むらくも

四国の山歩き

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寒峰ーマドの天狗…徳島県

2017-06-22 | 四国の山歩き
西寒峰、寒峰、マドの天狗     にしかんぽう、かんぽう、まどのてんぐ

山行日              2017年6月18日
標高               1518m、1604.8m、1245.7m
取りつき地点           林道日和茶坂瀬線沿い
下山口              高野
駐車場              取りつき地点なし(林道広い路肩、トラック走るため注意)、下山口なし(路肩)
トイレ              なし
水場               小島谷川上流
メンバー             アンジーパパさん、佐々連さん、むらくも



退職したのはいつだろう。
あの頃は、なにをやっても面白くない仕事に見切りをつけていた。
それになによりも冷え切った人間関係が、傾く退職への気持ちに拍車をかけていた。
原因は自分にあったが修復する気持ちなどさらさらなく、日々無駄な時間が過ぎて行くばかり。
活気が失われ、目が虚ろになった姿を鏡で発見したとき、もうこれは駄目だなと思った。
退職願を出した。
誰も何も云わなかった。
どこかへ働きに行こうという気持ちも起きず、しばらく退職金で食いつなぐことにした。
妻にこのことを告げたが、何も云わなかった。
このときに悟った。
誰かに何かを云ったとき、何も反応がないというのが一番辛いことだ。
退職後、休日以外はパソコンの前に座って、株のチャートをぼんやり眺めるようになった。
それまでの虚ろな顔に、ぼんやりの陰が加わった。
見かねた妻がこんな仕事があるよとか、シルバー人材センターへ行ってみればと云った。
おまえ、ようもこんな覇気のない生活力のない男と結婚する気になったなー、と云ったところ、少し間をおいて、明るく楽しく生きようねと云いニタッと笑った。
そのとおりだ。
そのとおりだけど腹が立ったので頭をシバいてやった
誰かに何かを云ったとき、黙られるのも辛いが、返事に間が空くというのも真意がどういうことなのかということを学ぶことができた。
人生は弛むことのない教育現場のようだ。

おかげさまで、12年余り経たいま、何をしても幸せだと感じるようになった。
ご飯を食べてゆっくり咀嚼をしているときも、寝そべって本を読んでいても、トイレで腰かけていても、あー、幸せだなーと心底思う。
たぶん、少々呆けてきたんだろう。
69才、昔ならいざ知らず、長寿社会の現代ではまだ若い。
それなのにもう恍惚の世界で朦朧と漂っている。
そのうち、「あの爺さん死んだがー」「えっ!いつ?」「呆けてのー」「どこで?」「いつの間にか山に入って、骨だけが見つかったがー、DNA鑑定したら爺さんじゃった」「ひえー、どしたこっちゃ」「何日も徘徊しとったらしい」「呆けて山で徘徊なんぞされた日にゃー、探すの困ったじゃろなー」「んだんだ、あんたも気をつけろや」「気をつけろゆわれてものー、呆けたんじゃわからまいて」「んだわのー」。



というわけで、この4月末でめでたく退職した、佐々連さんのお祝い山行をすることにした。
佐々連さんはわたしとは出来が違う。
しっかり退職年齢まで勤め上げ、そして嘱望されて再雇用、以前と変わらずいまも現役バリバリで働いている。


 林道日和茶坂瀬線取りつき付近の様子            取りつき地点

目指す山は、前日に妻たち6人が歩いた寒峰だ。
西寒峰の西尾根を歩いて1156m峰ー1339m峰ー西寒峰ー寒峰ー寒峰登山口ー寒峰台地ーマドの天狗ー高野へ下山。
取りつきは佐野集落の上を走っている、林道日和茶坂瀬線沿いにある。

AM5:00に自宅を出発し、佐々連さん宅5:15、アンジーパパさんと7:00に祖谷ふれあい公園で待ち合わせ。
高野へ車を一台デポし、7:30取りつき地点北側の林道路肩に駐車。
林道は木材搬出作業のため普段大型トラックが走っており、邪魔にならない位置に止める。

多くはないがすでにブヨが飛んでおり、赤いスーパー森林香に火を点け、ザックに括り付けた。
一年ぶり、プーンと独特の匂いの、わずかに立ちのぼる煙が山間の静かなアスファルト車道に漂う。

昨日6人が取りついた急斜面には蹴散らかせた足跡が残されていた。
6人の内訳は女五匹の中に男一匹、両手に花どころじゃない、実もならん。
筋肉隆々の口五つには、太刀打ちできんちゃ。

