むらくも

四国の山歩き

国見山敗退の記…徳島県

2016-12-12 | 四国の山歩き
国見山            くにみやま



山行日            2016年12月7日
標高             1409.1m
取り付き地点         池田町川崎<山城町重実から国政橋を渡った対岸>
下山地点           山城町西宇<JR小歩危駅付近の吉野川に架かる赤川橋>
駐車場            なし<国政橋、赤川橋ともに国道32号線沿い広い路肩4~5台駐車可>
トイレ            なし
水場             赤川橋東標高おおよそ420mにある滝付近
メンバー           ピオーネ、むらくも



吉野川の小歩危付近に架かるやや小さめな橋が二本ある。
一本はJR阿波川口駅から32号線を3km弱走ったところにある国政橋で、この橋は1975年に早明浦ダム完成後の翌年に建造された吊り橋の歩道橋だ。
かつてはこの橋の下流を船で渡っていたらしいのですが、ダムの放流により危険だということになり橋が造られたとのこと。

二本目は国政橋より南に3km弱のところ、JR小歩危駅近くに同じく吊り橋で歩道橋の赤川橋だ。
初代の橋はこの地域の山林王であった赤川庄八さんが1921年ごろに架けたが、後に二代目の橋としてお孫さんの庄市さんが架け替え、その後山城町に寄付したものだ。
吊り橋の袂には記念碑と、庄八像が建っている。

いずれも趣のある橋なのだが、わがチマチマ隊の隊長であるチマチマおじさん、かつては坊主というニックネームで親しまれていたが、いつの間にか自ら改名してしまったおじさん、この橋に興味を示し、ここから国見山へ登ってみたいと言ってた。
その話を聞いたのが1年も前だろうか、今年になって登ったぞと、このブログにコメントを入れてくれた。
うっし、二番煎じになるが、番茶も出花、娘盛りは香りが良くておいしい。
なんのこっちゃ。


隊長からは橋二本の紹介があっただけで、ここから国見山へどう登ってどう下ったのか、情報は耳に入れていない。
国政橋を渡ってすぐに、右と左に二本の尾根があって、両尾根は南東にある標高897.5mにある三角点・正木を起点として派生している。
どちらの尾根を辿るか、行ってみて現地での判断に任せよう。
そして稜線を辿って、1018Pー1343P-1352Pを経て国見山山頂へ。
復路は1352Pまで戻り、中腹にある川崎から大歩危につながる破線の道と、赤川橋へ下る破線の道の三叉路への尾根を下り、赤川橋へ。

AM7時、妻と二人、自宅を出発。
気温は2度、夜明けのスキャットを歌いながら機嫌よく車を走らす。
突然、助手席の妻が、なに、それ歌ってるの?
ほたえ声の歌は何よ。

なにをゆうとんじゃ、夜明けのスキャットじゃが。
知らんのかい。

わたし夜明けのスキャットは知ってるよ、でもあんたの歌はスキャットやない。
なんなのかさっぱりわからんし。
誰が聴いてもゼッタイにわからんと思う。

朝食に食べたママ粒とタクアンを胃から口へもどしそうなくらいに気分が悪くなった。


     赤川橋                 32号線沿い広い路肩
急激に気温が下がったために、財田川は幻想的な川霧が発生し、まるで温泉の湯気が辺り一面もうもうと立ち昇っているように見える。
猪ノ鼻トンネル付近の気温は1度。
吉野川へ差し掛かるが、川霧はない。
吉野川の水温は財田川の水温よりも相当に低くて、気温との差がないのでこの日は川霧が発生していないようだ。

国政橋を通り過ぎ、赤川橋の様子を探りに先に寄った。
赤川庄八翁の銅像の建つ橋の袂には、通行注意の看板があった。
観光等の通行で万一事故が発生しても管理者は一切の責任を負いませんと書かれている。
合点、了解の助。
近くの32号線5~6台は止められそうな広い路肩に車を止め、一旦、橋を渡って、対岸の左右に林道があるのを確認した。

国政橋へと引き返し、8:35、スタート。


                  国政橋
1976年に建てられた橋なので、ちょうど40年になる。
冒頭にも触れたが、この橋の少し下流(川崎より)では船で川を渡ってたという。
地図ではすぐの対岸には集落はないが、中腹の標高500mから600mに正木集落があるので、生活道としての吊り橋だったのではないかと想像した。
正木へ通じる道が必ずある、この時点ではそう信じていて、その道は橋を渡って左側、写真の左尾根辺りではないだろうかと想像していた。


     グレーチングの歩道橋             踏み跡
ところが渡ってみると左には踏み跡がなく、川へ落ち込む急な崖。
踏み跡は右手についていた。
左手への道は長年の間に崩れてしまったのだろうか?
それらしい痕跡がないか目で周辺を窺ってみたがない。


