老いの途中で・・・

人生という“旅”は自分でゴールを設定できない旅。
“老い”を身近に感じつつ、近況や色々な思いを記します。

1月末の大阪の風景

2018年01月22日 19時28分54秒 | 全般
 今日は昨日撮った1月の大阪の風景の紹介です。

1)四天王寺
 現在我が家で義父の遺骨をおまつりさせていただいていますが、不足の仏具がありましたので、昨日この手当てに外出することにしました。
普段は仏具店との付き合いなどなく、果してどこに行ったら良いのかと悩んでいると、以前良く車で通っていた四天王寺界隈には仏具関係の店などが多かったなあとか考えていました。

 その時ふと気付くと、昨日は21日、毎月21日は「大師会」、翌22日は「太子会」の縁日で、四天王寺には沢山の露店も出て人出も多くて賑やで一度は行ってみたいと思っていたことを思い出し、これ幸いと天王寺まで足を伸ばすことにしました。

 梅田で別件の所要を済ませ、地下鉄で天王寺駅へ…
地上に出ると、天王寺駅近くから早くも露店が並んでおり、四天王寺迄の参拝道は多くの人が溢れていましたが、まず四天王寺近くの仏具店でお目当ての仏具を購入した後、四天王寺の西側の石鳥居から境内に入りました。

 ご存知のように、四天王寺は1400年以上も前に、日本仏教の祖とされる聖徳太子が建立の寺であり、既存の仏教の諸宗派にはこだわらない全仏教的な立場から、1946年に「和宗総本山」として独立していて、庶民の太子信仰の寺としての姿勢を貫いています。

 人混みに揉まれるようにして、改装された五重塔などが並ぶ伽藍など、久しぶり訪れた境内を回りましたが、噂の露店数も想像以上に凄く、その数500以上といわれ、各種衣類、食器、アクセサリー、小物類や花類などありとあらゆるものが並べられていましたし、食べ物の露店も多く、インバウンドも含めた多くの人が楽しんでいました。


西側の入口になる石鳥居から西大門を望む

西大門

五重塔と金堂

中門

六時堂と亀池

名物の亀

露店風景

同上

同上(ジーンズを加工したバッグ類)

久しぶりに猿回しも見ました

2)高所から見た大川
 昨日夕方からテニス仲間との新年会がありましたが、会場は天満橋近くの高層ビルの20階にある店で、ここから見下ろす大川の風景は初めての景色でしたので、お知らせします。(まさ)


大川の上流側(夕方)

同上(夜景)

下流側(夕方、右が堂島川、左が土佐堀川に分かれます)

同上(夜景)
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“おかげさま”

2018年01月21日 22時03分22秒 | その他
 私たちは、お礼を言う場合などに何気なく“おかげさまで”という言葉を使いますが、この“おかげさま”の意味など深く考えることはまずありません。

 私の旦那寺からは毎月、お寺の住職が書かれる「寺報」と称するA4の近況報告や住職の想いなどが送られてくるのですが、先日届いた正月号にこの「おかげさま」について記載がありましたので、私もその由来などを調べてみました。


 「おかげさま」は漢字で書くと「御蔭様」となるのですが、この「御蔭」はGOO辞書では、“他から受けた力添え・恩恵。また、神仏の助け、加護。”とあります。

 即ち、「自力ではなく、人の好意や庇護によって得られた助け」という意味なのです。
人は決して一人だけで、或いは自分の力だけで生きている訳ではないのです。

 今までは当たり前だと思っていたかも知れない「御蔭」に感謝しつつ、またそれに報いる気持を持ち、“生かされている自分”を感じることの大事さを改めて気付かされました。(まさ)
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ユリカモメ/カモと遊ぶ

2018年01月20日 19時29分21秒 | 運動/散歩など
 今週は義父の葬儀などでバタバタしていましたが、やっと少し落ち着きました。
来週からはまた寒波襲来ということのようなので、今日は久しぶりに河川敷に散歩に…

 大川の毛馬の閘門では、丁度淀川の川砂を浚渫してきた砂利船の帰港時間にあたり、閘門を通過して来る砂利船に見惚れていました。

 毛馬閘門近くでは相変わらずユリカモメが群れており、持参した菓子類を取り出すと気配を察して、周りに集まってきました。

 なかには手のヒラに乗せたお菓子を啄ばみに来るものが2羽いましたが、その他は警戒心が強くて手のヒラからは1m位の距離を隔てて、エサの方を凝視していました。
また、足元近くには、おこぼれにあやかろうと沢山のハトとスズメが寄ってきました。

