目心口窓Ⅱ-心裸万象-

目(あい)心(しん)口(く)窓(そう)Ⅱ(とぅー)-しんらばんしょう-

耳は心のアンテナ、目は心の窓、口は心の扉…

【固定】『コメントできるサイト』は『お花見の会場』の個人スペースみたいなものです

2017年07月19日 | 人間関係
人はインターネットで他人のブログやホームページを閲覧する時、パソコンの画面上でやっていることなので、

「自分の頭の中のこと」

と捉えているという話を聞いたことがあります。

『ネットマナー』というものがありますが、もちろん私もブログ上やmixi上、フェイスブック上でマナー(礼儀作法)に反することをしたりすることもありますし、ネット上だからこそそのマナー違反をできるというのもありますが、他者のブログやホームページの掲示板などにコメントする際のマナーは、一般社会では当たり前とされているマナー、つまり読んだ人に不快な思いをさせないであろう失礼のない発言を心がければいいと思います。

ネット上で他者のサイトやブログにコメントするのは、言うなれば

『お花見の会場で他の人のスペースに訪ねて行って声をかけるのと同じ』

だと思います。

他者のホームページやブログのことを『家』に例える人は多くいると思います、私も過去にそう思っていたことがありました。

ですが個人の『家』というのはたいていドアに鍵がかかっていて、鍵を持っている家人(家族)しか入れないようになっています。

彼氏や彼女にアパートやマンションの合鍵を渡したりすることはあるでしょうが、友達に合鍵を渡すという人はまずいないと思います。

ブログやホームページを鍵つき(パスワードを教えた人しか入室できないようにする)ことができるサイトもありますので、その場合は『家』と例えてもいいと思いますが、全世界から閲覧できるよう公開しているブログやホームページは、

『お花見の会場でビニールシートを敷いて陣取っている個人スペース』

のほうが例えとしては合っていると私は思っています。

ブログ、ホームページの掲示板、SNS、掲示板、チャット、プロバイダーサイトやユーチューブなどの『コメントができるページ』などにコメントするというのは、

お花見の会場の面識のある、または面識のない相手のスペースにお邪魔して声をかけるのと同じ

ということになります。

私は今では普段のブログはまったくコメントできないよう設定していますし、お仕事用ブログは基本的には記事にコメントできないように毎回書く記事に設定して、コメントをしてもらってもいい記事はコメントを受け付けるようにするようになりましたが、ネットマナーの悪い方からの匿名での批判・反論・非難コメントがあるようになったのがきっかけでした。

匿名での(匿名でなくても)批判・反論・非難コメントをするというのは、お花見の会場で近くのスペースで話している人の内容が聴こえてきてそれが受け入れられないからと、ずかずかと相手のスペースに乗り込んでいって、名前も名乗らず挨拶もせず、いきなり

「お前の言うことは違う!これこれこういうものだ!」

と自分の主観的価値観・主観的自己世界観を怒鳴るなりして感情でぶつけてきて押し付けているだけだと思います。

お花見スペース(ブログ、ホームページ)に記載している個人の主観的価値観・主観的自己世界観は自分がそういうことを考えていることを他者に知ってもらうために読んでもらうことを前提に書いているものですが、運営者は非難・批判・反論など求めてはいないものです。

閲覧した人がそれぞれ記事の内容(運営者の主観的価値観に基づく個人的世界観)に対してどう思うかは閲覧者の自由ですし、その記事の内容に対して

「こういう考え方もあるんですよ」

と『気づき』を与えようとするために自分の意見を主張することをしてはいけないと言っているわけではなく、自分の意見を主張しなければならないとき、自分の意見を主張する必要がある時に自己主張をすることは必要ですが、

自分が「あなたのしていることは気に入らない」からと「相手の心を正してやろう」として言ったり、
普段から相手のことが気に入らなくて攻撃できるチャンスが巡って来たから攻撃してやろうとか、
もともとなにかに怒りを抱えていてその怒りのストレスを発散させたくて相手を人間サンドバッグにしてやろうとか、

