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梁文道:チベット問題の最大公約数を探る

2008-04-09 18:04:04 | 中国異論派選訳
チベット問題の最大公約数を探る-----民族和解のために
文:梁文道
出典:http://www.my1510.cn/article.php?5c3c61b62b4c77b1
http://duting.blshe.com/post/3272/184561



 2006年、ダライラマがインドで挙行したカーラチャクラ(時輪金剛)灌頂法会の席で、彼は最近のチベット人の毛皮を好む虚栄の気風を、低俗であるだけでなく仏教の教義にも反していると批判した。数日後、チベット各地で人々が続々と高価なヒョウ皮のコートやキツネの帽子などをおおっぴらに焼きだした。現地の役人はかんかんに怒った。彼らは「ダライラマを首領とするチベット独立派の計画的活動」とみなした。そしてチベット人に毛皮の上着を着るよう命令した。なぜなら、それは共産党の徳政で人々が良い暮らしを送れることを証明しているからだ。そして、毛皮を着るかどうかで人々の「政治的覚悟」をチェックした。(この事件の詳細は、チベット人作家唯色(Woeser)の『見えないチベット』参照)。

 このほとんどドタバタ喜劇のような事件は次の二つのことを物語っている。ひとつは、北京がなぜ国際民間外交の戦場でダランサラより優勢に立てないかということ、もうひとつは、外国に亡命しているダライラマがなぜチベット人の心の中で依然として大きな影響力を持っているのかということである。

 まず第一点について。今ではたぶんあえて中国を怒らせてまでチベット亡命政府の地位を承認する国はないだろう。しかし、民間のレベルでは状況はまったく異なる。大部分の西側の人々にとって、ダライラマは現職のカトリック法王ベネディクト16世よりも歓迎すべき宗教指導者だ。ダライラマはベネディクト16世が関心を寄せる堕胎や「性の乱れ」のような保守的と批判されるテーマにはほとんど触れない。彼のテーマは一貫して、平和・寛容・理解・慈悲である。だからたとえすべての人の支持を得られないとしても、少なくとも彼に反感を抱く人はほとんどいない。

 なぜ、チベットで騒動が起こるたびに、チベット独立の集会デモのたびに、おおぜいの俳優や著名人、作家、知識人が立ち上がって彼らを支持するのだろう? 反対に、中国政府を支持する「外国の友人」はこういうときはどこに行ってしまうのだろう? 多くの人にとって、ダライラマは善美で無傷の価値観を代表し、彼のチベットに関する訴えは今日の人権の価値観と完全に一致する。もっとあからさまに言えば、人々はダライラマを支援することを「義」と感じ、中国の顔を立てて分裂に反対することを「利」と感じている。

 2006年の「毛皮事件」が最もよい例である。ダライラマの主張は慈悲から出ただけでなく、普及している動物愛護運動にも符合し、世界の進歩的青年はこれを聞いたら支持しないものはいない。反対に、チベット地方官僚はあろうことかダライラマの影響を阻止するために、世界の潮流と野生動物保護の国家方針に違反して、チベット人に動物の毛皮を着ることを強制した。その優劣は普通の尺度では測れないほど大きい。

二、

 それと比べて、第二の問題は北京をもっと心配させるかもしれない。ダライラマがインドに亡命してすでに50年になるのに、その言動がチベットでかくも大きな影響力を持っている、その原因は何だろう? 最近のチベットの混乱を、当局は「ダライ集団」が後ろで操っていると言い続けているが、この言い方はよく分析する必要がある。まず、いわゆる「ダライ集団」とは必ずしもダライ本人をさすわけではない。チベット問題を多少なりとも知っている人は、「チベット青年会議」こそが亡命チベット人中の急進派であり、彼らの勢力は大きく、ネットワークは周到であることを知っている。ダライラマを崇めてはいるが、ダライの非暴力主義を公然と批判したことがあり、両者の間には潜在的矛盾がある。われわれはまだ内情を判断する十分な情報がないが、最近の事件は必ずしもダライ自身が指揮扇動したとは限らない。逆に、チベット人が暴力的活動を続ければ退位するというダライの声明は、たぶん「チベット青年会議」など急進派に対する圧力だったであろう。

