読書日和

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「ユング自伝 Ⅰ -思い出・夢・思想-」編:ヤッフェ 訳:河合隼雄、藤縄昭、出井淑子

2017-03-20 18:08:55 | 心理学・実用書


今回ご紹介するのは「ユング自伝 Ⅰ -思い出・夢・思想-」(編:ヤッフェ 訳:河合隼雄、藤縄昭、出井淑子)です。

-----内容&感想-----
ジークムント・フロイト、アルフレッド・アドラーと並ぶ心理学三大巨頭の一人、カール・グスタフ・ユングの自伝です。
この本は昨年の7月に買ったのですが当時は読む気力が出ず、そのまま読まずにいました。
今回は直前に読んだ「こころと人生」(著:河合隼雄) でユングの名前が何度も出てきたこともありついに読む気力が出たので読んでみました。
この本は基本的にヤッフェという人がユングに色々と質問して、その答えを書き留めて本にしています。
また幼児期の思い出についてはユング自らが書いたとのことです。
当時80歳を越えていて執筆するのはだいぶ大変だったようなのですが、それでも書きたい強い思いがあったのだと思います。
読み始めてみるとかつて初めてユングの本を読んだ時(ユング名言集)と同じく「やはり文章が抽象的だな」という印象を持ちました

「プロローグ」
「私は内的な出来事(心の中の出来事)にてらしてみる場合にだけ自身を理解することができる」
この時83歳になっていたユングは、「私の一生の外的な出来事(外の世界での出来事)についての回想は、大部分色あせ、消えうせてしまった」とも言っていました。
しかし内的な出来事については強く記憶に刻まれていて、ユングの場合は外的な出来事より内的な出来事のほうが人生において圧倒的に重大だったようです。
そしてこの自伝は内的な出来事を取り扱うとありました。


「Ⅰ 幼年時代」

「男性と女性への印象」
ユングは幼年時代、母(女性)には「あてにならない」という思いを持ち、父には「信頼感と無力さ」という思いを持っていました。
この印象が後年になって修正されたらしく、「男の友達を信用して失望させられたのに対し、女性は信用していなかったのにもかかわらず失望させられはしなかった」とありました。
失望させられた男の友達が気になるところでした。

「キリスト教への悩み」
ユングの家はプロテスタントのキリスト教を信仰していました。
しかしユングは幼い時にお祈りの際の言葉に感じた違和感から、キリスト教を心の底からは信じられずにいました。
本人は何とかして信じようとしたのですがどうしても心の底からは信じることができず、だいぶ苦しんだようです。

「3歳の時に見た悪夢」
「面白くてよくわかる!ユング心理学」(著:福島哲夫)にも出てきたユングが3歳の時に見た悪夢の話が詳しく書かれていました。
不気味な場所で男根神ファルロスに遭遇した夢で、それからずっとユングの心に強く刻まれることになり、65歳まで誰にも言わずにいました。
私の場合は、押し入れに隠れたらその押し入れを開けて鬼がこちらを見ている夢を見たことがあり、今でも忘れられないです。
強烈な夢は何十年経っても忘れられない場合があるのだと思います。


「Ⅱ 学童時代」

「神経症とは何か」
12歳の時ユングは学校帰りに級友に襲撃された事件がきっかけで発作を頻発するようになり、学校も休んでいました。
しかしある日、家の中で父と客がユングのことを話していたのを聞いてしまったのがきっかけで「こん畜生!発作なんか起こすもんか」という強烈な決意のもと、猛勉強を始めます。
その気迫によって段々と発作が起きなくなり、二、三週間後には学校に行けるようにもなりました。
この時の経験によってユングは「神経症とは何か」を知ったとのことです。
これは「神経症など根性の問題。根性で克服するんだ!」というような妙な解釈をしないように注意が必要だと思います。
ユングがこの時発作を克服したのは、自身の内側から沸き起こってくる爆発的なエネルギーが心身症を上回ったからだと思います。
それは本人の内側から自然に沸き起こらないと意味のないもので、外から「根性を出せ!」などと迫るのは逆効果です。

「神が望んでいるものは何か」
ユングは「自身に対して神は何を望んでいるのか」について、連日考えていました。
そしてついに「明らかに神さまもまた、私に勇気を示すことを望んでいられるのだ」という結論が出ます。
この結論が出るまで連日考え通していて、10代前半の学童がこんなことをやっているのは凄まじいなと思いました。

「悪魔についても研究」
この世界の有りようについて、神だけでは説明できないほど堕落した部分があると考えたユングは、「悪魔」もこの世界を形作っているのではと思うようになります。
そして父の書斎に行き連日悪魔について様々な本を読み漁っていて、この神や悪魔の謎を調べることへの熱意は尋常ではないと思いました。

「ユングの学童生活」
ユングの学童生活はホラ吹きやぺてん師呼ばわりされる辛いものでした。
あまりに天才すぎて言っていことが教師をも大きく上回っているような場合はこんな扱いを受けることがあるのだと思います。