そういうことで相手の話に反論したり、批難をするために相手を否定する発言をして自己主張するのならば、それは『気づきを与える』ではありません。

そうではなく

「私はそれが自分の身に起きたらそれについてはこういう物の見方をするな」


というように、「それが自分の立場であったなら」を考えて実際に自分が「できること」を伝えるためなら言ってみるのもありでしょうけれど、そのサイトの運営者に自分の物の見方を伝えるコミュニケーションを取ろうとするのであれば、まず閲覧者は運営者の主観的世界観を「それも一理ありますね」という内容の運営者の価値観・世界観を認める発言をしながら、自分の意見を言うのが当たり前のマナーだと思います。

運営者の発言内容を主観的価値観・主観的自己世界観とは違うからと認められないために運営者に非難・批判・反論するという『否定』をするのはその人の頭の中ですればいいことであり、いちいち運営者にコメントで非難・批判・反論する必要はまったくないのです。

十人十色、百人百様なので、人生で体験したことも学んだ知識も取り入れた情報もまったく違う、

『生きている世界がまったく違う』

者同士なのだから、主観的価値観や主観的自己世界観がまったく違うのだから、相手の言っていることを理解できなくても当たり前のことですし、ただ相手を否定するためだけに非難・批判・反論しあうことはまったく時間という命とエネルギーの無駄遣いで、気分が悪くなり心地よくないだけで、暇つぶしはできるかもしれませんが、まったく意味がないことです。

そもそも、心が本当に健康で正しい主観と価値観と世界観を持っているのはイエス・キリストとお釈迦さまの心の境地に立った聖者だけなので、

それ以外の人は『エゴの物の見方と考え方』しかできないので、狂った価値観しか持っていないのです。

私たちエゴの物の見方と考え方しかできない者は狂った価値観しか持っていないということは、お釈迦さまの教えの『観音経』に書いてあります。

つまり、私もあなたも狂った価値観でしかこの世のコト・ヒト・モノを見ていないというわけです。

なにも正しいことも真理も言えないし、心について勉強を深めていてすら相手の心理も絶対的には見抜けないのです。


あなたは、お花見の会場に行って周囲のスペースの人たちの発言が気に入らないからと、マナーも礼儀作法も無視して相手のスペースにずかずか乗り込んでいって、名前も名乗らず挨拶もせず、いきなり否定の発言を吐くのでしょうか?

あなたは会社の同僚のブログやフェイスブックを閲覧して、次の日会社でその人にいきなり記事内容について非難・批判・反論しはじめるのでしょうか?

昔から言います、

「親しき仲にも礼儀あり」
「礼儀は人と人との間を美しくする」


インターネットは『お花見の会場』だと思われて、実社会(リアル)でならどういう対応をなさるかを考えて他者ブログにコメントなさるように心がけるようなさられるといいと思います。

ブログをしょっちゅう読みに来て記事内容に非難・批判・反論・反抗の思考をしたりその思考のコメントをなさり続けるくらいなら、そのブログを見に来なければいいことです。

中には、日頃のストレスの解消をする為とか親や上司とか他者への怒りを、親や上司などに直接逆らうのはとても怖くてとか、社内での自分の立場を守るために本人に怒りをぶつけられなくて、境界型人格障害などのような精神病な状態になっている方などが、

まるで相手を殴るように怒りをぶつけられる『人間サンドバッグ』な相手を探してあちこちの自分が気になった話題を書いているブログを見て、精神的に強い人に向かっていく方もいますが自分に反撃してこなさそうな大人しくて優しくて弱そうなブログ運営者を見つけたりすると、

そのブログの記事に自分が共感できようができまいがそんなことはおかまいなしに自分の怒りをぶつけ続ける人間サンドバッグとしての相手に勝手に決めて、非難コメントを書いて相手に怒りをぶつけてきたりする。

私はそれに真面目に自分がどうしてこういう発言をしているのかの説明をしたり相手の非難コメントに自分が思っていることをお返事したりすると、非難をしてきた方は自分が言い返せないようなこちらの返事は取り上げず、自分がさらに攻撃できると思ったことについて非難をしてきて、