 しかし、チベット人を街頭に繰り出させるような策動があったかどうかにかかわらず、また策動者が誰であったかにかかわらず、中国政府がまず問うべきは、なぜ過去数十年間大量の人力財力を投入してきたにもかかわらず、チベットのGDP成長率が毎年10%の成長をしているにもかかわらず、なぜ多くのチベット人が深い恨みと憤りを抱き、何かあると「雪山獅子旗」(チベット国旗)を手に取るのか?ということだ。私の見るところ、多くの中国人(原文で「漢人」、「漢族」は「中国人」と訳した、以下同じ)の知識人がこれを理解しがたいと感じている。彼らは、ある者は当局の官許の論調を信じ、共産党が神権統治の農奴制からチベット人を解放したと思っている。ある者は、中国の各省が長期にわたって自分たちの少ない予算の中から気前良くチベットに「カウンターパート援助」をしてきたのに、チベット人は少しも感謝せず、怒り出すと態度を豹変させるので、まったく理解しがたいと思っている。

 言うなれば、チベット問題はまったく霧に包まれていて、一歩近づくと、もともと信じていたいかなる簡単な立場も十分な根拠のある反論に直面するのだ。現在の西側メディアのニセ報道や中国メディアの情報コントロールがどちらも疑いをもたれるだけでなく、歴史上の謎はさらに人の目をくらませる。もしあなたが「昔から」、チベットが中国の一部だと考えているとすれば、あなたは非常に多くの時間をかけて古代宗主国の属国との関係が現代の民族国家とその管轄下の省の関係と同等であることを説明しなければならない(むしろベトナムはかつて中華王朝の一省だった)。翻って、もしあなたが「中国の侵略」以前に、チベットが少しの暴力もない平和な浄土であったと信じているとすれば、14人のダライラマのなかでわずか3人だけが天寿を全うできた事実をどう理解するのか? もしあなたが文革のチベットに対する破壊は許すことができないと思うのであれば、当時寺と仏像を破壊した勢力の一端はチベット人であったことを知るべきである。もしあなたが中共がチベットに対して許している宗教の自由がすでに十分寛容であると考えているのであれば、そして外国に亡命した多くの高僧が故郷に戻って寺を建てている(もっとも有名なのはディルゴキェンツェ(頂果欽哲)法王だろう)ことを知っているあなたは、現在のチベットの小学生は護符さえ身につけることを禁止されていることも当然知っているだろう。

 チベットの歴史に関しては、北京とダランサラはまったく別の説明をしている。前者は古いチベットは大部分の人が農奴の暗黒の土地であり、共産党が単独で彼らを希望に満ちた現代社会に連れてきたと強調する。後者はチベットを牧歌的で平和な桃源郷であり、戦争はなく霊性のみがあったとし、無神論の共産党がすべてを破壊したのだという。

 公平に見れば、両者は共に偏っており、信じるに足りない。チベットは確かに農奴社会であった。1951年以前(訳注:共産党の侵攻以前)、3大領主(訳注:共産党は旧チベット国政府、貴族、寺院をこう呼ぶ)の経営する荘園が全チベットの耕作可能地の62%を占めており、そのうちの37%が寺院の所有であった。大部分の平民は耕作のほかに領主のために終生労役を提供しなければならなかった。しかし、こうした農奴の実情は中国語で言うような「奴」の文字では括れない。身分は「奴」であっても、彼らの物質生活はそんなにひどくはなく、そのため共産党の「階級確定」の結果「富裕な農奴」などという奇妙な分類ができることになった。チベットはまた確かに仏教国であり、出家する人が人口に占める比率は非常に高い。しかし、他の世俗社会と同様、以前のチベットには少なからぬ暗闘や汚職、暴政があり、身分の高い僧侶の間での暗殺さえあったのであり、完全無欠の桃源郷には程遠かった(詳細は王力雄の『天葬』、Melvyn Goldsteinの古典的大著『A History of Modern Tibet 1913-1951』(中国語訳『喇嘛王国的覆滅』)、『The Snow Lion and the Dragon: China, Tibet and the Dalai Lama』を参照)。



 このようにさまざまな互いに矛盾する証拠と理論の上で、どちらか一方が自己の認識を堅持して行動の方向を決定するとしたら、結果の予測しがたいばくちを打つようなものだ。なぜこれほど多くの手がかりがダライラマから徐々に遠ざかっている「チベット青年会議」が騒乱の首謀者だということを示しているのに、中央政府はダライに罪を着せたがるのか? なぜ中央は陳思のような在野の学者の意見を聞こうとしないのか。また、独立を主張しておらず態度も温和なダライラマが亡くなる前に彼と対話をしようとしないのか?