8:12、取りつき開始。


          境界杭                       TVアンテナ

驚いたことに、斜面を上がると目の前にワイヤーがとぐろを巻いており、シカ罠が仕掛けられている。
慎重に避けて尾根上に出るとすぐに境界杭が目に入った。
杭を追いつつ1156mピークを過ぎて間もなく、標高おおよそ1170m辺りで佐野集落の民家のものだろうか、VHFアンテナがあった。
役目を終えたのかいまは繋がっていないようだった。

9:00、1339m峰通過。


   アオテンナンショウ?             ヤマブドウ

山間での生活はテレビがあるのとないのとでは随分と違うんでしょうね。
夜になっても寂しくないように思う。
ラジオしかなかった頃は、浪花節や落語などに人気があったようだが、わたしらの年代になるとヤンリク(ヤングリクエスト)とかヤンタン(ヤングタウン)、いまでもやってるそうだがオールナイトニッポンなんてのが流行ってて、手作りのラジオで深夜まで聴いていた。


  西寒峰山頂手前の尾根の様子                  カマツカ

お年寄りになると、話しが病気や体のことになっていけない。
うちで飼ってた犬はもう亡くなったが、佐々連さんも飼ってるし、アンジーパパさんもアンジーというわんちゃんを飼っている。
犬も結構病気に罹って大変、人間と違って原因不明の場合が多い。
言葉がしゃべれないから病状がわからないのだ。
そんなときは大概が点滴をするらしいのだが、健康保険などない。
窓口で、はい、治療費ん万円ねと云われてギョッとする。
わんちゃんの病気の話から夜のおしっこの話になってしまった。
頻尿やパンツにおしっこがヨボウて濡らすことなど、わざわざ山でする話かと思う。


           中津山                   テンニンソウ群生

遠くからかすかにセミたちやシカの鳴き声が聞こえてくる。
やがてテンニンソウの下草が現れ、緑ゝした風景になった。


                  三嶺、天狗塚、牛ノ背

動物たちのたくさんの足跡が残るちょっとした裸地からは、南東に三嶺や天狗塚、牛ノ背が見渡せ、立ち止まった三人、しばらく眼前に広がる景色に見とれる。


         西寒峰山頂                       寒峰

9:44、西寒峰山頂に到着したようだ。
そこはただ平たく、山頂らしくないところで、小さな杭と赤とピンクのテープがそれぞれの木の枝に括り付けられているだけだった。
前方に寒峰が見えてきた。
寒峰へは住吉神社から登るのが一般的で、登山道は西寒峰の山頂を通過するものと思い込んでいたが、違っていた。
一般道は西寒峰の東を巻いていたのだ。
何度か一般道を歩いているのに…、今日そのことに気がついた。
お粗末。


        西寒峰・寒峰鞍部                 ギンリョウソウ

適当に尾根を辿って、鞍部へ下り、9:54、一般道と合流した。


             ブナ                      メギの花
    
久しぶりに見上げる大ブナ。


        ベニドウダン?                   滝下の天狗

もう少しで山頂、寒峰峠を過ぎ、早春に咲くフクジュソウの群生地を越え、笹原へ。
10:25、山頂に立つ。


                       寒峰山頂
                 
烏帽子山、剣山、天狗塚、腕山、国見山などなど三角点そばの草地に腰を下ろし360度鳥の目になる。
※写真を撮り忘れた。
 前日に登った妻の写真を拝借、空の雲の容子がだいぶ違っている。


                    烏帽子山・落合峠方面

この写真も妻の写真を拝借した。


      寒峰台地方向への笹原              寒峰峠への古の道

20分ほど景色を楽しんだあと、台地方面への笹原を下る。
しばらく獣道を辿って樹林帯に入り、慎重に進んだつもりだったが、尾根を間違えてしまった。
この尾根、過去に上り下り併せて4回歩いているが、下りでは一度はまともな尾根に、二度目は北の尾根に、そして三度目の今日南西尾根に迷い込んだ。
尾根を幾分登り返して北へ振ったところ、しっかりした踏み跡に乗った。
これがラッキーなことにまだ歩いたことのない寒峰峠への古の道だった。
昔、どんな人たちがここを歩いたのだろうか。
佐々連さんの話では一日で山道を30kmを超えて歩いていたらしい。
スピードは相当なもので、重い荷物を背負って、いまのわたしたちの倍以上の距離を同等もしくは短い時間で歩く。
当時の幹線道は山道しかなく、スポドリや甘いお菓子もなく、山水を飲んで、一個の梅干しの入ったおにぎりでさえ贅沢でなかったかと思われる。
いまのように車でゴトゴト走った山の中腹かそれ以上の高い位置に登山口があるわけでなく、村から村、麓から麓を繋いで歩き、出来る限り一日で行って帰ってくる。
そらおとろしい。