「Ⅲ 学生時代」

「唯一の宝物」
私の自分についての理解は私のもっている唯一の宝物であり、最も偉大なものである。
この言葉は印象的でした。
私は「宝物」と聞くと何かしらの目に見える「物」や、あるいは人とのかけがえのないつながりなどを想像するのですが、自分自身の内面についての理解を「唯一の宝物」とする人は初めて見ました。
この本が自分自身の内面の動きを凄く丁寧に書いているのにも通じています。

「意識とは別のもの」
ユングは自身が見た印象的な夢について、「どこからそんな夢が出てきたのか」「なぜそれが意識に上ってきたのか」ということを考えます。
そして人間には意識以外にも何かがあることに気づきます。
「意識の光に照らしてみると、光の内側の領域は巨大な影のように見える」という考えを見て、この時にユングは、後の分析心理学(ユング心理学)でも大きく扱う「無意識」の存在を強く感じ取ったのだと思いました。

「精神医学の道へ」
「自然科学」と「比較宗教学」に興味を持っていたユングは、長い間悩んだ末に自然科学を選択し、大学の医学部に入学します。
そして就職をどうするかを考えるようになった時、ユングの前には内科で良い経歴を積んでいく誘いがありました。
しかしこの時ユングは、国家試験のために仕方なく読んだ精神医学の教科書がきっかけになり、精神医学に強く興味を持ちます。
ユングは「自然と霊(スピリット)との衝突が一つの現実となる場所が、ついにここにみつかったのだった。」と語っていました。
これは「自然科学」と「比較宗教学」の両方が一つになるのが精神医学であり、これこそが自らの天職だと悟ったということです。
しかしこの当時(1900年頃)、精神病の患者は隔離した病院に閉じ込めておくしかないという考えが主流だったらしく、そこに携わる精神医学者も変り者と見られたようです。
なのでユングの精神医学の道に進むという決断は回りから驚かれたり呆れられたりしていました。


「Ⅳ 精神医学的活動」

「当時の首里城とは違う治療姿勢」
ユングはスイスのチューリッヒのブルグヘルツリ精神病院で働き始めます。
当時は精神病者の心理は全く問題にされず、機械的に診断を下し、後は病院に入院させて終わりというのが主流だったのですが、ユングは「いったい何が実際に精神病者の内面では起こっているのか」に強い関心を向けます。
そして患者が今までどんな経験をしてきたかを知るために「連想検査」や「夢の解釈」という言葉が出てきていて、この頃に後のユング心理学の土台を作っていったのだなと思いました。


「Ⅴ ジクムント・フロイト」

ジークムント・フロイトはカール・グスタフ・ユング、アルフレッド・アドラーとともに「心理学三大巨頭」と呼ばれていますが、当初精神医学の学会では変人として扱われ、誰にも相手にされていませんでした。
しかしユングは自身が患者と向き合ってきた経験から、フロイトの言っていることは概ねおかしなものではないと考え、学会でもフロイトを弁護するようになります。
ただし「あらゆる神経症が性的抑圧あるいは性的外傷に由っている」という考えについては、たしかにそういう事例もあるが、全部がそうではないと考えていました。
これが後にフロイトとの決別につながるのですが、最初にフロイトを弁護した時点で既にこの部分の考え方は違っていたのだなと思いました。

「決別を予感する言葉」
「しかし私は、私の権威を危うくすることはできないんだ!」
その瞬間に、彼(フロイト)は彼の権威を失ったのだ。
その言葉が私の記憶に灼きついた。
その中に、私たちの関係の終りがすでに予示されていた。
フロイトは個人的権威を心理の上位に位置づけていたのである。

権威主義な面を持っていたフロイトのこの言葉を聞いてユングは自身が間もなくフロイトと決別することになるのを予感しました。


「Ⅵ 無意識との対決」

「幻覚を見る」
フロイトとの決別後、ユングは恐ろしい幻覚を見るようになります。
大洪水がヨーロッパを襲ったり、海が血の色になったりするものでした。
この異様な幻覚を見たことについて、ユングは自分自身が精神病に脅かされているのだと結論づけます。
しかしその後すぐに第一次世界対戦が勃発し、ユングが見た幻覚はそれを暗示していたことに気づきます。
この経験から、ユングはこの幻覚を見せてきた自身の「無意識」について徹底的に分析、対決します。
この対決の中でユングは自身(男性)が無意識の中に持っている女性像(アニマ)と、その逆の女性が無意識の中に持っている男性像(アニムス)の存在を見出だしていました。
ユング心理学の重要な考えである「元型」についてもこの時の無意識との対決によって考えが確立されていきました。
自身の無意識との対決の様子は病的にも見えるもので、よく精神がおかしくならずに済んだなと思います。


抽象的に書かれている部分が多く、なかなかスムーズには読めませんでした。
しかし引きつけられる部分も結構ありました。
この続きの「ユング自伝 Ⅱ」があるので、またいずれ読む気力が出たら読んでみようと思います。


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