 これは中国政府の打ったばくちである。みんなが知っているように、ダライが海外で転生したとしても、幼年の霊童では役割を果たせない。最近カルマパ17世(大宝法王)がチベット人の精神的リーダーの地位を継ぐといううわさがかしましい。その証拠のひとつは彼がチベット仏教各派の高僧にあてて「利美運動」(19世紀後半の宗派横断的な宗教改革運動)のときの挨拶祈祷文を公開で送ったことだ。これには各派をまとめようという意図がある。しかし、彼ほど身分が高くても、ダライラマがチベット人と世界中の支持者の心に占めている地位を代替することはできないだろう。間違いなく、ダライが去ったら中国は対処の難しい相手が一人少なくなるが、急進的な「チベット青年会議」がそれを契機に勢力を増すかもしれないではないか? 各種の極端な主張と暴力的手段が手綱を解かれた野生馬のように押し寄せるかもしれないではないか?

 しかし、中国政府にとっては、これもまた思う壺かもしれない。なぜなら、名実共に海外のチベット亡命政府全体を討伐すべきテロリストにしてしまい、昔日の平和的宗教の色彩を一掃できるからだ。人によってはそうしたテロ活動のもたらす破壊と犠牲を心配するが、リスクをとらないでばくちとはいえないだろう? さらに好都合なのは亡命チベット人運動が暴力路線に走れば、本来隠れていたいわゆる「外国勢力」も苦しい立場におかれる。彼らが直接中国と敵対することを望むだろうか? 公然と非暴力主義を放棄した組織を支持できるだろうか? 見たところ中国政府内のタカ派のダライラマに対する引き伸ばし作戦は、世の中で考えられているような愚策ではなく、むしろ相当賢い作戦である。最大の問題は中国がどれほどの代価を支払うかだけである。みんな長期間の武装闘争と強圧的弾圧の準備はできているのだろうか? すべての民衆が今後の生活を恐怖の中で過ごさなければならないことを知っているのだろうか?「新疆独立運動」以外にも、今後はもうひとつハイジャックグループが現れるかもしれないのだ。

 中国政府にはチベット人の間に普遍的に存在する憤懣に対し、強圧的な弾圧をする準備ができているとしよう。しかし、それでもチベット人すべてを消し去ることはできないし、中共の数十年来の論理で、「ごく少数のチベット独立派」と「絶対的多数の愛国的チベット人」を完全に分離することもできない。また反対に、海外に亡命したチベット独立運動が本当に可能性の最も少ない彼らの夢を実現し、チベットの独立を果たしたとしよう。彼らもまたチベット自治区の中に多くの中国人と回教徒が定住しているという現実に直面する。彼らを全員追い出せるだろうか? いわんや四川、甘粛、青海、内蒙古などのチベット人地区は多民族が混住している。したがって、どのような政治的立場を取ろうと、中国人やチベット人などの民族間のその後の付き合いの問題を真剣に考えなくてはならない。そうすれば徹底的にチベットの主体性を否定したり、完全に独立したりといった両極端の方向の間に、われわれは少なくとも一つの最低限度の共通点、最大公約数を見出すことは可能だろう。それこそが本当の民族和解である。