     木漏れ日の下で一休み           寒峰登山口ちょっこし手前にて…

やがて見覚えのある尾根に乗っかり、ホッとした。
地図に記されている崖マークのちょい先で、尾根から外れて谷へと下り、小さなケルンのある気持ちのいい場所でお昼ご飯とした。
20分ほど休んで再び歩きだす。
すぐに沢へと突き当たるが、左岸に沿って下ってゆくと前方に小さな沢が行く手を遮るので、そこから右手本沢を渡って右岸へ。
本沢を渡る箇所には前日に歩いた妻たちが、わたしたちへの目印にと、小さな石を二か所積み重ねていた。
アンジーパパさんが、この目印はわたしたちへの妻からのほんに小さな愛情だねと云う。
アンジーパパさんは優しい人だなー。
わたしゃ、なんだか背中がムニョムニョした。


         ヤマボウシ                   フタリシズカ

テンニンソウが蔽い茂る場所を適当に突っ切って、12:06、日和茶坂瀬林道に降り立つ。
そこは伐採地の真下(筒で保護された若い苗木が植えられている)、丁度ヤブウツギの紅い花が咲く場所で、昔はここにはっきりした登山口があったらしいのだが、いまはヤブ化してわかりにくくなっている。

林道を歩いて橋を渡り、伐採林の貯木場となっている台地鞍部へ。
途中、オフロード仕様のワンボックスカーに出合った。
いい車だなーと思いつつ見送ろうとしたら、すぐ横にとまって窓から話しかけてきた。
「どちらへ」「寒峰から降りてきて、これからマドの天狗へ」「ヘー、ホー、ところで寒峰への尾根で花は咲いてなかった?」「いんにゃ、見かけんかった。テンニンソウくらいじゃね」「ホーナー、ところでムニョムニョムニョ」「へー、ほんとに、いい情報ありがとう、ほいじゃね」ってなもんで、思いがけないところでいいお話を聞かせてもらいました。
それはなんたらという山で、こったらという花が咲いているというおいしい情報でした。
同じ徳島の山で一度登ったことがあるが、ルートが異なっており、山頂へ行くには難儀しそうなところだった。
うーん、残念ながらお返しできるいいネタを、わたしたちは持ち合わせていない。

貯木場では山積みされた貯木が置かれていたが、今日は日曜日で作業は行われていない。


       寒峰台地尾根                      ウツギ

フタリシズカの咲く林道から緩やかな尾根に乗り、台地を歩く。
少し歩いたところで四方峠を通過し、なおも嫋やかなコブをいくつか越えて…



                 寒峰・西寒峰および西尾根

途中で台地の腹にべったり腰かけて、持参してきたスイカやパイナップルをつまむ。
山で食べる水分たっぷりの果物は格別においしくて、すきっとする。
果物から摂取した冷たい水分が身体全体に染み込み、木蔭から吹いてくる風が辺りを包み込むようにしてふわりと通り抜けてゆく。

ヒーコラ!
重い脚を引きずりながら、何度か立ち止まりしては後ろを振り返る。、


                     マドの天狗

14:13、これで四度目となる山頂に立った。
木蔭で一休みしながら、スマホ談義。
佐々連さんとわたしはガラケー派、スマホを持っているアンジーパパさんは自称アナログ派。
パパさんはスマホの操作を奥方のがあべらさんに教授してもらってるそうだ。
三度同じことを訊くとさすがに優しいがあべらさんもたちまち鬼の形相になり、カミナリを落とす。
ところがご子息は大変によくできた子で、何度訊いても丁寧に詳しく教えてくれるという。
ほんとうか、信じられねえ、単なる親バカでねえのか、根性の悪いハラグロな私はそう思ったが、口にはしなかった。
いやいや、奥さんが正しい。

アンジーパパさんは、池田大橋の袂にパソコン教室の看板があって「何度でも聞いてください100回でもお教えします」という宣伝文句があるのやが、あれいいねーと感心してた。
パパさんの気持ちが素直に伝わってきた。


         高野の民家                   薔薇のアーチ

どっこいしょ、さて車の待つ高野へ下りますか。
小さなコブを何度もエスカレーターのように、上がったり下りたりしながら、ジャスト1時間で青い屋根のある高野へ降り、真っ赤な薔薇のアーチをくぐった。
朝、お会いした民家の方に駐車のお礼を述べて、車に乗り込み佐野へと走った。

取りつき地点8:12-西寒峰9:44-10:25寒峰10:44ー<途中昼食20分>-寒峰登山口12:06ー寒峰台地ー<途中休息13分>-14:13マドの天狗14:22-15:22高野


グーグルマップ(取りつき地点などの位置がわかる地図)→こちら
ルートラボ(時間・距離などがわかりやすい地図)→こちら
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