…

           

1ヶ月たったいま、考えてるのは

じゃあ具体的に、ソレどうやって行こうか? だったりして …

 

      

     でも…最初全く受け入れなかったつきちゃんが、今こうです…

 

元気になってる状態が続いてて、

あまつさえこの間、自分の誕生数秘学のサイクル見ていて、

昨年から今年の…

 

もう、いい加減手放さなきゃダメだな、って。

まだ辛いし、寂しいし、恋しくて仕方ないけど、

 

もう実は「次の局面」なのだ。

 

なんだかわからないけど、

霖ちゃんがあんなにいきなり突然旅立ってしまった理由って、本当はそこにあるのかも。

 

だから 私が「いきなりの理由」を考え続けていた時は、本当に死ぬほどつらかったけど、

それに思い至って元気になれた、のは それが私にとって真実だからじゃないのかなぁ

……

 

「何故」 というところに 「答え」 などない、という考え方もありましょうが、

至ったところにポジティブなエネルギーを得られるなら、

それが絶対的な答えではないかもしれなくても、

生きていく上での、その人にとって大切な指針にしていくことはできるよね。

 

 

ペットロスは 辛い。

こんなに辛いことが世界にはある。

その辛さと向き合って、乗り越えていくことは、

きっときっと その辛さ・哀しみ・喪失感を抱えただけの意味が込められていると思う。

でなければ、この哀しみという経験自体に 意味がなくなってしまうもの。

 

   

 

霖ちゃん。

おかあさんは、今は寂しくても霖ちゃんに感謝の気持ちでいっぱいです。

 

ありがとうね。

ホントにありがとう、霖ちゃん。

 

 

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エネルギーの欠損。

2012-07-12 14:17:09 | はじめに

 

先日、実家へ久しぶりに帰った時

「痩せたんじゃないのか? 食べてるのか?

「ホント、痩せたね…

などと口々に言われ…

               

       今年も行ってみた、近所のM公園。前日の大雨。ひとっこひとりいない日でした。

 

確かに

 

霖ちゃんいなくなった2月末からのショックとか

その後すぐ就いた、新職場の慣れない仕事や人間関係

(しかし職場の方々は、びっくりするくらいみんな良い方ばかりだった)とか

勤め出したらすぐ、病院検査でダンナさんの糖尿病が発覚して、

食事管理とか運動その他色々、今まで頭になかったことを、

夫婦して、生活中に取り入れて行かなければならなくなり

仕事は時間帯が合わなくて、色々逡巡の結果 

6月には辞めるに至り(辞めるのも一苦労で

それに並行して春ごろから 今度は高齢のちゃー丸の具合がどーんと悪くなって、

今も介護状態が続いてたり

迎えた可愛い子猫(七宝)が、風邪ひきでなかなか治らなかった(もう、全快しました)り、

つきちゃんも、お口の中のもともとの歯肉炎が悪化して何度か病院へ連れて行ったり。

 

確かに ストレスと心労で、仕事中に不整脈とめまいは頻繁

辞める間際には、原因不明の下痢で、早退を余儀なくされた日もあった。

 

まぁ 色々ありましたが

 

やはり

自分的には、4キロの体重減の一番の理由は

霖ちゃんをなくしたことによる、 「エネルギーの欠損」 ではないか と

      

 

「喪失感」というものを、なにしろまともには 生まれて初めて経験した感じですので。

 

言うならば、

嫁さんに先立たれて、ほどなくして後を追うように逝ってしまうダンナさまの状況が、

心から共感・理解できました。

 

ああ…そういうことなのね… と。

 

自分の内の、自分を動かしてくれてる、眼には見えないエネルギーが、

どんどん外へ漏れ出てしまう感覚なんですヨ。

止めようとしても無理。 絶対無理、みたいな。

(というか、止められる方法があるなら、教えて欲しかった状況です

          

    七宝は、つきちゃんより先に、まーくんやちゃー丸と仲良し?になりました

 