しかし中国政府のチベット問題処理の基本方向は奇妙なほど単純である。それはすべての責任をダライラマに着せるということだ。その目的はダライ在世中にかれを最大の敵に仕立て上げ、暴力組織になるかもしれない急進派を矮小化することに他ならない。そこで、官僚たちの話はどんどん凶悪になる。たとえば公安部長孟建柱は先週チベット視察をしたときに「ダライは仏教徒にふさわしくない」と言い放った。戦術論理から見て、この言葉は狙いを持った発言である。しかし、チベット人とチベット仏教徒が聞いたら、カトリック教徒に向かって法王がカトリック教徒にふさわしくないといっているのと同じではないか。彼らがどう感じると思う? 多くのチベット人が家にダライラマの写真を隠しているのはすでに公然の秘密である。もし本当にチベット問題のスムーズな解決と領土の保全を望むのであれば、政府はなぜこのようにチベット人の感情を無視できるだろう。戦術上の作戦のために戦略上の布陣を犠牲にし、たびたびチベット人の精神的リーダーを口汚く罵るのか? 彼らはこのようなやり方は多くのチベット人を一層面従腹背に追いやり、彼らの離反を促すことがわからないのだろうか?

 1998年、当時国家主席だった江沢民は訪問中のアメリカ大統領に公的な場で次のような話をした。「私が去年アメリカ訪問をしたとき、ヨーロッパのいくつかの国を含めて、多くの人が教育水準が高く、知的水準も高いのに、それでもラマ教の教義を信じていることを発見した」。彼の言いたいことは明らかである。「ラマ教」はかくも愚昧で遅れているのに、お前たち文明開化した西洋人はなぜまだそれを信じているんだ? どんな基準で見ても、これは驚くべき発言である。国家元首たるものがどうして公然と国内の主要な少数民族の信仰を侮辱できるのだろう? クリントンがユタ州の州民の教育水準はこんなに高いのに、モルモン教を信じるのは奇妙だと言うだろうか?

 もし、国の指導者がこうだとしたら、そのほかは推して知るべしである。近年の『西蔵日報』をめくってみたら、われわれは次のような観点を発見する。「チベットは歴史地理など多くの要因の制約により、経済社会の発展レベルが遅れており、封建農奴社会の残した迷信・愚昧・非科学な考えが農牧民大衆を縛っている」。感慨深いのは、政府と当局メディアだけでなく、一部の知識人も最近の事件について「チベット人の民族性は単純素朴で、人にだまされやすい」などと放言していることだ。チベット問題について平素から開明的で適切な在野の学者王力雄でさえも彼の盲点がある。彼はかつて「ラマ教」という中国仏教からの偏見に満ちた呼称でチベット仏教あるいはチベット人が好む「金剛乗」を指し示し、また簡単な環境決定論でチベット人の宗教への渇望を説明している。



 ここまできて、われわれはいわゆるチベット問題は実はその半分が中国人自身の問題であることを難なく発見する。身分の高い者から庶民まで、チベットの民情や文化に最低限の認識も尊重もないだけでなく、複雑で微妙な民族問題にまったく鈍感である。さらに言えば、中華人民共和国は多民族国家とは言うが、我々の少数民族政策はずっと不完全であった。一つには我々はただ彼らを少数民族とみなして一方的に働きかけてきたが、中国人を主体とする多数派民族グループがいかに他の民族と共存すべきかを省みてこなかった。二つ目は、少数民族政策の範囲がかなり狭く、民族の視点を適切に他の政策に反映させていなかった。

 文革遺産の清算を例に取ろう。パンチェンラマが文革発動4年前に中共中央委員会に提出した「7万言の意見書」によると、「民政改革(訳注:1951年の中国軍のチベット占領後の改革)前のチベットには大中小の寺が2500軒あったが、民政改革後は政府が残したのはわずか70軒あまりであり、97%以上減少した。大部分の寺には人が住んでおらず、大経堂などの建物は誰も管理せず、人為的及び非人為的な破壊は非常にはなはだしい。すでに倒壊したり、倒壊中の状態である」。文革の10年間は、僧侶は強制的に還俗させられ、寺院の略奪の惨状は一層ひどくなった。一部の論者はこれらのことがチベットにもたらした災難は確かに巨大であったと認めている。しかしすぐにチベットだけでなく「あの10年は全国各地も同じように被害を受けた」という。言外の意は、みんな昔はひどい目にあったのだから、お前たちチベット人は昔の事を持ち出してつべこべ言うなということである。これこそが民族問題に鈍感であることの絶好の例である。同じ文革でも、中国人にとっては仲間同士の闘争だが、チベットでは中国人がチベット人を弾圧したのだということが全くわかっていない。だから、こうした歴史の傷跡の処理をするときは、政府はとりわけ気をつけなければならない。金を出して寺を修復するだけではなく、中国内地より徹底した解決案(歴史の真相究明と謝罪)をして始めて、民族の和解の基礎ができる。

