思考の部屋

日々、思考の世界を追求して思うところを綴る小部屋

ニッポンのジレンマ・効率性

2016年11月08日 | 思考探究
 時々深夜にNHKで「日にのジレンマ」という番組が放送されています。10月30日(日)の番組では「文化と効率性のジレンマ大研究@京大」と題して京大の若き研究者が集い語られました。

 「不便が人の本質」という話の中で「一見効率的ではないようなことが逆に効率的であった事例」として、ある研究者から次の話が紹介されました。

 京都の舞妓さんが踊りを習うときに、現在の効率的な方法によれば「手のひらを右何度に傾け、肘を何度に傾けて」と教示すればロボットでも真似ができますが、あえて「舞い散る雪を拾うように扇子を出してください」という。これは表面的には効率的ではないのですが、伝統を受け継ぐためにはこちらの方が人の解釈によっては新しい伝統を作ってくれたり変わって行ったり、ニュアンスを引き継げることができる。

という話がありました。

 「表面的に効率的ではないものだけれど効率的なのが文化」

と要約されていましたが、なかなか深イイ話です。過去ブログで石牟田道子さんの『苦海浄土』の話の中で、水俣病の被害者緒方正人さんの「私ももう一人のチッソであった」という言葉を書きました。木製の漁船からプラスチックの漁船へ、それは効率性を向上させるもので、誰もがそれをありがたがった。効率性というものを誰も疑うことはなかった。しかし、チッソという会社はこのプラスチック製造には欠かせない会社で、ある意味、誰もがこの会社をありがたがったことにもなります。

 効率性、便利さという言葉が現在の生活を支配しています。効率的な電力発電ということで原発が多数つくられました。ところが突然の自然の力能なる猛威に晒され、事あった時には、これほど恐ろしい存在はないことを国民に自覚させる事態が起き、この脅威はまさに「忘れたころにやって来る」が伝統的継承です。

 番組内で社会学者の方が見田宗介さんの「ロジスティック曲線」の話をされていました。

 生物学でいう「ロジスティック曲線」で社会を見てみようという話で、非常に興味深くいかに現代人が効率性を重視する思考壁に陥っているかがわかります。

 縦軸に種の数、横軸に時間をとり、ある森に適合した生物の変化を見てみる。初めは少し増え、その後、急激に大増殖するが、森の環境容量に----近づくと、種の数は安定する。これを有限な地球に当てはめても、同じ曲線が描けるではないか。

 というのが見田さんの発想の原点です。この話の中で個人的に興味を抱くところは、私たち日本人は「こころの内」に何を継承してきているか、というところです。

 伝統という非効率なもの、効率性という概念を創造するから非効率という話が出てくるわけで、時間の連続性に弁証法的生き方が重なれば「今よりはましな生き方」という人間の本性が現れてきます。

 『善の研究』の第一編第一章純粋経験に「経験は自ら差別相を具えた者でなければならない。」とありますが、「ましな生き方」という言葉の概念化も区分けの線引き、輪郭線を描くなどもその差別相の働きでしょう。さらに拡大して差別相を見るならば後先(あとさき)の時間も現れ、上下、横縦の空間も現れます。

  そのような思考で効率化を見れば差別相の現れであり、生々しい人間の性(さが)を感じます。

 効率性とは限りなき荒れ野の創造でもある。

 それが現代社会の姿かもしれません。

 しかし、現実とはリアルなものですが、私には「あわい」という輪郭線のない水墨画を見るような、こころ和す現れも、まさに現れます。
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