      キシツツジ                     急斜面へ
右手の踏み跡を辿ってみた。
ブルーシート作りの小さな小屋の前を通り過ぎ、川岸の岩場に出てしまう。
ピンク色をした季節外れのキシツツジが咲いており、チンのような丸顔をくしゃくしゃっとほころばせた妻がラッキーと叫びながらカメラを構える。
道は途絶えた。
仕方がない、適当なところで取り付いて、尾根に乗っかろう。
斜面は50度はあっただろうか、これ以上の傾斜だと危なくて登れないぞという感じで、柔い土に積もった落ち葉でズルズル靴を滑らしながら這い上がる。
ロープは持ってきてない、少し後悔した。


        石垣跡                       茶花
岩をつかみ、小枝をつかみしつつ、頭の中ではおかしい、こんなはずではどこかに道があるはず、登りつつ考える。
だいぶ登ったところでハッと気づいた。
そうか、あれだったのか。
橋から右折してすぐの左上の幹に二段巻きテープが施されていたのを思い出した。
(帰宅して、偶然に撮った写真を拡大してみると写っていた(三段上の右「踏み跡」の写真))
うーん、なんだかなー、道には見えなかったなー、だけどあれしかないなー。

10:23、標高450m辺りに達したとき、石垣があって、その近くでお茶の木に白い花が一輪咲いている。
少し離れた緩斜面一面にお茶の木が点在していた。
ここは住居跡だったようやね、妻がポツリと呟いた。

いま、抹茶に凝っている。
朝目覚めてすぐに、そして食事の後で、パソコンの前で、寝る前に、なによりもお茶がとにかくおいしいのだ。
体にいいらしいと聞いているが、山間地の人はお茶を栽培して重宝したようだ。


        車道                   川崎国見山線
上のほうから車の走る音が聞こえてくる。
10:37、カーブミラーのある車道に飛び出した。
舗装されていて、いましがた走った車の轍跡がうっすらと残されている。
道の傍らに石柱があって、それには平成25年12月しゅん工、川崎国見山線と刻まれていた。


                  塩塚峰方面
車道の開けたところには枯れすすき、その向こうにはゆったりした稜線があって、塩塚峰らしい頂が谷の奥まったところに乗っかっている。
山肌の上下に見える集落は山城町にある中野と殿野のようだ。


     897.5m峰西尾根            折れた電柱?
ここで初めての休息を10分ほどとって、再び踏み跡のない標高897.5mから派生する西尾根に入り、しばらく進むと踏み跡が現れ、電柱のようなものが折れて転がっていた。
ポケットから地図を出して、現在地を確認したところ、川崎から正木を経て、大歩危へと繋ぐ破線の道だった。
時刻は11:05、登りだして2時間半にもなるが、標高はおおよそ600mの位置。
国政橋の標高が143mなので、その差460mも登ってない。
最近のスマホは便利で、歩いた道のりが即座に画面に表示される。
わずかに2km、2時間半もかかった。
日は短くて、この先は随分と遠い。
しかも赤川橋までの下りは不案内でどうなっているのか状態はわかっていない。

妻と相談して、山頂へ行くのを止めることにして、破線の古の生活道だった川崎大歩危間の横駆道を追って、赤川橋へ下ることにした。
当初計画よりは距離も累積標高差もグンと縮かまる。


         住居跡                   天狗岳方面
やがて土甕が転がり、石垣が現れ、屋根がつぶれ落ち、五右衛門風呂や洗濯機が転がるところに差し掛かる。
地図で確かめると、横駆道は三段描かれているが、一番下の三段目とその上の二段目とを橋渡しする道があって、傍に民家一軒描かれていて、いまそこに立っている。
(後日ログを確かめたところ、破線の道の上を歩いてはおらず、三段目と二段目の中間を標高600mの等高線に沿うように歩いていた)


            1018mP・1343mP、国見山
崩れ落ちた民家から続く踏み跡はやがて枝尾根にぶつかり、そこから尾根に沿って下ったところ、下には先ほど歩いた川崎国見山線の車道が見えてきた。
景色は180度南方向に広がっていて、1018mの尖がったピークと右奥に西祖谷山村と池田町の境界線がある1343mP、その右奥に小さく頭だけが出た国見山の山頂が映っていた。
国見山は遠い、目視3時間は十分に掛かりそうだ。


       川崎国見山線                  造成中
車道へ降りる法面は高かったが、幸い、下りる道は壁面にこさえてくれてた。
ホッ!助かった。

車道を歩いた。
しばらくのところで、全面通行止め、先では重機や人が動いている。
造成中のようだ。
想像だが、国見山の上登山口への舗装道に繋がるのではないかと思った。
完成はいつなのだろう?