 ケベック問題があるにもかかわらずおおむね平和なカナダと比べて、中国は一貫して真剣に多元文化の路線をとったことがなかった。まず、われわれはいわゆる「普通話」が実は現代中国語だということを認識すべきだ。多くの官僚がチベットの教育普及がいかによいかを自慢するとき、チベット人の青少年にとって、彼らが学んでいるのは母語ではなく、しかもそれを道具として中国人の同年齢者と大学入学や政府の公職への就職を争わなければならないことをたぶん考えたことはないだろう。その違いが重点大学へのチベット人の入学率の低さをもたらしている。

 もしも、チベット語で大学入学試験の受験を認めるという考え方が実際的でないというならば、各地の中学高校でチベット語とウイグル語のクラスを設けていることも奇想天外なことである。さらに、現在の教材の内容を見てみよう。多民族共存の現代国家であるにもかかわらず、我々が教えている歴史の教科書は、唐宋元明の王朝の歴史である。吐蕃王国はどこにあるのか? 異民族の国は? 同様に、旧暦の新年は法定休日であるが、チベット暦の新年は? 全国的休日にしないにしても、中国人の子供もチベット暦とイスラム暦の基本的知識は持つべきだろう。

 本当に完全な民族政策は、各少数民族の居住地内での伝統文化と権益の保障だけでなく、ましてや彼らを中国人の言うところの「中華文化」に溶け込ませることだけでもない。むしろ、人口の多数を占める中国人もまた他の民族の文化的伝統を学び、平等に他の民族と付き合うことである。



 私はテレビで一部の青年僧も先月の事件に参加したのを見た。そして石と棍棒を握っていたのを……彼らの怒りを私はできるだけ理解したい。ここに13世紀の偉大な修行者ギェルセー・トクメー・サンポ(嘉瑟・戊初・東美 Rgyal-sras Thogs-med Bzaṅ-po-dpal もしくは Gyalsey Ngülchu Togmey Zangpo もしくは Ngulchu Gyalsey Thogme Sangpo, 1295-1369*)の「菩薩行三十七頌」の一部を引用させていただき、チベット人と中国人の真正の和解を祈ろう。
「たとえ人が口汚く私を罵り、千万世界のあちこちに言いふらしても、慈悲により、私はその人の功徳を賛美しよう、それこそ菩薩の修行である」。
「大きな集会で、人が侮辱的な言葉で私の隠れた欠陥を暴いても、恭しく彼に礼をし、法友とみなそう、それこそ菩薩の修行である」。
「私が生まれたときからかわいがってきた人が私を敵とみなしても、母親が病気の子供に接するように一層彼を愛そう、それこそ菩薩の修行である」。
「もしある人が私の頭を切ろうとしたら、たとえ私に少しの誤りもなくても、慈悲心の力で彼のすべての悪行を担おう、それこそ菩薩の修行である」。

*中国語名からのチベット語名の特定は東京寺男日記の教示による(5/10)。梁文道氏にも確認済み(5/12)。http://d.hatena.ne.jp/ajita/20080423
中国語訳仏子行三十七頌 http://www.china-drikung.org.tw/L5B.htm
チベット語原書書誌情報 http://repository.tufs.ac.jp/handle/10108/14635
ダライラマ14世の注釈付英訳書 Commentary on the Thirty Seven Practices of a Bodhisattva (Library of Tibetan Works and Archives), South Asia Books (1996/05)
ダライラマの菩薩行三十七頌をめぐる法話 dngul chu rgyal sras thogs med bzang po'i rgyal sras lag len so bdun gyi bka'khrid〈H.H.the Fourteenth Dalai Lama, Tenzin Gyatso〉日本語訳『ダライ・ラマ 生き方の探究』春秋社 (1997-10-30)

(転載自由、要出典明記)
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1 コメント

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とても深い内容ですね。 (大橋 正幸)
2010-02-08 23:26:50
またお邪魔します。

ありがとうございました。

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