 その後、淀川河川敷を散策し、カモ達にも同じく手持ちの餌をやりましたが、カモ類と一緒に行動しているオオバンの方が行動が早くて、殆どの餌を採ったのはオオバンでした。

 また、久しぶりにこの場所でヌートリアに出会いましたが、ヌートリアはベジタリアンなので手持ちの菓子類には全く興味を示しませんでした。(まさ)


毛馬の閘門。 上流側の門が開き砂利船が閘門に入ってきます

やがて下流側の門が開き、砂利船が大川に入ります

同上

ユリカモメへの餌やり。ハトも足元に集っています

ユリカモメ

淀川で、カモとオオバン(黒くて鼻の先が白っぽい方)の群れにも餌やり

久しぶりにヌートリアと再会

ヌートリアはベジタリアン
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核兵器禁止条約への自治体トップの賛同と、国の対応

2018年01月19日 19時53分26秒 | 政治・経済関係
 「核兵器禁止条約」(正式名は「核兵器の開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用及び威嚇としての使用の禁止ならびにその廃絶に関する条約」)は核保有国や米国の核の傘に依存する日本など39カ国が反対したものの、122ヶ国・地域の賛同で昨年7月に採択され、この条約推進を担った「核兵器廃絶国債キャンペーン(ICAN)」が昨年度のノーベル平和賞を授与されたことはまだ記憶に新しいところです。

 日本でもこの条約の制定に向けて、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)などが「ヒバクシャ国際署名」を進めている様ですが、この活動は条約制定後も同条約の発効や日本政府の参加を求めて続けられておられるようです。

 昨年10月には集約した約515万人分の目録を国連に提出されましたが、日本被団協の集計によると、昨年12月23日時点で首長が署名したのは、都道府県・区市町村の計1788自治体の54.64%にあたる977自治体にもなるようです。(1月12日付毎日新聞より)


 一方、我が目を疑うような記事を、同じく14日の毎日新聞で目にしました。
13日に長崎の原爆資料館で開催されたICANのベアトリス・フィン事務局長の講演後のパネル討議に出席した外務省軍備管理軍縮課長は、我が国がこの「核兵器禁止条約」に参加しない理由として、「条約に日本が参加すれば、核保有国による核抑止力の正当性が失われ、国民の生命・財産を危機にさらす」と政府の立場を説明されたようです。

 政府は米国や他国の意向を気にしてこの条約には反対票を投じましたが、その根本は核保有を容認する姿勢が明らかだと言われても仕方ないでしょう。

 国民感情としては、条約の細かい条文内容に色々な理屈をこねて米国の核保有を容認しようとする立場ではなく、いかなる核兵器の廃絶を求めるこの条約に賛同する気持が強いことは明らかで、核兵器に対する現政権との乖離が明らかでしょう。


 余談ですが、ICANのベアトリス・フィン事務局長は来日に際して、安倍首相との面談を申し入れたものの、スケジュールを理由に実現しなかったようです。
唯一の被爆国として、核兵器廃絶運動に大きな足跡を残し、「核兵器廃絶決議案」を毎年提出している国としては余りにも恥ずかしいことではないでしょうか(まさ)
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義父が死去

2018年01月18日 22時40分43秒 | その他
 この2日ほどブログを休みましたが、実は1月16日に義父が亡くなり、今日が葬儀でした。

 時々お伝えしましたように義母が4年前に亡くなってからは、義父は淡路で一人暮らしをしていましたが約2年位前から認知症が出始めて少し進行が目立つようになったので、昨年2月に養護施設に入所しました。

 その後体調も悪くなったので、昨年4月に県立病院で検査の結果“悪性リンパ腫で、ヒョットすれば後1年位か?”と言われたものの、少し持ち直して施設で生活したり、悪化すれば入院という繰返しをして頑張っていましたが、昨年末に肺炎を併発して入院加療していたところ、ついに16日に容態悪化して96歳で旅立ちました。

 思い返せば本人はこの4年間一人で良く頑張りましたが、長女であるツレアイは大阪在住の為に時々の通院付き添い程度しか面倒を見られずに、淡路に住む妹が仕事を持ちながらも非常に面倒を見てくれたおかげでした。

 義父の冥福を祈ると共に、義妹に改めて感謝です。
遺骨はツレアイが大阪に持帰り、納骨までは我が家で供養することにしましたが、まだ暫くはお寺での法要や後片付けなどで淡路通いが続きそうです。


 また明日からはこのブログを頑張りますので、お付き合いをヨロシクお願い致します。(まさ)
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