人間はどうしても、眼で見える方を考えがちなんだけど、

人に限らず 生き物はなんでもそうですが、

本当には 時間を、毎日を、人生を 「生きて」 「経験して」 いるのは、

眼にはみえないエネルギーの方なんですね。

 

霖ちゃんの亡骸を抱きながら、

 

「身体って本当にただの器なんだなぁ… 

じゃぁ 私が 霖ちゃん と呼んでいたものは、なんだったのか。

器はまだここにこんなにはっきりと 見える のに、見えているものはもう動かない。

鳴きもしないし、どんなに撫でてやってもゴロゴロの一つも言わない…。

 

では 彼は いま 何処に いるんだろうか …」 と ぼんやりと、思ったことを思い出します。

 

そして、少ーーし落ち着いたいま、

想うのは 霖ちゃんの存在は、

それまでの人生の時間の中で、色んな意味で、実は「マイナス」を生きてきた私に、

「愛」 「愛する」 「純粋にただただ与える」 というようなことを教えてくれて、

そして「マイナス」を 「ゼロ」 へ持っていってくれたんだなぁ 

そういうことではなかったか と、痛感してます。

 

だから、いま 「ゼロ」 を これから、次の段階から 「プラス」 へ持って行くのは、

 

「おかあさん、おかあさんが自分で選択していくんだよ」

 

「ボクはここから、神様のところからいつも見てるから。 おかあさんはひとりじゃないから」

「これからきっと楽しい事があるよ。 選択なんだよ、おかあさん」

「おかあさんはホントに優しくていいおかあさんだった。

ボクは知ってる。大好きだった。いまでも」

「だから、おかあさん いまよりもっとしあわせになれるよ」

「ボクをあんなにしあわせに出来たんだから、今度は自分をしあわせにしてね」

 

「必ず そういう選択をしていってね。」 ………

 

そんな 霖ちゃんの声が時折 聴こえるようになりました。

 

まだまだ日々はツライこともあるけど、

その時できることを自分に許して、元気出せるときには出して、

ゆっくり行こう、「生こう」。

 

そんな毎日です。

 

      

  コレ、昨日のフォト。初めの頃よりずいぶん仲良しになってきて、少しホッ…

 

 

読んでくれてありがとうございます。

また遊びに来て下さいね

 

 

(すご~くお久しぶりなんです。

で、この記事はもう一つのブログ「はぁと ふぃーるど らいふ」に載せたものです)

ブログ 「はぁと ふぃーるど らいふ」

     http://blog.goo.ne.jp/heartfield9/ 

 

 

 

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夢に見ました。

2012-05-01 14:46:58 | 追悼の詩

 

 4月10日過ぎに四十九日を迎え、

不思議と気持ちがずいぶん楽になって来ました。

その時は、「まだ2ヶ月たってないのにもうこんな楽になっていいの!?」みたいな気に 

少しなってましたが、そんな自分を発見して

「イカンイカン そんなの霖ちゃんの意に反する」 と自分を諌め…

                    

    彼がウチの子になった頃は、私まだデジカメもってなくて、いつも携帯で。早く買えば良かった…

 

楽になれたのは

やっぱり妹分の つきちゃんの存在がすごく大きい

彼女がいてくれたから、気持ちも緩やかに速やかに楽になれたのかも知れない。

                  ねこじゃらし 大好きです

 

霖ちゃんいた時には、遊ぶときは殆ど彼とで 人に「遊んで」ってせがむことはあまりなかったつきちゃん。

おにいちゃんいなくなってから、私がリビングのテーブルに座ると必ず 「遊んで、遊ぼう!」 と

どこにいても駆けって来ます。

私達夫婦が悲しんでいるのを知っていて、「あたちがいるよ~」と、まるで霖ちゃんのいなくなった寂しさを

ポジティブエネルギーで消すのが、自分の使命と思っているかのよう。

おっとりさんでフレンドリーで、決して器用なタイプじゃないので、 あちこちで猫にありがちな、

「思わず笑いを誘う失敗」を繰り広げてくれるのも、気持ちを軽くしてくれる要因です。

                                         