単にその方は自分が本当に怒りを感じて怒りをぶつけたい相手は、親とか上司とか誰か他者なのに、その本人には怖くてとても反抗して反撃できないから、自分に反撃してこなさそうな弱そうに見える人を弱い人だと勝手に決めつけて、見つけたその怒りをぶつけるのに都合のよさそうだと勘違いした対象の人をただ怒りの感情をぶつけ続けるために非難コメントを書き続けて弱そうだと勘違いしているブログ運営者を人間サンドバッグにし続けようとする方もおりましたが、

運営者は誰も『誰かの人間サンドバック』になりたい人なんていません。

私はそういうコメントはサクサク削除するし、しつこいとブログ閲覧拒否に設定したりします、

それはされて当たり前です、そんな暴力をふるってるのと変わらないことをしているのに、なぜそのブログ運営者が自分のことを許してくれるだろうなんて思っているのですか?

自分がどこの誰かわからないだろう、顔もわからないだろう、本名もわからないだろうと、自分の居所をはっきりさせずいつでも逃げられるからとそういうことしている方って、勇気はないわけだし幸せではない不幸な方で幸せになるための心の癒し(セルフヒーリング)にも取り組まないで、自分の心が幸せになるための努力をしていない方だと私は思っています。

私は自分の時間という私の『命』を非難コメントを読むのに使う気なんてありませんし、

私は親からの身体的暴力・言葉の暴力を振るわれていたことがあったため、脳の障害があるんでしょう、非難や批判の言葉を言われても脳が拒否するらしく、読んでも頭に入ってこないし聴いても言葉を聴きとれません。

他人のブログを読んで批難コメントをしている暇があったら、フラワーエッセンスを摂るなりレイキヒーリングや大天使ヒーリングや聖人聖女の聖霊療法などのエネルギーをたっぷりと受け取ることで自分を愛してあげて心を『善』に向けていただきたいものです。

『引き寄せの法則』は『宇宙はその人の思考の波動に見合ったものをその人に与える』ということをお忘れなく。

非難・批判・反論の否定ばかりしている人が本当に幸せにならないのは、セルフヒーリングに取り組んで自分の心を癒やさず、他者の非難・批判・反論の否定をすることによってその思考の波動でそれに見合ったものを自分にくださいと宇宙に注文して、自分で不幸な出来事が起こるようにしているからだということですね。

非難・批判・反論の『否定』をするのと、『気づきを与える』のはやり方が違うということです。

あなたが顔写真を公開している人のその顔を見て、「弱そうだな」「反撃してこないだろう」と思い込んでも、本当にその人が「弱くて」「反撃してこない」人かどうかわからない、とても強い心の持ち主かもしれませんよ。

私など弱そうで優しそうで「お母さん」的な観音さまみたいな顔をしていてとても優しくておしとやかな弱そうな反撃してこない人だと勘違いされやすいのですが、算命学で私の生年月日で星を見ると、

「大天使ミカエルの剣のようなものを持っていてスパッと斬る」
「修行僧みたいなところがある」

ところがありますので、弱くて反抗してこなさそうな人というわけじゃありませんよ。


若いころにまともな栄養も摂れずに肉体労働で肉体を酷使して
生命エネルギーがあまり残っていない状態になって
ヒーリングエネルギーでエネルギーチャージして動いているから
言い合いバトルにエネルギーを割きたくないんで、
反論とかの非難コメントを書いてきた人は、

サクサクッと『ブログ閲覧拒否設定』にして
閲覧できないようにして、
エネルギーの無駄遣いをしないようにします。

あなたの主観・価値観での色付けで
ぎゃーぎゃー言ってくるあなたの相手をする気ありませんし、
あなたが長文でぎゃーぎゃーコメント書いてきても、

読みませんから!^▽^
非難攻撃してくるような心の境涯であるあなたのこと
どーでもいいんで!


人間サンドバッグ探して見つけては
ぎゃーぎゃー言いたいなら
ご自分のブログでやってくださいな。


人生若いころから一人暮らし歴が20年ほどですので、誰かがずっとそばにいて身を守ってもらったわけじゃないから、とっさに自分の身を守るためなら男の金玉を蹴り上げてやるくらいの気概はあります。


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