      破線の道へ                    道消える
引き返した。
先ほど尾根から法面につけられたコンクリートの細い道のすぐのところに、破線の道と思われる踏み跡があったのでそれを辿る。
道はだんだんと藪になり、やがて途絶えてしまった。


      荒れた林道へ            住居地跡の開けた場所から
かまわず突っ切ったところ、林道に飛び出したが、利用されている気配はなく、荒れ放題。
11:50、石垣が現れ、前方に1018峰が見える開けた場所に出る。
地図には標高420mから480mの間に三軒の民家が描かれていて、そのうちの一軒が、林の中にぽつんと建っているのが見えたが、廃屋だった。
ミツマタコウゾを栽培していたのだろうか、ところどころに花芽をつけたミツマタの木が斜面に生えている。


                     大休止
廃屋から少し離れたところの空き地に座り込み、空を見上げながらお昼ご飯とした。
おにぎり二個、一個はチャーハン風、一個は梅干しとアラメの煮込み風。
牛乳が乾いた喉を潤してくれる。


    荒れ林道①                     荒れ林②
破線の道は途絶え藪の中、林道を追うことにした。
林道はときおり枝分かれしており、しばし立ち止まったり、迷ったり。


       小さな祠                 荒れた林道③
13:00、1018峰の西尾根先をグッとカーブするところに小さな祠が檜の立ち枯れの傍にあった。


                    林道④
崖になっていたり、うっとりするような自然林の中にあったり、1018峰中腹を南東に進む。
やがて林道は破線から外れ、尾根を登ってるのに気づいた。
来た道を戻って、破線の踏み跡を探したが、見つからない。
破線が続いている方向は深い谷になっていて、歩くにも難儀しそうな雰囲気だったので、尾根上に上がる林道を歩き、迂回することにした。


        炭焼き釜跡                  迂回①
突然林道はぷっつり途絶えてしまった。
踏み跡のない斜面を適当に横切りながら歩くしかない。
地図で1352峰の北西尾根の先にある破線三叉路をしっかりと頭に入れて、その尾根に向かって進む。

13:50、炭焼き釜跡の石組みが現れた。
道は獣道同然の状態だったが、たぶん、かつて炭焼きのために通った道だったのだろう。
その薄い踏み跡も途中で水平にゆくものと、下へ下る道と二手に分かれている。
エイヤッ、気合の占いで水平に辿った。


        迂回②                 破線のある尾根へ
苔で覆われた石ころや倒木を滑りながら歩いて、14:30、やっと目的の尾根に乗ることができた。
方向を北西に変え、下る。
14:45、尾根を横切るようにしてついている踏み跡に合流した。
目的の三叉路だったが、肝心の北西への踏み跡ははっきりせず、そのまま少し尾根を下って思い切り西に向きを変えた。
14:50、杉の落ち葉の上に白く塗装した金属製の器が転がっていて、その少し先から濃い踏み跡が現れ、ホッとする。
15:05、雨宿りが出来そうなちょっとした大岩。
15:15、炭焼きの石組み。
15:33、池田町三繩財産区の看板が現れ、岩を巻くようにして下ると次第に踏み跡が消え、岩ゴロに差し掛かる。
そこは地図に描かれた破線上で、谷へ向かってS字状にくるりっと巻いているところだった。


                     滝下部
七段になった小さな滝が流れていて、その下の沢を渡るが、踏み跡なく荒れており、再び踏み跡を見つけるのにやや難儀した。


       水の引き込み               右手の林道へ
水引き込みの機械だろうか、モーターのような音がウーンと唸っていて、そこから先は林道。
林道は左上へ行くものと右沢沿いに進むものと二手に分かれていたが、エイヤー、右に進む。
犬の鳴き声と車の走る音が聞こえてきた。


           廃車                   赤川橋袂
出ました!
朝、赤川橋を渡って確認しておいた場所に、そこには棄てられた廃車が…、あら懐かしや、出迎えてくれたのね。


       古い看板                    赤川橋
16:10、自分の体重でわずかに揺れる赤川橋を渡って、国道32号線へ。


      下流を眺める                 赤川庄八翁
小歩危峡を流れる水は結構急流で、遠くを見つめる分にはどおってことないですが、真下を眺めると足が竦む。
余談だが登りに使った国政橋は、NHK縦断こころ旅の火野正平さんが訪れた橋だそうで、正平さんは高所恐怖症なのでした。


       歩いた中腹尾根               32号線歩道
32号線を歩いて、国政橋付近の駐車地点に帰り着いたのが16:55だった。

国見山の稜線は昨年春に佐々連さんの計画で、徳善の有宮神社から川崎までをアンジーパパさんと三人で歩いたので稜線の様子は記憶に残っている。
歩きよい尾根だった。
そのときに地図を見たり、また佐々連さんの話を聞いたりして、東と西に横駆道があることを知った。
西は大歩危から正木を経由して川崎へ出る。
東は尾井ノ内を起点にして戸ノ谷、橋詰を経て、祖谷渓谷沿いに川崎へ出るが、途中、坊主谷を下って田丸、千足、山貝がある。
今回は横駆道を歩く計画ではなかったが、取り付き地点で失敗したことにより、奇しくも西横駆道の一部を歩くことが出来た。
これもなにかの縁だったのかもしれない。

国政橋8:35-10:35林道川崎国見山線10:45ー川崎国見山線通行止め地点11:23-11:55標高520m休憩ポイント(三角点・正木H897.5m南西)12:15ーこの日の最高到達地点<H840m付近>14:05ー破線道三叉路<H680m>14:50ー滝15:35ー赤川橋16:10ー16:55駐車地点(国政橋)


グーグルマップ(登山口などの位置がわかる地図)→こちら
ルートラボ(距離、時間などがわかる地図)→こちら
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