                 霖ちゃん ウチに来た翌々日の晩の写メ

 

ところで、霖ちゃん

先日 初めて朝方の夢に出てくれました。

私が知らない家の玄関を何故か箒で履いていて、ふと目を上げると玄関のたたきに

霖ちゃんが座っているんだけど、そのお顔には なんだか知らないけど、

はんぺんみたいな形で、あんまり綺麗でもないようなスポンジみたいな…なんだろう??

何か乗せていて。 

顔を殆ど隠しているんだけど、ネックカラーの柄と顎のラインと身体の模様で彼とわかる。

「霖ちゃん?」と声をかけた途端、パッと外へ飛び出して行って、後を追いかけながら

「あの通りの向こうに出たら、きっともう姿ないんだろうな」 と思ってそこへ辿りついたら 

やっぱりかれの姿はどこにもなくて…。

 

面白いのは、その後目を覚ましたら、つきちゃんが私の布団の中へ入ってこようとして

いつもならすんなり入って、そのまま私が起きるまで一緒に枕に頭を乗せて寝るんですが、

その朝は、何度か布団をあけてやっても、中を覗き込むだけで入りたそうなのに入ってこなくて。

やっと入って、寝るのかと思いきや、いきなりビクッとしたと思ったら、

頭をもたげて、布団の右側をぐるっと、ゆっくり首を回して 何かの姿を追いかけるように見出したのです。

もちろん、部屋の中には私と彼女の他はいないんだけど。

そしてその後、つきちゃんと目をつむって寝だした、まだ意識のある私の右耳に

「ちょりちょりちょり…」 という懐かしくも愛しい、あのネックカラーの鈴音…

それが、本当にものの3秒くらい続いて

「……ああ… こういう風に聴こえるものなんだ… …… 」

と、なにかどこかでとても納得して自分がいて …

   

               ウチへ来た日の翌日の夜

 

そして、私もダンナさんも、4月の中盤からもう何度も そのネックカラーの鈴の音や、 

生前 霖ちゃんはレジ袋やビニール袋を噛むのが好きだったんだけど、背にしたテーブルの上から

その噛む音をはっきり聴いたり。 

それから 猫の、お決まりの どこかから飛び降りるあの 「トン」 という音

「トン」といっしょに鈴の音。

 

そっか… 霖ちゃん

ちゃんといてくれるのね。

姿は見えなくなっちゃったけど、 傍にいてくれるんだね。

 

で、大好きだった洗面器のお湯を飲む事や 「おいしいゴハン」と呼んでたウェットフードや

カニカマや 脂肪&お砂糖ゼロのヨーグルトや 段ボール、レジ袋、マタタビの粉や …

 

私が夕方台所でお味噌汁作るのに、鍋に湯を沸かしてると必ずやって来て、

キッチンの窓枠に上手に座って、

煮出したかつお節を、身体に良くないからってあんまり貰えなかったけど、

大好きで いつも待っていた。

待ってる姿につい負けて… 今日はちょっと多めにあげようか~なんて事はままあった。

 

そんな風に、いまでも私達との生活を楽しんでくれているのね。

 

姿は 見えないけど。

             これも翌日の晩。小さくて本当に可愛かった

 

ありがとう

霖ちゃん。

 

おかあさんね 哀しみよりも 感謝の気持ちがずいぶん多くなってきたよ。

まだまだ どうしても寂しさが心に宿る時があるけど、

時々 霖ちゃんが帰ってきてくれてるって

なんだかとってもわかるから…

 

ありがとう 霖ちゃん。

霖ちゃんも、ちゃんと神様のところで修行?していてね。

おかあさんもおとうさんも いつでも、霖ちゃんの魂の平安を心から祈っているから ね。

 

 

 

 

 

 

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