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安倍流保守陣営を批判するだけでは足りない

2017-05-13 13:42:39 | 斎藤吉久

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 平成29年5月11日発行 vol.385-2
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 斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
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安倍流保守陣営を批判するだけでは足りない
──伊藤智永毎日新聞記者の有識者会議報告批判を読む
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「サンデー毎日」5月28日号に、伊藤智永記者が「退位問題を徹底考察!! ポスト平成時代の天皇論」を書いている。

 伊藤記者は、陛下が昨夏のお言葉で問題提起した「象徴のあり方」をめぐる本質的な議論を、有識者会議が切り捨てていると指摘しているが、そこまではまったく同感である。

 陛下が国民に問われたのは、退位の認否ではなくて、戦後の象徴天皇制度のあり方そのものであろう。それに対して、もっぱら退位の認否と法制化の方法論にほぼ終始した有識者会議は大いに批判されてしかるべきだと思う。

 伊藤記者のこのような記事が現れたことに、私は心から敬意を表したい。ただし批判もある。


▽1 有識者会議は動かなかった

 発端となった昨年8月のお言葉とは何だったのか、伊藤記者は次のように解説する。

「天皇陛下は自らの体験を省察した結果、天皇の象徴性は、憲法に列挙された国事行為だけでは実現されないと確信した。どうすれば象徴天皇であり得るかは、時代に応じた独自の行為を積み重ねることによって造形するしかなく、象徴天皇制として成り立つかは、国民の理解と共感によって肉付けできるかにかかっている。

 

象徴天皇を具体化し、続けていくのは、優れて創造的な営みに他ならず、そのための体力と気力と感性、若さと成熟のバランスが必要である。自分と皇后が創始した象徴のあり方を、公務縮小や摂政という空白や中断を挟まず、この先も息長く継続させていくためにどうすべきか、政府と国民が皆で考えてほしい、と問いかけた」

「天皇主権が国民主権に変わった戦後民主主義でも天皇制を続けていくなら、象徴天皇制でいくしかないと憲法は定めた。

自分と皇后は生涯かけてその実践に努めてきたが、政府と国民はこの先も象徴天皇制を続けていく意志がありますか、あるなら制度の改革が必要だが、何年も前から政府に働きかけても、政治家は火中の栗を拾おうとしない。

官僚任せの先送り癖と事なかれ主義で一向に動いてくれなかった。やむを得ず、思い切って国民に直接『個人として、これまでに考えて来たこと』『私の気持ちをお話し』するので検討してほしい、と行動された」

「政府と国民に求められたのは、象徴天皇制に対する支持の再確認、天皇、皇后両陛下が実践してきた象徴としてのお務めを評価するなら『平成流』の定着と継続に協力してほしい、また象徴制の担い手を安定的に確保(皇統継続)するために不可避な女性宮家創設または女性天皇容認を早く決断してほしい、という点にあったのは明白である」

 しかし有識者会議は動かなかったと指摘し、伊藤記者はさらに安倍流保守陣営への批判を展開している。


▽2 なぜ祈りに注目しないのか

 伊藤記者と私の違いは4点である。

 まず、「平成流」である。

 陛下が皇后陛下とともに実践的に築き上げられてきた象徴天皇のあり方を、皇室ジャーナリズムはしばしば「平成流」と呼んでいる。伊藤記者によると、陛下はお言葉で、国民に「平成流」への支持を求めたと解釈しているが、そうではないと思う。

 もともと陛下は「平成流」を認めておられない。ご在位二十年の記者会見では、ずばり「平成の象徴像というものをとくに考えたことはありません」と答えられているほどだ。陛下は、新しい皇室像を作られたのではなくて、歴代天皇に思いを馳せ、歴史を引き継ぐことの重要性を指摘されている。

 ついでながら、伊藤記者は「生前退位」なる表現を使用しているが、そのような皇室用語はない。女性天皇・女系継承容認=「女性宮家」創設を陛下がお望みであるかのような解説は勇み足だと思う。

 第2に、それと関連して、伊藤記者が「宮中祭祀の多くは近世末期、人為的に創造された」と断定しているのには、承知できない。

 陛下はいみじくもお言葉で、「天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来」られたと仰せで、伊藤記者がいう「平成流」のご活動はこの祈りの結果であり、その祈りは「およそ禁中の作法は神事を先にす」(順徳天皇「禁秘抄」)と歴代天皇が信じた、天皇=祭り主とする古来の皇室観による。

 振り返れば、宮内庁によるご公務ご負担軽減は、ご在位二十年を機に、ご年齢とご健康を名目に始まったが、もっぱら標的にされたのは祭祀であり、ご公務は逆に増え続けた。

 このご負担軽減策の失敗によって、皇室の伝統と憲法の規定の2つを大切にされることを繰り返し表明されてきた陛下の苦悩がいちだんと深まったことは明らかだろうし、昨夏のお言葉へとつながったことは容易に想像される。

 伊藤記者が陛下の祈りに注目しないのは、偏見でもあるのだろうか。祭祀の多くは明治の創作とする理解も疑わしい。

 明治以前は大祭級では神嘗祭(かんなめさい)、新嘗祭(にいなめさい)の2祭、小祭級では歳旦祭(さいたんさい)、祈年祭(きねんさい)、賢所御神楽(みかぐら)の3祭、そのほか四方拝(しほうはい)、節折(よおり)、大祓(おおはらい)の3式がすでに定められていた。

 新たな祭祀には、元年8月に創祀された明治天皇誕生日の天長節などがあるが、これを「祭祀の多くは」と表現するのは無理があろう。正確な議論を望みたい。


▽なぜ宮内庁を批判しないのか

 第3に、伊藤記者は政治記者だから、勢い安倍政権批判に傾くのは理解できないわけではないが、バランスに欠けていないか。

 憲法は国事行為については定めているが、ご公務には法的根拠はない。であればこそ、陛下は全身全霊をもって、みずから象徴天皇のあり方を模索し続けてこられた、そうせざるを得なかったのだと思う。

 戦前は皇室典範を頂点とする宮務法の体系があったが、日本国憲法の施行とともに皇室令は全廃され、それに代わる法体系はこの70年、作られなかった。

 この不作為を批判されるべきは、安倍政権ではなくて、日本国民とその代表者たちである。だからこそ、陛下は主権者とされる国民に問いかけられたのではないか。

 第4は、舌鋒鋭い政権批判に引き替え、伊藤記者の記事には宮内庁批判が見当たらないことである。

 伊藤記者は陛下のお言葉を高く評価しているが、なぜ陛下はみずからビデオでお言葉を発せられなければならなかったのだろう。宮内庁長官ほか側近たちがお気持ちを代弁することはできなかったのか。

 あまつさえ、関係者のリークと思われる「生前退位」報道がことの発端とならなければならなかったのは、なぜなのか。

 私は、宮内庁の機能不全は明らかであり、批判されてあまりあると思うが、伊藤記者はそうは思わないのか。それとも宮内庁批判は次号に載るのだろうか。

「生前退位」なる用語でイメージ操作しようとしたメディアの責任も避けられないと思う。

◇ 筆者のプロフィール ◇

斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 昭和31年、第32代崇峻天皇の后・小手姫(おてひめ)が里人に養蚕と機織りを教えたとの物語が伝えられる福島県・小手郷(おてごう)に生まれる。子供のころ遊んだ女神川は姫の故事に由来する。弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者、宗教専門紙編集長代行などを経て、現在はフリー。著書に『天皇の祭りはなぜ簡略化されたか』など。過去の発表記事は斎藤吉久のブログで読める。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦(あしづ・うずひこ)の「没後の門人」といわれる

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