思考の部屋

日々、思考の世界を追求して思うところを綴る小部屋

人は、ことばを覚えて、幸福を失う。

2017年07月12日 | 哲学
 人間は言葉を使って自分の思いや考えを表現する。それぞれの持つ言語体でそれぞれの言語能力により喜びや、悲しみを表現する。同じ言語体の人々ならば言葉の概念を共有し意思の疎通を図ることができます。

 社会の仕組みは言葉を使って説明できますし、法律は言葉を使って、法典になって社会の秩序を堅持しようとし、人々に順法精神を扶植します。

 ある意味、言葉があることによって社会が成り立っています。もともと人間社会に言葉がなかったならばとどうなるのだろうかと、使うことが当たり前の状態で考えると不便という言葉が浮かびますが、さらに考えを進めると。テレパシーのように言葉なくして意思の疎通ができれば世界が幸せ感に満ちるのではないかと思ってしまいます。

 テロ対策法案、新設共謀罪の成立そして施行、社会は平和と秩序が保たれると思う人がいる一方で多くのものを失うと思う人もまた多くいるようです。

 言葉を覚えて幸福を失う。

 実際そういう話にもなります。先週の日曜日の地元の多目的ホールでノンフィクション作家の柳田邦男さんの講演会が開かれ聴講させていただきました。

 「生きる力、絵本の力~大人も子どもも心が育つ~」と題した予定1時間30分の講演でしたが2時間超の熱い語りを聞くことができました。

 1936年生まれの81歳、元気ですね。公演最後に花束をプレゼントされ、生花ですので列車で持ち帰るのはかわいそうとのことで、その場で同年齢の女性に逆にプレゼントしていました。確かに車内に生花を置くのは大変なことで、花がかわいそうは言葉の表現力だとまたまた感動しました。

 講演は詩人の長田弘さんの『幼い子は微笑む』という絵本の話からはじまりました。個人的に長田さん詩が好きでブログにも書いてきましたが、長田さんの詩には哲学を感じます。

 『幼い子は微笑む』は絵をいせひでこさんが描き講談社から出版されている大型の15頁ほどの本で詩も短く暗記することができる詩が書かれています。

 この本の詩の中に次の一文があります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何かを覚えることは、何かを得るということだろうか。

違う。 覚えることは、覚えて得るものよりも、

もっとずっと、多くのものを失うことだ。

人は、ことばを覚えて、幸福を失う。

そして覚えたことばと

おなじだけの悲しみを知る者
になる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この詩を思い出すと詩の哲学といつも思うのですが、「言葉」というものがどういうものなのかがよくわかる話です。
 まさか言葉を知って失うものがあるだろうかと、疑念をもつ人が多くいると思いますが、自分を見つめるもう一人の自分の視点から見つめてみるとこれほど深い話はないのではないかと思います。

 「確かなもの」

 「正しいもの」

を他者に伝えたいと思いで言葉をしぼり出し表現しますが、一方で失うものもまた多くあることに気づきます。

 言葉を使用しないで思考することもできず、概念の理解ができなければ意思の疎通も図れない。

 言葉という足かせ

このような話を知って、言語哲学の世界に触れると視点が大きく変わってきますし理解力も高まります。

 言葉を使い。ソシュール、ウィトゲンシュタイン。大森荘蔵、井筒俊彦等々、哲学者は何を語ろうとしたのか。

 言葉を使い、社会批判、政府批判をアップすると幸福を失うことになる。

 ほんとうはほんとうは、言葉以前の微笑みを得たいのですが。

 言葉によって理解することができたのですが、「生きる力、絵本の力~大人も子どもも心が育つ~」という柳田先生の講演会、聞くことができ改めと言葉というものを考えてしまいました。
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