老いの途中で・・・

人生という“旅”は自分でゴールを設定できない旅。
“老い”を身近に感じつつ、近況や色々な思いを記します。

奥浜名・浜松を訪ねて   その①  ~天竜浜名湖鉄道~ 

2016年11月11日 20時46分24秒 | 旅行/色々な風景
 私は余り背が高くないのですが、高校時代には現在の6人制とは違って9人制のバレーボールだったので、バレーボール部に属して仲間と楽しくプレーしていました。
このバレーボール部のOB会は定期的に開催されていますが、数年前の例会で人数が少なくてもできるテニスを楽しんでいる人が多い事が判り、たまたまその中で浜松に住んでいる後輩が、東京と大阪の中間の浜松でのテニスの親睦会開催の提案があり、希望者が集まることになりました。

 今年が5回目で、私は一昨年に続いて2回目の参加となりましたが、この機会に普段は通過するだけで余り知らない奥浜名や浜松周辺をじっくりと回りたいと思いました。

 テニスの親睦会が11月9~10日に浜名湖畔で開催されるのに合わせ、前日の8日に出て、奥浜名を回ることにし、以前から乗りたかった天竜浜名湖鉄道(天浜線)を利用しました。

 この天竜浜名湖鉄道(天浜線)は旧国鉄の二俣線を第3セクターが運営しているもので、掛川~新所原間67.7kmを単線の各駅停車だけの1両編成の列車が、約2時間掛けて、約1時間ごとに運行しています。
古い路線なので、駅舎やホームの屋根など非常に古いものが多く、また最近は車の利用者が多くなり、国道から離れた駅舎の多くはさびれていて、回りに何もないというような駅も多いようです。

 新幹線で豊橋まで行き、東海道線の在来線に乗り換えて、新所原で下車して天竜浜名湖鉄道に乗り換え…。
私はテッチャンではないのですが、多くの同年代の人と同じように、ローカル鉄道で日本の原風景的な体験をするのは大きな楽しみです。
 
 新所原を出ると直ぐに両側から木々が迫るトンネルのような情緒たっぷりの線路になり、思わず興奮して一番前に行き運転手の隣でカメラを構えていました。

 その後暫く右手に浜名湖を眺めながら、ミカン畑の間を縫って三ケ日駅で対向車両とすれ違い。
そして暫く行くと浜名佐久米駅、ここは浜名湖の入江の直ぐ傍にあり、ユリカモメが有名なのですが、丁度数日前からユリカモメがき始めたということで、列車の到着に合わせて近くの人がパン屑で餌付けしているため、沢山のユリカモメが列車の前を舞って幻想的な風景でした。

 その後、気賀駅で下車し復元された気賀関所や、近くにある古刹龍潭寺(リョウタンジ)を回り、その後金指駅から二俣本町駅まで列車に再乗車ました。
二俣町では、鳥羽山公園や天竜川近くを散策し、3時頃に遅めの昼食を取った後、再び二俣本町から一つ向こうの天竜二俣駅へ。

 ここでは、旧国鉄時代からの転車台等を見るつもりでしたが、時間的に見学できず、雨も降り出したのでそのまま終点の掛川駅へ向かいました。
この間の列車は、同じく一両編成なのですが、来年度の井伊直虎を主人公とした大河ドラマを盛り上げる為の特別に飾られた列車で、車内も非常に賑やかでした。
また、この当たりではミカンよりも柿の畑が多いのにもビックリ。何でもジロウ柿発祥の場所の様です。

 終点の掛川駅でJP東海道線に乗り換えて浜松に戻りましたが、JR掛川駅が木造の非常に印象的な外装でした。

 浜松で名物の餃子とラーメンでお腹を満たしてビジネスホテルに泊まり、翌日朝は中田島砂丘を見た後、お昼頃に駅で皆さんと合流して浜名湖に向い、3日にわたり西静岡地方をゆっくりと楽しみました。

 取りあえず、今日は丸一日お世話になった天竜浜名湖鉄道関係の写真を載せ、沿線の名所などの写真は後日に掲載します。(まさ)


天竜浜名湖鉄道の車両(新所原駅)

新所原駅構内の句碑「湖の虹抜けて天竜浜名湖線」

木々が迫る線路

浜名佐久米駅のユリカモメ

気賀駅駅舎。ラーメン屋が同居

気賀駅ホームの屋根

井伊直虎仕様の列車

同上列車の車内

沿線のミカン

沿線の柿

終点の掛川で接続するJR掛川駅。小雨が降っています
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