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斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」 「皇室の御活動」という「***判」 vol.430

2017-06-30 15:50:45 | 斎藤吉久

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 平成29年6月27日発行 vol.430
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 斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
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「皇室の御活動」という「***判」
──なぜレーヴェンシュタインを引用するのか 6
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 私は運動家ではありませんが、やむにやまれぬ思いから、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを、ひとりで始めることにしました。いまのままでは悪しき先例が踏襲されるばかりです。趣旨をご理解の上、友人知人の皆様への拡散を切にお願いします。
〈https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB〉

 さて、以下、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第2章 有識者ヒアリングおよび「論点整理」を読む

第4節 なぜレーヴェンシュタインを引用するのか──市村眞一京大名誉教授の賛成論


▽6 「皇室の御活動」という「***判」

 もう一度、政府の資料に目を向けてみます。ヒアリング事項の筆頭に置かれているのは、「象徴天皇制度と皇室の御活動の意義について」でした。

 政府の発想は、とりわけ民主党政権下の発想は、現行憲法下の「象徴天皇制度」の維持であり、けっして古代から連綿と続く天皇の制度ではありません。その本質は、戦後の憲法学界に君臨し、いまなお多大な影響力を持つ宮澤俊義東大教授(憲法学。故人)が言い切ったように、

「憲法に書いてある天皇の行為は、すべて儀礼的・***判(注。差別用語ということで、ネットに載らないようなので、伏せ字にしています)的なもので、なんら決定の自由を含むものでないことは、明らかだ。

 昨年(1952年)8月の衆議院の解散のとき、首相はまだ閣議で決まってもいない解散の詔書に天皇の署名をもらい、数日あとで閣議にかけてそれを決め、その詔書を発したということだ。

 天皇が署名したときは、たぶん日付も書いてなかったのだろうから、天皇はいわば白紙に署名させられたわけで、ずいぶんばかばかしい役目のようだが、日本国憲法の定める天皇の役割は、つまるところ、そういうものなのだ」(『憲法と天皇 憲法20年 上』昭和44年)

 という理解なのではありませんか?

 羽毛田長官は皇族方の意見を聴こうともしないどころか、口封じをして、過去の歴史にない女帝容認の皇室典範改正を急ぎ、民主党政権に秋波を送り、鳩山内閣は中国の習近平副主席のゴリ押し天皇会見(正確には「ご会見」ではなく「ご引見」)を強行し、菅内閣は歌会始の日に内閣を改造したことがあらためて思い起こされます。

 特例会見の是非が問われたとき、会見を決定した小沢一郎幹事長(当時)などは、語気を荒げて

「天皇陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認で行われるんだ、すべて。それが日本国憲法の理念であり、本旨なんだ」

 と記者会見で言い放っています。

 政権をとれば、天皇をも自由に動かせる、つまり、天皇は実質的に内閣の下位に位置する名目上の国家機関に過ぎない、という居直りと聞こえます。国民の名において、政府の責任で何でもできる。むろん皇族方の意見を聴く必要もない、というのが、有識者ヒアリングの本質かも知れません。

 天皇に「***判」を押させる現行憲法の解釈・運用こそが、「女性宮家」創設を推し進めているのです。皇室の御活動の維持とは、まさに「***判」なのです。だとすれば、内容の吟味は不要です。

 考えてもみてください、天皇の国事行為はともかく、社会福祉やスポーツ振興などに関する皇族方のご活動はそれぞれの皇族方がほとんど自発的に行っていることで、政府が法改正してまで、立ち入るべき領域ではありません。政府のいう「皇室の御活動の維持」が便法に過ぎないことは明らかでしょう。

 しかしながら、もし市村先生のような希代の泰斗にしてもなお、皇室を取り巻く苦境がご認識いただけないのだとすれば、現代において、天皇・皇室を本格的に論じることがいかに困難か、がつくづく思い知らされます。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります

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